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#4 プラネタリウム100年

日本のプラネタリウム、実は世界2位の設置数 全都道府県にある理由

今年はプラネタリウムが誕生して100年です

世界最大のプラネタリウムドームを持つ名古屋市科学館
世界最大のプラネタリウムドームを持つ名古屋市科学館 出典: 朝日新聞社

目次

今年はプラネタリウムが誕生して100年を迎えます。実は日本はプラネタリウムの設置数が米国に次いで世界2位と、「プラネタリウム大国」とも言われています。なぜ、日本でここまでプラネタリウムが根付いたのでしょうか。調べてみました。(朝日新聞デジタル企画報道部・小川詩織)

国産メーカーも普及を後押し

今のような、投影機を使ってドームに星を映すプラネタリウムが初公開されたのは、1923年10月21日のこと。ドイツ博物館の屋上に仮設された直径約10mのドームの中で、独カールツァイス社のプラネタリウムが関係者向けに公開されました。

2年後に博物館での常設展示が始まると、プラネタリウムはたちまち大人気に。その評判は世界を席巻して、導入を希望する国が相次ぎました。

ドイツ博物館で公開されたカールツァイス社のプラネタリウム投影機
ドイツ博物館で公開されたカールツァイス社のプラネタリウム投影機 出典: German Museum,Munich

日本もその一つ。初公開から14年後の1937年、大阪市立電気科学館(現市立科学館)が日本で初めてカールツァイス社のプラネタリウムを導入。翌年には東京・有楽町の東日天文館(45年の東京大空襲で被災)にも設置されました。

1950年代に入ると、自らプラネタリウムを製作する日本のメーカーが現れます。星の位置に穴を開けたカバーを光源の周りに付ける「ピンホール式」ができました。

1958年には千代田光学精工(現コニカミノルタ)が、59年には五藤光学研究所が、ドームに星を投影し、星の位置や動きも表現する近代的な投影機を完成させました。

1958年に博覧会で披露された千代田光学精工のプラネタリウム
1958年に博覧会で披露された千代田光学精工のプラネタリウム 出典: コニカミノルタプラネタリウム

こういった国産のメーカーが現れたことも、プラネタリウムが日本に普及した理由の一つといえます。1957年に旧ソ連が人類初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げるなど、当時は一般にも宇宙や科学に高い関心が集まっていた時代でした。

日本ではその後、高度経済成長やバブル経済だった1970〜90年代に、天文学・科学の普及や、学校での教育を目的に多くのプラネタリウムが設置されました。

ユネスコが宣言した1979年の「国際児童年」をきっかけに、児童施設の整備が進んだことも設置を後押ししたということです。

ドームの大きさ世界一は日本

日本プラネタリウム協議会の資料などによると、国内の設置数は米国に次ぐ世界2位の約400。すべての都道府県にプラネタリウムがあります。

日本には、世界最大の直径35mのドームがある名古屋市科学館のほか、直径30mの北九州市科学館や27.5mの多摩六都科学館(東京都西東京市)など、大型のプラネタリウム施設が多いことも特徴です。

名古屋市科学館では限りなく本物に近い星空を目指している
名古屋市科学館では限りなく本物に近い星空を目指している 出典: 名古屋市科学館

メーカーも、コニカミノルタプラネタリウム、五藤光学研究所の2社に加え、100万個以上の星を投影できる「メガスター」を開発した大平技研も含め、世界の4大メーカーのうち3社が集まっています。

五藤光学研究所営業本部長の明井英太郎さんは「よりリアルで美しい星空の再現をメーカーが追究し、科学や天文に関心のある国民がそれを支えてきたことが、日本をプラネタリウム大国にしたのでしょう」と話しています。

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