IT・科学
額にV字の赤あざ〝サーモンパッチ〟「治療すべき?」迷った親の判断
嫌な思いをしないか…不安になった筆者
病室で、思わず検索をした「赤ちゃん 額 赤いあざ」。スマホ画面に表示されたのは「サーモンパッチ」という聞き慣れない単語でした。現在、生後8カ月の息子は、生まれた時から額にV字の赤あざがあります。新生児の2〜3割に見られるサーモンパッチとは何か、そしてこのあざは消えるのか――。子どもの〝見た目問題〟に直面した筆者が、その心境をつづります。(ライター・小野ヒデコ)
昨年の冬、息子が生まれた時にうっすらと見えた、額のV字の赤み。最初は「あれ?」と思った程度でしたが、数日経っても赤みは消えませんでした。徐々に不安になり、ネットで調べたところ、どうやら「サーモンパッチ」と呼ばれるものだと分かりました。
その後、小児科医や皮膚科医に尋ねると、健康に害はないものと分かりました。
医師の言葉にひと安心したものの、長女の保育園のお迎えに息子を連れいくと、数名の園児から「この赤いの何?」と聞かれたり、児童館では周囲から「あれ、ここ(額)引っ掻いちゃったのかな?」と言われたりしました。
そのうち、「将来、このあざが原因で嫌な思いをしないだろうか」という思いがよぎりました。
病気や事故によって、顔の変形やあざ、傷といった外見の症状があると、周囲からジロジロ見られたり、学校や恋愛、就職などで苦労したりすることも――。NPO法人「マイフェイス・マイスタイル」は、それを「見た目問題」と呼んで解決を目指しています。
「見た目」による影響が不安になり、友人たちに額のあざの話をすると、「実はうちも」「私も」という声をちらほら聞くようになりました。
話をしてくれたうちの一人、埼玉県在住の30代女性は、娘さんの臀部に色の濃い蒙古斑があり、それをレーザー治療した時のことを話してくれました。
もともと皮膚が弱く、ときどき皮膚科へかかっていた娘さん。すると、たまたまおしりの蒙古斑を見た医師から「この位置にあるのは、大人になっても消えないと思う」と言われたそうです。
「当時、娘は1歳半でしたが、大きくなってから更衣室での着替えなどの際に嫌な思いをしないかなと思ったのと、その病院では保険適用の治療だったので、『消しておいた方が良いかな』くらいの気持ちでした」
結果的に、レーザー治療をしましたが、女性は「子どもが嫌がり、泣き叫ぶ姿を見るのがつらかった」と振り返ります。
「3回ほどの照射でだんだん薄くなってきて、先生からは『どこまでやったらオッケーという訳ではなく、親御さん次第です』と言われたので、やめることにしました」
現在、あざはほとんど消えているそうです。今は7歳になった娘さんは、泣き叫びながら治療したことは「覚えてないし、(蒙古斑は)あってもなくてもどっちでもいい」と飄々(ひょうひょう)と言っていた――。そんな風に女性は苦笑いをしていました。
「未就学児のあざのレーザー治療は、保護者の判断に委ねられています。皆さんが気になるのは、あざが消えるかどうかの経過だと思います」
そう話すのは、近畿大学医学部附属病院の皮膚科で、美容皮膚科レーザーチームリーダーを務める医師・山本晴代さんです。
山本さんによると、サーモンパッチは新生児の20〜30%という高い頻度で見られ、あざは境界線がない淡い形をしていて、盛り上がったりしていないのが特徴だといいます。額、瞼(まぶた)、うなじや後頭部、まれに、鼻の下の人中部に現れるそうです。
「出現の原因はいまだによく分かっていませんが、脳などへの異常は一切ありません。“一般的”に、額や瞼の部位は1年以内、遅くとも3歳までには消退する(薄くなってなくなっていく)と言われています。ただ、大人になっても残る場合もあるのが現実です。また、うなじや後頭部の部位は消えない確率が高いです」と話します。
山本さんのデータによると、近畿大学病院で、2016年から2021年の間に受診した未就学児のうち、サーモンパッチと診断されたのは23人でした。
「この数は少ないと感じるかもしれませんが、小児科や皮膚科で『消えることが多い』と医師から言われ、大学病院での受診を希望しなかった人の数は含まれていません」と山本さんは注釈をつけます。
そして、通院を続けたのは16人。そのうち7人がレーザー治療をしたとのことでした。医師による評価判定では、レーザー治療をした7人中、6人が有効、1人がやや有効との結果になりました。
「一般的にサーモンパッチは3歳までには消退すると言われているものの、近畿大学のデータでは半数以上の症例で残っていました。元々の色味の濃さや個人差があるため、乳児期の時点で『将来は消えますよ』とは断言できません。これまでの事例から2〜3歳から治療を始めても効果は高いので、『早めにしないといけない』というわけではありません」と解説します。
「ただ」と山本さんは続けます。
「2、3歳になると、治療をいやがって泣いたり暴れたりしてしまうため、その姿を見るのがつらいという親御さんもいます。記憶が残らないうちに治療してしまうのも、一つの手だとは思います」
自身も小学生の子どもがいるという山本さんは、「自分の子の額にサーモンパッチがあったら」と置き換えると、「徐々に消退していく症例を見ているので、おそらく3歳まで待つと思います」と話してくれました。
「あざを隠すメイクも進化していますし、記念撮影の時にはそういったメイクを施したり、前髪を伸ばしたりすると思います。でも、あざの濃さによっても気持ちは違うと思うので、成長していっても濃さに変化がないようであれば、レーザーの照射を検討すると思います」
子どものサーモンパッチが気になって受診するとき、心がけておいてほしいことあると山本さんは言います。
「一つは、3カ月に1度など、定期的にかかりつけ医に見てもらい、経過の写真を撮って記録をしてほしいということ。もう一つは、不安や疑問点を書き出し、診察の際に遠慮なく医師に相談をしてください、ということです」
筆者は、夫と話し合ったり、かかりつけ医に相談したり、調べたりするなかで「ひとまずレーザー治療をするのは待とう」という結論を出していました。
主な理由は、「将来、消えたり薄くなったりするかもしれない」ということと、少し大きくなってから、息子本人の意見を聞くのもいいのではないかと考えたからです。
その判断が正しかったのかどうか、今はわかりません。正解はないと思うので、経過観察をしながら、見守っていきたいと思っています。
病気や事故などで、顔にあざや傷や変形といった外見の症状があると、日々の暮らしの中でもさまざまな苦労がある「見た目問題」。
筆者は、「見た目問題」のような症状があったわけではありませんが、思春期の頃から体型や容姿のコンプレックスを抱いてきました。
今回、子どもの「見た目問題」が不安になった時、自分が持てなかった「自己肯定感」を息子に期待してしまっていることに気づき、ハッとしました。
周囲と外見が違っているマイノリティ側が、世間から“普通”を求められたり、治療やメイクなどを強いられたり――。
もちろん、当事者自身が「そうしたい」と感じている分には問題がないかもしれません。しかし筆者は、当事者がそんな「努力」を求められていることに、これまで違和感を抱いていませんでした。
最近は「多様性」や「ダイバーシティ」という言葉をよく耳にするようになり、“違い”を個性と認め合う動きが出てきていますが、まだまだ多くの人が“普通”にあわせなければというプレッシャーを感じているのが現状ではないでしょうか。
息子が大人になる頃には、この流れを本流にして、「見た目問題」という言葉や観念がなくなり、当事者が生きづらさを感じない社会にしていきたいと思いました。
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