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#9 ナカムラクニオの美術放浪記

ユーモラスな「鳥獣戯画」 各地に存在する断簡や模本…謎だらけ

ナカムラクニオの美術放浪記

多くの人を魅了する鳥獣戯画。謎解きを楽しめる、壮大な絵巻物です
多くの人を魅了する鳥獣戯画。謎解きを楽しめる、壮大な絵巻物です 出典: イラストはいずれもナカムラクニオ
【ナカムラクニオの美術放浪記】 文・イラスト:ナカムラクニオ

京都の高山寺へ行った。鎌倉時代の僧、明恵(みょうえ)上人が再興した古刹(こさつ)だ。

明恵といえば、自分の見た夢を19歳の頃から40年にもわたり書き残したことで知られている。実に興味深い僧侶だ。

日本で初めて茶が作られた古刹

そんな明恵には、さらに面白いエピソードがある。鎌倉時代初期に臨済宗の開祖である栄西から茶の種を譲ってもらい、高山寺の境内に植えたといわれている。

ここで栽培された茶は、明恵亡き後も栽培が続けられ、宇治などの土地にも広まったらしい。茶には、修行の妨げとなる眠りを覚ます効果があるので、皆に広めたのだとか。

京都市右京区の栂尾(とがのお)にある古刹
京都市右京区の栂尾(とがのお)にある古刹

現代で言うと仕事の仲間にコーヒーを勧めるような感じだろうか。

そのため、高山寺は「日本で初めて茶が作られた場所」として知られている。現在でも、5月になると茶摘みが行われているのだ。

身分の高い子ども向けの教科書?

もうひとつ高山寺といえば、マンガのルーツともいわれ親しまれている絵巻物「鳥獣人物戯画」だ。

擬人化された兎や猿や蛙がユーモラスに擬人化されて登場している。

擬人化は、古代ギリシャの『イソップ物語』や『古事記』に登場する「いなばの白うさぎ」などの昔話でもお馴染みの手法。

教えを広めるためだけではなく、物語を自然に人の心に伝える武器なのだ。

国宝の絵巻物「鳥獣人物戯画」
国宝の絵巻物「鳥獣人物戯画」

そんな「鳥獣人物戯画」には昔から興味があって、数年前に、珍しい写し(模本)を手に入れた。

表装から推測すると江戸時代のものだと思われる。

興味深いのは〈百事諧(ひゃくじととのう)〉と題されていることだ。これは多くの物ごとが調和する状態を指す。

つまり「人生で大切にすべき100のこと」というような意味にもなる。鳥獣人物戯画とはどこにも書かれていない。やはり、これは<元祖教科書>のような存在だったのではないかと思った。

ひさしぶりに「鳥獣戯画」をじっくり眺めてみた。

やはり文字(詞書)がないことを考えると、紙芝居のように読み聞かせに使っていたのではないかと思った。巻物をくるくる回しながら、読み聞かせるとちょうど良いサイズだ。

ウサギ、カエルなどが描かれた「甲巻」には、遊戯や儀礼を楽しむ動物たちが擬人化され教訓的に描かれている。

貴族や僧侶を動物にたとえて諷刺していることを考えると、身分の高い子ども向けの教育絵本だったのではないかと思う。

実は「断簡」がたくさん存在する

京都の高山寺に伝わる原本である国宝の絵巻「鳥獣人物戯画」は12世紀以降、約800年もの間、切り刻まれ、貼り直されたため、途中で持ち出された「断簡」も存在している。

茶人の益田孝が収集した断簡、MIHO MUSEUM所蔵の断簡など謎のミッシングリンクも多数存在している。

「鳥獣人物戯画」は甲・乙・丙・丁に分かれている
「鳥獣人物戯画」は甲・乙・丙・丁に分かれている

興味深い存在なのは現在の状態に編集される前に写された古い時代の「模本」だ。描かれた当時の原本の状態を推定することができるため、貴重な存在なのだ。

江戸幕府の御用絵師が所有していた「住吉家模本」、ホノルル美術館が所蔵する「長尾家模本」、狩野探幽によって模写され、着彩された模本などが存在する。

ちなみに我が家の「中村家模本」には原本と違う色がついている。つながれた順番も高山寺の絵巻と少し違う。カエルの群衆の場面も数カ所が、付け加えてあるような気がする。

いつの日か、こうした模本と断簡からすべての謎が解ける時が来るのかもしれない。

そして、東京国立博物館(東京都台東区上野公園)で「やまと絵」展が始まった。これはどうしても観にいかねばならないと思っている。

前回はエスカレーターで流れながら見たので、正直なところ、じっくり味わうことができなかった。今回こそは謎を究明したいと考えている。

やはり「鳥獣人物戯画」とは、謎解きを楽しむべき壮大な絵巻であり、「大人の絵本」でもあるのだ。しかも、詞書がないことによって、誰でも自由に妄想を膨らませることができる。

すべての人が自分の物語を映し出すことができる鏡のような物語絵巻なのだ。

 

ナカムラクニオ
6次元主宰/美術家、東京都生まれ。画家、金継ぎ作家として活動し、山形ビエンナーレや東京ビエンナーレにも参加。著書は『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『描いてわかる西洋絵画の教科書』『洋画家の美術史』『こじらせ美術館』『こじらせ恋愛美術館』など多数。

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