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連載

#26 名前のない鍋、きょうの鍋

秋になると食べたくなる芋煮 1升のお米を炊いて…〝名前のない鍋〟

夫で5代目という『髙橋生花舗』を切り盛りする髙橋由香さん。秋になると、家族の誰かが「そろそろ芋煮を食べたいね」と言い出すそうです
夫で5代目という『髙橋生花舗』を切り盛りする髙橋由香さん。秋になると、家族の誰かが「そろそろ芋煮を食べたいね」と言い出すそうです 出典: 写真はいずれも白央篤司撮影

みなさんはどんなとき、鍋を食べたくなりますか。

いま日本で生きる人たちは、どんな鍋を、どんな生活の中で食べているのでしょう。そして人生を歩む上で、どう「料理」とつき合ってきたのでしょうか。

「名前のない鍋、きょうの鍋」をつくるキッチンにお邪魔させてもらい、「鍋とわたし」を軸に、さまざまな暮らしをレポートしていきます。

今回は、秋になると食べたくなるという「芋煮」をつくる、宮城・仙台のお花屋さんを訪ねました。

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名前のない鍋、きょうの鍋
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髙橋由香(たかはし・ゆか)さん:1971年、宮城県石巻市生まれ。旧姓、木村。東北大学医療技術短期大学部を卒業後、臨床検査技師として石巻市内で働く。2002年に結婚、夫の家業である生花店で勤務し、主に経理を担当。仙台市内在住、夫、息子3人、猫2匹と暮らす。

秋のお彼岸も明日で終わりという9月の下旬、宮城県にある髙橋由香さんの家を訪ねた。

仙台駅から徒歩10分ぐらいのお宅に向かう途中、萩(はぎ)の茂みに目が留まる。

県花(ミヤギノハギ)でもある萩は仙台市内のあちこちで見かけるのだが、花がまったく咲いていないのに驚いた。通年ならもう盛りのはず、やはり猛暑の影響だろうか。

「そうなんです、今年は暑すぎましたからねえ……花にも影響が大きくて、出荷が全然無いんですよ! 各地の花農家さんがコロナの時期に生産を抑えてきたことも重なって、仕入れがすごく大変で」

会うなり気さくに語ってくださった。そう、髙橋由香さんのご商売は生花業である。

『髙橋生花舗』は代々続くお店で、オープンは1871年(明治4年)というからびっくり。

「夫で5代目です。このあたりはお寺が多いので、お仏花の需要があったんですね。だからお彼岸の時期は特に忙しいんですけど、ようやく一段落で。あ、そろそろ夕飯の支度にかからないと」

由香さんはそう言って、店の2階にある自宅へ向かった。「息子の友達が遊びに来てるから、うるさかったらごめんなさい」と笑いつつ。

親しみやすい話ぶりがいかにも商家のおかみさんという感じ。台所に入れてもらえば、なんとも大きなガス炊きの炊飯器の存在感に、ちょっとびっくりした。

「1升炊きです。うちは息子が3人いて、食事のときには隣に住んでる義父も来ますから全部で6人分。三食を家族全員が食べるときは一度炊いただけじゃ間に合わないんですよ」

お子さんはそれぞれ大学生、高校生、中学生の食べ盛り。

1升の米というのは釜に入れて研ぐだけでもなかなかの労力である。日々のご苦労お察しします。さて、きょうはどんな鍋をされますか。

「芋煮なんです。秋になると家族の誰かしらが『そろそろ食べたいね』と言い出して。ただ、うちはわりとインドア派で芋煮会ってしないんですよ。そのかわりに家で」

出ました、宮城県と山形県の秋の風物詩である芋煮!

芋煮会とは、友人や家族と河原に出向き、里芋と肉をメインとした具だくさんの大鍋を囲むイベントのことで、秋の楽しみという宮城県人は多い。

けれど宮城といえば豚肉に味噌味が芋煮の定番だったような?

「ええ、うちは山形風。牛肉で醤油味が好きなんです、夫も私も宮城の人間なんですけどね。サッと作りやすいのもよくて。仙台風だと大根やにんじんも入って、煮るのに時間がかかるでしょう」

話をしつつ里芋の皮をスパッ、スパッと風を切るようにむいていく。

手早く確実な包丁の運びがあざやかで、しばし見惚れてしまった。

由香さんは今年52歳、県の沿岸部にある石巻(いしのまき)市の生まれ。港町であり、水産業が盛んなところだ。お料理は親御さんに習ったのだろうか。

「いえ全然! 結婚するまで料理ってしなかったんですよ。今になってもっと習っておけばよかったな、って。母は親戚にも評判の料理上手でしたが、私が28歳のときに亡くなってしまって」

中でも煮物がとりわけおいしかった。

「鶏やにんじん、れんこんなんかが入ったごく普通のお煮しめなんですけどね」と続けられる。

何度やっても「あの味」にならないと、由香さんがこの台所で首をかしげる姿が見えてくるようだった。

芋煮の仕込みは続く。

むいた里芋は、ぬめりをほどよくするため塩もみする。ゴリッ、ゴリッと威勢のいい音がキッチンに響いた。

ささがきごぼう、こんにゃくと一緒に鍋に入れ、出汁で煮ていく。鍋もやっぱりビッグサイズだ。

「火が通るまでちょっと時間がありますよ」とのことで、隣の居間へ移動。これまでの越し方についてうかがった。

由香さんは30歳までを石巻の実家で過ごした。

「臨床検査技師として検査センターで働き、血液や尿の検査を担当してました。短大を出てから約10年ほど。実験や化学が好きだったので、やりがいを感じていましたよ」

仕事を終えてからの息抜きは、パソコンのチャットルーム。そこで知り合ったのが夫の正樹(しょうき)さんだ。

すぐに意気投合し、つきあって3か月でプロポーズされる。仕事は辞めて『高橋生花舗』で働き始め、お金の管理を任されることになった。

「義母からの引き継ぎでしたが、スパッと私に仕事も家事も渡してくれました。でも私、経理仕事は向いてないと思って検査技師の資格を取ったのに人生って分かりませんね(笑)」

代々続くご商売の家だと「家の味を継ぐ」なんてこともありそうな。そのあたりって、どうでしたか?

「まったく! 義母も商売と家事の両方をやってきましたから、とにかく合理的で効率のよさを大事にする人で。最初の頃『そんなにおかず作らなくていいのに』なんてよく言われましたよ。食洗機も昔から使ってましたね」

「あ、でもここに来て『お魚のおかずが少ないな』って思いました。やっぱり石巻は魚のおかずが多いんでしょうね」

取材中、ずっと足元に来てくれた飼い猫のみやちゃん。宮城の「宮」から取ったのだそう。もう1匹、仙台から取ったセンくんもいたが、カメラを向けたら逃げられてしまった……
取材中、ずっと足元に来てくれた飼い猫のみやちゃん。宮城の「宮」から取ったのだそう。もう1匹、仙台から取ったセンくんもいたが、カメラを向けたら逃げられてしまった……

石巻といえば、東日本大震災で大きな被害に遭ったエリアでもある。

「実家は残りましたが、1階が津波で水没しました。当時は父が家にいるのみで。おかげさまで助かりましたけど、震災から5日経ってようやく迎えに行けて。1階が流されるって、靴が流されるってことなんですね。靴がないと人間、どこへも行けない」

2階をねぐらにお父上はひとり過ごされていたとのこと。再会できたとき、どれほどの思いがお互いにあったことだろう。あれから12年が経つ。

「地元は復興してるといえばしていますけど、複雑な気持ちです。家のまわりは昔ともう全然違って、実家も更地ですし。以前は栄えてなかったところに現在は人が住んで、お店とかも出来ていて」

かつてのふるさとの姿が失われて、まったく違う形がある――「しょうがない」「でも……」という繰り返しを由香さんは何度されてきただろうか。

言葉を返せず少し黙っていたら、「切なくもあるけど、いろんな人が来てくれるようになった嬉しさもあります」と、由香さんはニコッと笑いつつ仰った。

「あ、そろそろ」とキッチンに戻り、竹串で里芋の煮え頃を確かめる。ここで舞茸もプラス。

「きのこって芋煮にはあまり入れないんですけど、私は入れたくて」

最後に長ねぎと牛肉も加えて、醤油、酒、砂糖で味つけ。味見して物足りなければ、白だしやめんつゆを足して味を調える。

さあ、完成だ。ごはんも炊きあがって、台所にいい匂いが充満する。

炊飯器のふたを開けてみれば……おお、はらこめしではありませんか!

「きょうは取材ということもあって、ちょっと豪華に(笑)」

はらこめしとは宮城の郷土食のひとつで、秋鮭のあらを出汁にして身と炊き込み、鮭の腹の子、つまりいくらをのせたごはんのこと。

「やっぱりこの時期、生のはらこがスーパーに並ぶと作りたくなるんですよねえ」そのうきうきした口調が、なんともよかった。

食卓にお箸がセットされ、6人分の芋煮とはらこめしが並ぶ。

ああ、宮城の秋がいっぱいという感じ。それらが「いただきます」の声と共にすごい勢いでなくなっていく。

十代の胃袋に負けず劣らず、夫の正樹さんも健啖家だ。

朝は花市場での仕入れから始まって荷下ろしに配達などもあり、お腹も空くのだろう。

由香さんの料理はどうですかと聞けば「なんでもおいしい。腕はかなりのものですよ!」と迷いなく即答。

由香さんが照れたように笑って、がむしゃらに食べていたお子さんたちがニヤッとする。

ああ、仲の良いご家族だなあ……と伝わってきて、ちょっとジンと来た。

芋煮を味見させていただけば、牛肉と舞茸とごぼうからの出汁が素晴らしい味わい。塩気はあっさりめ、体にやさしい味つけだ。

ごろごろ具材も食べにくいいまではいかないほど良さがポイント。はらこめしのいくらの漬け具合も絶妙で、毎年作っている人ならではの腕の確かさを思った。

この日のごはんは芋煮とはらこめしの他、かつおのたたきと枝豆、笹かまぼこ
この日のごはんは芋煮とはらこめしの他、かつおのたたきと枝豆、笹かまぼこ

ああ、ごちそうさまでした。しかしこれから片付け、いくら食洗機があるとはいえ、人数が多いと大変だろうなあ……。

「ええ、仕事を終えてごはん作って片づけした後はもう毎日が放心状態(笑)。ぼうっとテレビ見てたら11時ぐらいになって、慌てて『寝なきゃ!』なんて日々ですよ」

そんな毎日の由香さんだが、最近引き受けたのが民生委員のお仕事。地域福祉の担い手であり、社会的に重要なボランティアの仕事である。

「なってみてはじめて、このあたりにお年寄りがたくさんいることを知りました。地域の困りごとを行政に届けて解決を目指すという役割、私は好きですね」

東日本大震災の折、食料の調達も難しい時期に、すぐ隣にある中華料理店の方が「おいでよ」と呼んでくれ、由香さんたちご一家を食べさせてくれたことがあると先ほど教えてくれた。

先行きの見えない中で「分け合う」を実践できる、つながりのある地域なのだなと感じ入る。

由香さんも地元に貢献したい、恩返しをしたいという思いがあるのかもしれない。

「これ、おみやげにどうぞ」と笹かまぼこをふたつ持たせてくれた。石巻のお店のものだった。

帰りにひとつ、歩きながら食べる。魚の自然なうま味が感じられてとてもおいしい。

芋煮、はらこめし、笹かまぼこと今夜はたくさん宮城を感じさせていただいたなあ……。あ、芋煮は山形風だったけれども。

取材・撮影/白央篤司(はくおう・あつし):フードライター。「暮らしと食」をテーマに、忙しい現代人のための手軽な食生活のととのえ方、より気楽な調理アプローチに関する記事を制作する。主な著書に『自炊力』(光文社新書)『台所をひらく』(大和書房)など。10月25日に『名前のない鍋』を出版予定
Twitter:https://twitter.com/hakuo416
Instagram:https://www.instagram.com/hakuo416/

みなさんは、どんな時に鍋を食べますか?
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白央篤司『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)

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