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甲子園の応援「相手へのリスペクトはあったか?」 脚本家が見た決勝
野球ファン歴40年、矢島弘一さん
慶応(神奈川)が、史上7校目の連覇をめざした仙台育英(宮城)を破り、大正5年以来107年ぶりとなる優勝を飾って幕を閉じた、第105回全国高校野球選手権記念大会。「大一番」にいても立ってもいられず、チケット争奪戦の末に日帰り観戦したひとりが、脚本家の矢島弘一さん(47)です。ドラマ「コウノドリ」などで知られ、40年来の野球ファンです。好ゲームに満足しつつも、スタンドで見た応援風景に、いまもモヤモヤしているといいます。「相手チームへの、リスペクトはあったのか――?」
私の予想は仙台育英の勝利。なんだったら快勝するものだと思っていた。
一塁側のベンチ上、前から12段目に陣取った。現地で観戦するのは2019年の星稜対履正社以来、4年ぶりの甲子園決勝だ。
いい空だ。 pic.twitter.com/fwKUwnbRr1
— 矢島弘一 (@mahalo512) August 23, 2023
育英のシートノックは芸術的であり、演劇的である。「間」と「テンポ」で観客を引き寄せ、煽り、最後は酔わせる。試合開始前は明らかに育英の雰囲気だった気がする。
プレイボール。
なんとなくライト方向に向かって風が吹いたと思った直後、慶応の先頭打者、丸田湊斗選手の打球が舞い上がる。
ライトフライか? と思った打球はあれよあれよという間にスタンドに吸い込まれた。
それはまるで、2006年第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2次ラウンドの米国戦で、イチローがライトスタンドにたたき込んだ先頭打者ホームランのよう。
三塁側を埋め尽くした慶応応援団の声援が、初回から球場を制圧していた。
ワンアウト後、3番渡辺憩選手のレフト前ヒットの時だろうか、慶應応援歌「烈火」が響き渡った。
初回から来た、応援の「圧」――。こうなると、もう誰も止められない。
2時間50分の間、ほぼ流れは慶応だった。1,2度、育英に行きかけた時もあったが、慶応は渡さなかった。あっぱれである。本当に強かった。
育英もやっぱり強かった。劣勢でも初球から強振していく姿、完全アウェイで声が掻き消される中、それでも諦めずグラウンドに立つ9人に懸命に声を届けようとするベンチメンバーに、前回王者の意地を見た。
両校の選手たちのおかげで、素晴らしい決勝戦を観ることができた。
でも、少しだけ寂しくてモヤモヤしていることに触れておこう。
「高校野球」は「高校生」がいるから成り立っていると私は思っている。彼ら、彼女らががむしゃらになって培った技術を、試合中、お互いのベンチからリスペクトし合う。
応援の成人諸君は、相手チームをリスペクトしていただろうか?
出身校に声援を送るのはもちろん良い。大いに良い。
出身校に点が入ったら喜ぶのはもちろん良い。大いに良い。
でも、相手チームのナイスバッティングやファインプレイに声援は送っていただろうか? 拍手で讃えただろうか?
相手チームのエラーで入った点を、大笑いして喜んでいる姿ほど下品なものはなかった。
わたしは野球ファン歴40年、このうちヤクルトスワローズファン歴40年。
高校野球も当然、大好きだ。高校野球部OBたちを主役に据えた舞台の台本を書いたこともある。
母校のOBであることに酔うのではなく、高校生たちの一挙手一投足に酔いしれてほしい。
大人たちのブランドと承認欲求は、高校野球には必要ないと私は思っている。
この夏も私たちに感動を与えてくれてありがとうございました。全国の高校生たちに心からお礼申し上げます。
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