話題
親に住所を知られたくない…「毒親絶縁の手引き」を出版する理由は
親との関係、断ち切る方法1冊に
子どもの意志を無視したり、過干渉になったり、ときに暴力を振るったり――。成長した後にも子どもに苦しさを与える「毒親」の存在が問題になっています。そんな毒親との関係を断ち切って、離れて暮らすために必要な法律・制度の知識をまとめた「手引き書」が制作されました。企画の背景を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・高室杏子)
子どもに〝毒〟のような悪影響を与える親のことを「毒親」と呼ぶようになりました。
そんな毒親と関係を絶つための「毒親絶縁の手引き」の出版を企画したのはファンタジー小説の制作と発表をしてきた「紅龍堂書店」のスタッフの一人です。
自身も「毒親育ち」だといい、親と関係を絶つために法律の専門家に相談したり、制度を調べたりした経験があります。
必要な手続きをするなかで、「窓口が分かれていて、とても煩雑で書類もたくさん。一度役所の窓口に訪れただけでは、まったく終わらなかった」と振り返ります。
親と関係を絶つために必要な手段や情報を集めた〝お守り〟のような本があれば――。
そう考えて、手引書の出版を企画したといいます。
本では、家庭内暴力(DV)などから自身の安全を確保するための相談窓口、行く先を家族に知られないように引っ越しをするための業者の選び方、生活圏を知られないようにするための住民票やマイナンバーカードに関連した手続き――など、必要な知識を解説しています。
また、「毒親」の定義があいまいなことなどから、成人してからも子どもはなかなか「自分の親が『毒親』だ」と受け止めることが難しいケースもあります。
「毒親」の特徴や、どんな行為があったら「加害」と受け止めて安全の確保が必要になるのかといった事例もまとめています。
本では、2022年11月~今年3月までに、厚生労働省や警察庁、自治体のホームページを調べたり、役所の窓口の担当者から聞いたりして、必要な情報をまとめたといいます。
離婚調停や親権に詳しい弁護士や、福祉制度に詳しい社会福祉士・精神保健福祉士の監修も受けました。
スタッフは、「本がある場所にたどり着いたら、安全な日常を手に入れる準備ができるようにしたい」と話します。
今後、一般書店での発売を予定しており、DVを受けた人が一時的に暮らすシェルターや、DV・ストーカー被害者専門の引っ越し業者の相談窓口などでも手に取れるようにしたいと話しています。
※ このあとの記事では、本を企画したスタッフの虐待の経験についての記述があります。ご自身の体調にあわせてご覧ください。
本を企画したスタッフは、中学生になった頃のきょうだいの指の骨を、父親がまだ幼い自分の目の前で折った――という経験があるといいます。
その場面を見た記憶を、いまでも鮮明に思い出すそうです。
きょうだいは「言うことを聞かなかった」「父親の機嫌が悪かった」というただそれだけの理由で、まだ細い指の骨を折られたそうです。
今でこそ「一緒に居たくない」と言えるけれど、当時は家族なんだから受け入れなくてはならないと思い、離れることを想像することさえ避けていたといいます。しかし、きょうだいに暴力を振るう一方で、幼い自分には「猫なで声」で接する父親を「気味が悪かった」と感じていたそうです。
成人した後も苦痛は続きました。実家を出て、住所を知らせて一人暮らしを始めたとき。
実家にあった大事な書類や思い出の品を、使用済みの日用品のごみと一緒にビニール袋に入れられて、何袋も送りつけられたこともありました。
父親が目の前にいなくても、父親の異常な行動の記憶が尾を引いて、パートナーや友人・同僚との人間関係に悩むと「あの父親の子どもである自分の方がおかしいのではないか」と感じてしまうこともあったそうです。
仕事でも「もっと努力ができたはず」と考えてしまったり、困ったときに相談しようと思っても「相手を信じ切れない」といった生きづらさを感じてきました。
知り合った警察官や福祉関係者に、そんな子どもの頃の話をしたところ、「それは、子どもの目の前で配偶者や家族に暴力を振るう『面前DV』という虐待だ」と指摘されました。
それまで「自分の苦しさの原因に気づけなかった」と思い返します。
少しずつ「父親と距離を取ろう」「関わらないようにしよう」と考え始め、「DV等支援措置」や住民票の内容を家族に知られないように伏せる手続きを進めたといいます。
クラウドファンディング(CF)で印刷費などを募ったところ、開始当初の目標の160%を超える支援が集まり、話題になりました。
CFで募った理由を、スタッフは「紅龍堂書店のアカウントやサイトで発信するだけでなく、『親から離れる手段があること』『家族関係で苦しい思いをしていたら<離れる>という選択を取ってもいいこと』を、より多くの人に知ってもらいたかった」と語ります。
「いつかは出版したいと決めていましたが、支援者のおかげで早く叶います」と胸をなで下ろします。
近頃は、マイナンバーカードをめぐってさまざまな動きがあったことも、出版を急いだ理由のひとつだといいます。
自治体によっては、マイナンバーカードの申請や住民票の手続きでは、窓口に申し出ないと、住所を知られたくない家族にばれてしまうケースがあると注意喚起をしているところもあります。
「住む場所を家族に知られることが、命の危機につながる人への行政の対応も不十分なまま、マイナンバーカードの施策が進んでいる」とスタッフは指摘します。
「『家族から離れることができない』と悩んでいる人の周りに居る人や、何かサポートできることはないかと考えている人にも、離れる方法があること、離れにくくしている制度や施策の仕組みを知ってもらって、この手引書を役立ててほしいです」と呼びかけています。
1/153枚