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「縁日メニューだいたい網羅」 下町の屋台店主が語る〝生き残り策〟
たこ焼き、かき氷、大判焼きにチョコバナナ……。まるで「縁日」やお祭りの屋台のようなメニューばかりが並ぶお店が、下町の商店街にあります。なぜ縁日メニューをラインナップしようと思ったのでしょうか。「最初はたこ焼きだけだったんだけど」と振り返る店主に、その理由を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・武田啓亮)
「ここだけで縁日メニュー、大体網羅している」「全制覇したくなるラインナップ」。SNSで話題になっていたのは、東京都荒川区の商店街にある屋台「石川屋」です。
6個入りのたこ焼き350円、かき氷200円、大判焼き100円……。お品書きには、縁日やお祭りの屋台で食べたくなるメニューばかりだそうですが、いったいなぜなのでしょうか。
京成線・新三河島駅から徒歩3分、午前10時ごろにお店を訪ねると、小さな提灯や「氷」と書かれた小さなのぼり、「たこやき」の看板が目を引きます。
すでにソースと鰹(かつお)節のいい香りが漂い、店主の石川定行さん(45)が開店準備の真っ最中でした。
熱したたこ焼きプレートに生地を流しこむと、手際よく天かす、紅ショウガ、そして大ぶりのたこを投入。持ち帰りのお客さんにもカリッとした食感を楽しんでもらうため、お祭りの屋台のものよりも少し長めに焼くのがコツとのこと。
火が通るのを待つ間、素早く隣の大判焼きプレートにも生地を投入。並行作業で他のメニューも次々と調理していきます。
野菜たっぷりの焼きそば(300円)の上には目玉焼きも乗っていてボリューミーです。子どもが喜ぶようにと、チョコバナナ(200円)のてっぺんには「コアラのマーチ」がのっています。
SNSでは「お祭りメニューなのに、お祭り価格じゃなくて良心的」「千円あれば満足できそう」といった感想もあったように、物価高のなかで、低価格なのも特徴です。
「安くておいしい。その方がうれしいでしょ」。店主の石川さんはそう言って笑います。
「祭りの屋台はその日だけで稼がなきゃいけないけど、ここは違う。儲けは少なくても毎日買えるような値段にして、常連さんになってもらえたら嬉しい」。価格設定にはそんな理由もあるそうです。
それにしても、どうして縁日メニューばかり集めたお店を開こうと思ったのでしょうか。
「最初はね、一番自信があるたこ焼きだけだったんだよ」と石川さん。
お客さんからの「たこ焼きができるならお好み焼きもできない?」「夏はかき氷が食べたい」といったリクエストに答えているうちに、「いつのまにか『一人縁日』みたいになっちゃってさ」と笑います。
この場所で店を開く前、石川さんは上野のアメ横で20年以上に渡って屋台を開いていました。花火大会や初詣などの大きなイベントがある時には、各地に「出張」もしていたそうです。
ところが、コロナ禍でアメ横を訪れる観光客が激減し、各地のイベントも軒並み中止になりました。
「これは大変なことになった。今までのやり方ではとても食べていけないぞ」
そこで心機一転、生まれ故郷の荒川区に戻って店を構えることにしました。
総菜屋さんのようなスタイルで、テイクアウト需要を取り込めば生き残れるのではと考えたそうです。たこ焼きをカリッと焼く理由も、その一環でした。
ここで店を開いて4年目。ようやく軌道に乗ってきたところだそうです。
1日の来客は平日で50人、休日で100人ほど。アメ横時代の10分の1ほどだと言います。
石川さんは、お客さんの全体数は少なくなっても、悪いことばかりではないと言います。
「今のお客さんの人数だから、俺ひとりでもこれだけのメニューを用意できている。アメ横だと、こういう店は無理だったと思うなぁ」
縁日メニューばかりの一風変わった屋台、どんな人が買いに来ているのでしょうか。
「お昼のおかずに一品追加しようと思って」
午前11時半ごろに来店した女性(37)は、ももや皮などの焼き鳥を7本購入。8歳の長女と4歳の長男の好物なのだそうです。
「夏休みの子どもの昼食を用意するのが大変で、ここにはいつもお世話になっています」と話します。子どもたちと出かけた帰りには、おやつに大判焼きなどをよく買って帰るそうです。
「父がここのたこ焼きが大好きなんです」
桜本広幸さん(15)はたこ焼き2パックを購入。持ち帰って昼食にするそうです。
「縁日メニューばかりのお店が街中にあるなんて、初めて見たときは珍しいなと驚きました」と笑います。今では、スーパーやコンビニの総菜感覚で、日常的に利用しているそうです。
夕方になると、チョコバナナやかき氷を買っていく買い物帰りの親子連れの姿がちらほら。
「おやつ食べちゃって大丈夫?ちゃんとご飯も食べられる?」「うん」
そんな会話のあと、さらに日が落ちて、あたりが暗くなる頃には仕事帰りのサラリーマンの姿も増えてきます。
「晩酌のお供にしようと思って。コンビニのだと、ちょっと味気ないから」
近くに住む会社員の江戸正明さん(60)は、好物の焼き鳥を注文し、店先で焼き上がりを待ちます。
「こういう屋台は、なんだか懐かしい感じがするよね」
「はい、焼き上がりましたよ」「美味しそう。また買いに来ます」
屋台の小さな窓越しに商品を受け取った女性が、嬉しそうに家路に着きます。
午後8時前、最後のお客さんがたこ焼きとゲソ焼きを購入し、用意していた商品が全て売り切れました。
「感謝の言葉ももちろんうれしいけど、ぴったり売り切れた瞬間が、一番気持ちいいよね」と石川さん。
店の看板商品は、市場で仕入れた真ダコを使ったたこ焼きです。
ここ10年ほど値上がりが続く主役のタコに加え、小麦粉など他の材料も高騰しています。
それを低価格で出せる理由の一つは、その日の来客がどのくらいになりそうかを見極め、廃棄になる商品を極力減らしているからだといいます。
最近は、商品の焼き上がりを待つ間に世間話をしていく顔見知りのお客さんも増えてきました。
経営は決して楽ではありませんが、石川さんはこの場所で長く店を続けたいと話します。
「派手な商売じゃないけどさ、細く長く、やっていけたらいいよね」
石川屋は午前10時ごろから午後8時ごろまで営業。不定休ですが、毎週月曜日に休むことが多いそうです。
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