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UCバークレー教授、なぜ今ツイッター開始? フォロワー5人から…
ちょっと〝変〟な投稿の理由 野村泰紀教授に聞いた
宇宙はどのようにできたのか。そんな深遠な謎に挑む理論物理学者が、6月に突如、ツイッターに目覚めました。著名人のアカウントに絵文字のリプライをつけたり、「フォロワーさん大募集!」と明るく自己紹介したり……。ちょっと変わった投稿のわけを聞くと「単に、使いかたが分からないから」と驚きの答えが。近頃はThreadsがリリースされるなどSNSの環境も変化していますが、聞いてみました。「博士、あなたはなんで今ごろになってツイッターを?」(朝日新聞・松村愛)
10大学からなるカリフォルニア大学群の中で最も古い歴史を持つカリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)。
そこを拠点に、「宇宙は一つ(ユニバース)ではなく、多数の宇宙が存在する」というマルチバース宇宙論を提唱している、野村泰紀教授(49)。バークレー理論物理学センター長も務める世界的科学者です。
昨年4月に出版した『なぜ宇宙は存在するのか』(講談社ブルーバックス)が11刷のロングセラーに。
6月、理化学研究所(埼玉県和光市)の上級研究員として来日する直前に、突如ツイッターでつぶやき始めたのですが、その使いかたが独特で驚きます。
アカウントを開いたのは4年前。飲み会で知り会った女性シンガーソングライターがツイッターをしていると聞いて、その場でアカウントを開いてフォローしたのがきっかけ。しかしそのまま見ることもなくほうっていたので、「フォロワー5人」の状態でした。
6月18日の来日を前に、宇宙物理学者仲間のツイッターをたまたまチェック。
5対1万だと...?
「なぬー!と思いました。業績とは関係なく、単に数字で負けていることが悔しくて…。ツイッターって何だ、俺もやってみよう、と」
まず、ローカルテレビ局の科学番組で共演したHKT48の田中美久さんをフォロー。
フィードに上がってくる「おすすめ」を次々にフォローしていたら、「アイドル好きの男だと思われたのか、フィードにアイドルやセクシー女優のアカウントが並ぶようになり、フォローしたり、リプライを書いたりしていました。そういうものだと思って」
初ツイートは、6月7日の「ダムを壊しちゃいかんだろ」。もちろん、ウクライナ南部ヘルソン州のロシア支配地域にあるカホフカダムが6日に決壊したことを指したもの。
9日には、経済評論家上念司さんのダム決壊をめぐるツイートに「マジで許せん」と初リプライ。
さらに、メンションつきリツイートで「まったくもってけしからん」とつぶやき、「コメントをつけてリツイートってのを学んだのでやってみました」。
10日に「ツイッター歴3日の野村です。どうやら人のツイートにコメントする方がやりやすい事が判明。自分はボケかと思っていましたが、突っ込みだったようです」とツイート。
すると、見るに見かねたのか、哲学者の千葉雅也さんがDMで、リプライは基本的に好まれない、リアルな知り合いにしかしないという「マナー」を教えてくれたそうです。
リプライはそのアカウントにしか見られないDMのようなものだと思っていた野村博士。「本垢」「裏垢」という概念もその後に知ったそうです。
それでも、面識のない国際政治学者三浦瑠麗さんのツイートに絵文字でリプライするなど、肩の力を極限まで抜いたツイッターライフを満喫中。もらったリプライには速攻でコメントやいいね、フォローを返すマメさも見せます。
「一度やると決めたらしばらく本気モードでフォロワー増やします。負けず嫌いなんで」
著名人や研究者仲間との交遊も、あけすけにツイッターで披露しています。
そんな野村さんに目を付けたのが、映像プロデューサーの高橋弘樹さん。テレビ東京で『家、ついて行ってイイですか?』を担当し、素人出演者を生かす目利きに定評があります。ある日、DMで野村さんのもとに出演依頼が届きました。
来日してまもなく、哲学者で東大准教授の斉藤幸平さん、ドワンゴ創業者の川上量生さんという初対面の2人と高橋さんとで仙台や岩手・南三陸をロケ。
この珍道中に先立って、野村さんの高速トークが7月8日深夜、高橋さんのYouTubeチャンネル「ReHacQ」(リハック)で公開されると、自力で600人ほどまで増やしていたフォロワーが一夜にして1500人を突破しました。
第2弾のトークも配信され、フォロワーは7月半ばにして8000人を超え、1カ月余りでとうとう「1万」を視野に入れるところまできました。
しかしツイッターは昨年4月にイーロン・マスクに買収され、相次ぐ仕様の変更で大きく形を変えつつあります。メタがThreads(スレッズ)をリリースし、「次のSNS」への離脱も起こっていますが、なぜ今ごろツイッターを始めたのでしょう?
「ぼく、なんでもすべて出遅れるみたい。eメールをみんな使い始めても、ずっとアナログに手書きで送っていました。ようやく自分の中にSNSの波が来たというだけです」
あくまで自然体な野村さん。東大の博士課程を終えて渡米したのは26歳のとき。若くして華々しい研究業績を残し、数々の研究機関で着実にキャリアを築いていきますが、当初は10年近く意図的に日本に帰りませんでした。「日本の研究環境に甘えたくなかった。退路を断つという思いで渡米したので」
理論物理学は、実験を繰り返すような分野ではなく、だれも知らない新しい理論を見つけること。突拍子もない発想から、大きな発見がうまれることもある。
そのために、研究室にこもって論文を書くだけでなく、学生や研究者とのディスカッション、まったく違う分野の人たちとの会話を大切にしています。
書いた論文が引用されてナンボの世界。引用された論文の執筆年齢分布では「若手研究者>シニア研究者」という傾向がはっきり出ており、35歳を過ぎるとぐっと下がるそうです。
アスリートと同じで、若い頃は純粋に研究に費やす時間が多くあり、体力も十分。教授や所長とポストが増えると会議や予算申請など仕事が増え、安定と引き換えに失うものもあったことに気づいたそうです。
野村さん自身も、引用されることの多いのは26~28歳で書いた論文です。
だから、50代を迎える今の目標は「若いときの自分のキャリアハイを超えること」、そして「人生の価値をトータルで最大化すること」だといいます。
そのために、研究だけでなく、ツイッターを通して新たに開けた交遊の輪をさらに楽しみ、多くの人にシェアしたいのだそうです。
「結局は、自分のまわりの人とつくるユニバースを大切にして生きていけばいい。集合体の集積が宇宙、マルチバースなんだから」
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