連載
#27 親子でつくるミルクスタンド
北海道の離島、観光の目玉の牧場閉鎖 人手・後継者不足の深刻な影響
焼尻島のめん羊牧場
北海道の離島にある羊の牧場が8月末に閉鎖されました。飼育員が確保できなかったという理由ですが、全国各地でさまざまな牧場が後継者・人手不足に悩んでいます。鹿児島の山奥の放牧の牧場では、76歳の牧場主が、牧場存続のために会社を立ち上げました。苦境を強いられる酪農・畜産の業界で、後継問題が及ぼす影響や、「食」とどう向き合っていけばいいのかを考えます。(木村充慶)
北海道の北部、羽幌町の西25kmの日本海に浮かぶ島「焼尻(やぎしり)島」。島民は約160人の小さな離島です。
島に渡る手段は小さなフェリーだけ。気象条件でよく欠航してしまうため、気軽に行ける場所ではありません。
しかし訪れると、独自の生態系を保っていて、3分の1が原生林で覆われている多彩な自然に感動します。
島の観光の中心となっていたのが、肉用の羊を育てる「焼尻めん羊牧場」です。
サフォーク種と呼ばれる高級品種の羊を育てており、良質な羊肉として島外に出荷していました。
もともとニシン漁で島は栄えましたが、漁獲量が激減したことをきっかけに、町が漁師に羊を貸し出すようになったのが始まりだそうです。その後、町営化した牧場は半世紀にわたって営まれてきました。
著者が訪問したのは2019年のこと。日本海を見渡す草原を、悠々自適に動き回って過ごす羊たちの絶景に、「ニュージーランドの草原に来たか」と思うぐらいでした。
そんな牧場ですが、今年8月末に閉まってしまいました。
町営の「焼尻めん羊牧場」は、役場職員は常駐せず、専門の飼育員を雇って運営されていました。
昨年までは3人が働いていましたが、今年にかけて2人が退職。残った1人が今年8月末に退職する意向を示しました。
牧場存続のため、町は新たな飼育員を募集しました。筆者が所属している酪農家のLINEグループでも、人材を募集をしている投稿を見かけました。
しかし最終的には人材が見つからず、存続を断念。8月末に牧場を閉鎖しました。現在もわずかに羊は残っていますが、順次出荷していくとのことです。
焼尻島でゲストハウスを営む奥野真人さんによると、めん羊牧場は島の観光の目玉であり、「閉鎖はやむをえないが、心情的には残念でならない」と語ります。
「小さな離島ですが、海に面した羊の牧場がある景観に感動したことも決め手となって移住し、ゲストハウスを始めたんです。観光の目玉の牧場がなくなると、観光客もさらに減ってしまう可能性があり、ゲストハウスの存続も考えなければなりません」
大半は今も漁業で生計を立てているため、牧場存続への関心が高い島民ばかりではないということも影響しているのではないかと言います。
町は島民と話し合いながら、牧場跡地をどのように活用するか決めていくそうです。他方で、民間事業者からの打診もあり、牧場が存続する可能性もあるかもしれないといいます。
半世紀にわたって続いた牧場がなくなるのは、島にとっては大きな影響があるはずです。これまで積み上げてきた価値を活かした形で引き継がれることを祈ります。
酪農業界では、後継者や人材不足に悩んで運営をやめる牧場も増えています。
鹿児島県出水(いずみ)市にある「山の牧場(まきば)」は、熊本との県境の山の中にある牧場です。全国的には珍しい、牛を草原で放し飼いで飼育する放牧の牧場です。
標高600mほどの山奥に広がるきれいな放牧地を、牛たちが自由に歩き回りながら草を食んでいます。
牧場を営むのは76歳の鈴木正明さんです。戦後、別の牧場で修行した後、約50年前から現在の地で牧場を始めたといいます。
牧場を営みながら、周りの山を放牧地として開墾していきました。約3ヘクタールから現在では22ヘクタールにまで広がったといいます。
今では珍しい放牧ですが、戦後は放牧がほとんどだったと話す鈴木さん。頭数を増やす近代的な酪農に変化するなかで、効率性を重視した牛舎でのつなぎ飼いが増えたといいます。
鈴木さんは放牧を続ける理由を「牛も幸せになるし、人間も仕事が減るから」と言います。「牛はずっと歩き回っているから、いたって健康」だそうです。
円安やウクライナ危機で家畜の飼料が高騰するなか、牛の餌を輸入に頼る牧場では、経営的な打撃になっています。
「放牧では、牛たちが自生している草を食べてくれるので、経営的にも影響は比較的少ないです。放牧だから酪農を続けられたと思っています」
牧場の開設や修繕をしたときの借金も返し、いまは悠々自適に牧場作業をしていると話す鈴木さんですが、75歳を過ぎて体力が衰えてきたこともあり、今後の牧場運営については悩んだそうです。
鈴木さんの子どもは牧場を継ぐつもりはなく、一時は、牧場を閉じて沖縄に移住し、大好きなコーヒーの豆を栽培して暮らしてもいいかな――と考えていたといいます。
しかし、牧場を手伝っていた知人から「牧場を残そう」と説得されたため、自身がいなくても牧場運営が続けられるように、会社を設立しました。
家族ではなく、別の人に事業を引き継ぐ「第三者継承」の形を選んだ鈴木さん。
いまは鈴木さんも牧場運営に携わっていますが、「自分が営むのはあと5年」と話し、引退して知人に託す計画だといいます。
都内でミルクスタンドを運営している筆者は、各地の牧場を訪問するたびに、酪農の後継者問題についてよく耳にします。
コロナ禍での生乳廃棄や、ウクライナ危機を発端とした穀物・燃料の高騰。さまざまな課題があるなかで、酪農を続けるのは容易なことではありません。
ただし、焼尻島のように牧場が島の観光にとって重要な拠点になり、閉鎖がほかの問題につながってしまうケースもあります。
だからこそ、鹿児島の鈴木さんのように様々な形で牧場を維持する方法を模索することにはとても意味があると思います。
近年、「食料主権」という考え方が注目されています。食について、消費者ももっと主体的に考えて動いていこうというものです。
食のSDGs(持続可能な開発目標)とも言われ、食糧の安全保障、環境問題、フードシステムの構造的な問題など、食にまつわる課題を複合的に考えることの重要性を提示しています。
牧場の担い手不足は、私たちの食料の危機につながることはもちろん、さまざまな形で地域や社会に影響を及ぼします。まずは、酪農や食をめぐる現状を、私たち消費者がしっかり認識することが大切だと思います。
酪農に限らず、農業や水産など、一次産業では食糧生産について厳しい状況が伝えられています。
だからこそ、食べ物について「おいしい」「安い」だけではなく、広い視野を持って向き合っていかなければならないと感じています。
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