IT・科学
シャープさん誕生秘話〝しんどくて〟始めたSNS「荷が重いけど…」
ノーチェックの発信が築いた信頼関係
「シャープさん」と呼ばれるSNS人気企業アカウント「SHARP」の〝中の人〟を、山本隆博さんは12年にわたってつとめてきました。当初、「荷が重い役割」と思いながらも引き受けたのは、広告担当の時に感じていた「しんどさ」でした。「ノーチェック」で「ことばを削らず」発信することを大事にしてきたシャープさん。愚直に1対1のコミュニケーションを貫いてきた日々について聞きました。(withnews編集部・水野梓)
「死ぬほど嫌いな家事を教えてください」
「たいへん申し上げにくいのですがナノケアはパナソニックさん」
フォロワーに質問を投げかけたり、時には他社の製品を紹介するような投稿でくすっと笑わせてくれる家電メーカー「SHARP」の企業アカウント(@SHARP_JP)。2011年5月に開設したTwitter(現X)は、83万フォロワーを超えています。
国内にシャープ社員が2万人弱いるので、社員である私の本は理論上、発売と同時に売り切れる計算なのですが、人望も権力もない私は心配です。なので、社員じゃない人にお願いする次第です。来週のきょう発売。買って。 pic.twitter.com/jTwQAr3kcE
— SHARP シャープ株式会社 (@SHARP_JP) September 8, 2023
〝中の人〟の山本さん(以下シャープさん)が担当者になったきっかけは、東日本大震災でTwitterがインフラとして機能したことで、広告業界でもSNSで発信したいと注目が集まっていたタイミングでした。
「流行っているから『企業もやらなきゃいけない』という風潮でしたが、まったくの手探り状態でした」
もともとシャープさんは、SHARPでマスメディア向けの広告を担当していました。
以前から、プロのコピーライターが真剣に磨いた広告の「ことば」が、社内のさまざまな部署を通って「ハンコ」をもらっていく間に、削られたり、輝きを失ったりしていくのに心を痛めていたといいます。
「本来はもっといいことばだったのに、テレビCMや新聞広告になる段階では、当時の体感でいうと100あった輝きが30になるようで……。そんな日々に、ちょっと心がもたなかったんです」と話します。
「だからTwitter担当と言われたときは、『僕がやりますけど、誰のチェックも受けず、ことばを削らずに出しますよ』と伝えたんです。企業SNSの醍醐味は、ことばの鮮度を保ったまま、社会の外に出せること。これは革命ではないかと感じました」
感銘を受けたタモリさんの名言に、「チャンスはいまの自分には無理目な発注としてやってくる」という意味のものがあったと記憶していることが、シャープさんの背中を押したといいます。
「荷が重い役回りだと思いつつも、ようやくしんどい気持ちにならないで済むと感じました」と語ります。
企業や団体がSNSを始める場合、最も懸念されるのは「炎上」や批判的なリプ、製品へのクレームなどです。
シャープさんにも、当時は社内から「製品が『壊れた』『使えない』といった文句しか寄せられないのでは」といった懸念の声が上がりました。
しかし、「ふたを開けてみると、最も多かったのは『買い物相談』と『買い物報告』だったんです。なんて素晴らしいことなんだ、と手応えがありました」と言います。
ふだん家電メーカーの作った製品を、お客さんに売るのは量販店です。シャープさんは「これまでお客さんに『ありがとう』と言ってくれていたのは量販店の方々なんです」と指摘します。
「SNSには『買いました』というリプライが日々、膨大に届きます。初めて、作った人が買った人に直接お礼が言える状況になったんですね。何十年も家電を作っていてやっとお礼が言えるようになったというのが、本当にすごいことだと思ったんです」
そんななか、シャープさんがSNS発信で気をつけていることは、「全てのツイート(ポスト)の主語を『私』にすること」だといいます。
「企業って『我が社』『うちの商品は』『我々は~』と主語がデカいままでお客さんとしゃべろうとしていました。1対1のコミュニケーションには向いていないので、企業のことばの主語を小さくしたいと考えたんです」
さらに、主語を「私」にしたことばを通してシャープさんが模索していたのは、「広告せずに広告は可能かということ、企業はだれかの友人や推しになれるのか、ということ」だったといいます。
担当していたマス向けの広告では、莫大な予算を使って札束でこっちを向かせるようなことをやっているのではないか、と感じていたそうです。
とはいえ台頭してきたネット広告も、スクロールする親指を追いかけてくるバナー広告など、「広告への嫌悪感を溜める仕組み」とも感じていました。
「広告自体が生きる場所がないんじゃないかなって感覚になっていました。現実として弊社の製品について知ってもらわなきゃ始まりませんが、広告じゃない方法を模索しないと、この先はないって感じたんです」と振り返ります。
「今それができているかどうかは分かりませんが、ずっと試行錯誤しています」
「『あした新製品が発売です』といった普通のツイートは全然読まれません。じゃあ何が読まれているのかな、と探すと、マンガがついたツイートでした。自分が練ったことばを、マンガが軽々と超えていく……。やっぱりマンガってすごいなって思って」
そこで、「家電メーカーが伝えても伝わらなかったことをマンガに変換してもらったらどうか?」と思いついたといいます。
SNSで知り合った、マンガの発表プラットフォーム「コミチ」に相談し、家電の取扱説明書(トリセツ)をマンガにしてもらう企画を開催しました。
「全部面白かったんですが、なんとか1~3位を決めて選評を書いていたんです。面白くって筆が乗って。企画後にコミチの方々から『毎週マンガを読んで、コラムを書きませんか』とお誘いをいただきました」
この9月には、連載コラムをピックアップしてまとめた書籍『スマホ片手に、しんどい夜に。』が発売されました。
シャープさんが取り上げるマンガや書いているコラムは、「生きることのしんどさ」がテーマになっているものが多く、書籍のタイトルにも「しんどい夜に。」のことばが盛り込まれています。
シャープさんは「社会を覆っている、この『しんどくさせるもの』ってなんなんだろうなぁ」と思いを巡らせていたそうです。
もちろんネットやSNSではホッとするコミュニケーションや素敵な出会いもあります。
一方で、あらゆる情報をスマホひとつで、ひとりで摂取しなければいけない状況こそが、「しんどさの根本」ではないかとシャープさんは指摘します。
「みんなで『お茶の間』でテレビを見たり、友人たちとパソコンをのぞき込んでいたりするのとは違って、手の中のスマホで、あらゆる世界とひとりで対峙せざるをえなくなりました。それには孤独がつきまとうし、過酷さをはらむし、スマホの画面に自分が鏡あわせのように映るんじゃないかなと感じました」
書籍の「解説」は、シャープさんの大学時代の友人で、お笑い芸人・ロザンの宇治原史規さんが筆を執っています。
そんな風に、シャープさんと書籍の魅力をつづっています。
シャープさんは「僕は悪いことではないと思っていますが、とりわけTwitterは個人のしんどさを垂れ流しやすいSNSで、それが生活の救いになっている人もいます。巨大アカウントをやっている職業柄、そんな小さなつぶやきがボリュームをもって見えるんです」と言います。
「代表的なものは家事のしんどさをめぐる投稿ですが、見ず知らずの人の小さな、ミクロな投稿が、塊になって見える、押し寄せる感じがあって。社会のイシューになるような大文字ではないしんどさが、普通の人より見える場所にいるので、そういった意見をすくい上げるのはちょっと得意なんだと思います」
「そんな風に、ちょっとしんどいな、と思っている人に、手にとってもらえたら」と話しています。
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