IT・科学
ビジネス書の表紙は、なぜ似るのか 著者になってわかった〝秘密〟
ビジネス書は、たいてい書店の目立つ位置に平積みで並べられています。そのタイトルは思わず手に取りたくなるものばかりですが、似通ったものばかりという印象もあります。ひょんなことからビジネス書を書くことになった私が体験したのは、読者の立場からはわからなかった〝奥深さ〟でした。ネットに無料の情報があふれる中、わざわざ本を買ってもらうにはどうすればいいのか。一筋縄ではいかないけれど、わくわく感に満ちあふれるビジネス書的情報発信について考えます。
話はいきなり、本の出版から1カ月あまりたった3月31日から始まります。
私は緊張しながら代官山蔦屋さんでのトークイベントに臨んでいました。
お相手は、本のイラストを描いてくれたマンガ家の深谷かほるさん。『夜廻り猫』がNHKでアニメ化されるなど、根強いファンを持つ作家さんです。
会場とオンラインそれぞれの場所で100人近くのお客さんが待ち構えていました。
活字の本を書いたのに、なぜ、イベントなのか?
そこには書いただけでは伝わらない、デジタル時代ならではの現実がありました。
執筆中に編集者から口酸っぱく言われたのは「書いたら終わりではないですよ!」です。
スマホで簡単に色んな情報を得られる時代。本を買ってもらうには、そのきっかけとなる機会を著者自らが作っていかなければいけません。
一見、厳しい現実のように見えますが、編集者は「自分で読者を開拓できるなんて、こんなチャンス使わない手はないですから!」といたって前向きです。それは、本のテーマである「つながる」ことにも重なる大切な取り組みでもありました。
そんなことから、私は慣れないトークイベントを自ら企画し、人前に出ていくことになったのです。
私が書いたのは文章術の本でした。ウェブメディア「withnews」の編集長を8年間つとめ、そこで得られた経験を伝える内容になっています。
筆を執った一番の理由は、デジタル空間の情報に多様性が失われていくことへの危機感でした。
クリック数であるページビュー(PV)やSNSでの反応といったわかりやすい指標が独り歩きして、それになじまない情報が発信されなくなっていると感じていたからです。
読まれた数だけが目的となり、情報を介してつながるという一番大事なことをおざなりにしている。だから、多様な発信手段があることを伝えることで、多様な情報を増やしたい。
一見、悪くない動機に見えますが、ここに落とし穴がありました。
ビジネス書の肝は「伝えたいことを書くのではない」ということだからです。
想定する読者は、企業の広報やPR担当の人でした。その人たちにとって大事なのは、自分の仕事の成果を上げること。世の中の情報の多様性を担保することではありません。
読者にとって筆者の思いは二の次。求めているのは、読んですぐ使える情報です。そのためには、徹底的に実用的な内容にしなければいけません。
結果、メディア業界を憂える私の「はじめに」の文章は大幅に書き直され、どうすれば効果的な情報発信ができるかに絞った構成になったのです。
大手取次のトーハンの調べによると、2022年に一番売れたビジネス書は『人は話し方が9割』(永松茂久著/すばる舎)です。2019年の発売で120万部を超えています。
言わずと知れたベストセラーですが、そこにはリスクのある新刊本よりも安定した売り上げが見込めるベストセラーに頼りたい出版社の思惑も見え隠れします。
実際、アマゾンで「9割」と検索してみると、色んな〝9割本〟が出てきます。なんだか装丁も似ています。
そんな戦略も含めて世の中の流行を映し出すビジネス書の世界。ベストセラーのタイトルは目まぐるしく変わってきました。
たとえば、同じくトーハンの調べによる10年前の2012年のビジネス書年間ベストセラー1位は『聞く力』(阿川佐和子/文藝春秋)です。話し方とは正反対のアプローチですが、たしかに当時は日本中で話題になりました。
ベストセラーが一冊、出ると、似たような本が出回る。それだけ需要があるテーマだという証しではあるのですが、〝本好き〟という人のなかにはビジネス書を快く思わない人がいるのも感じていました。
ところが、私が著者としてビジネス書に関わったことで、そのイメージは一変しました。タイトル、装丁……それぞれの施策にはそれなりの理由があったからです。
まず、驚いたのはビジネス書ならではの書き方です。
行間が広い。それは本全体の文字数が少ないから。これは決して著者が楽をしたいからではありません。
その方が読者が読みやすいからです。
普通は、情報量が多い方が価値があるとされがちですが、〝使える〟情報が求められるビジネス書には当てはまりません。忙しい中で読んで覚えて理解する間に〝使えない〟情報になってしまっては本末転倒だからです。
そのため、普段からなじみのある話し言葉で、改行を多く使い、強調したいところは先回りして傍線まで引いておきます。そして、章の最後には〝おさらい〟のコーナーも入れます。
仕事を終えて疲れた状態でも、小見出しを目で追っていけばだいたいの内容がわかる。そんな風に作られているのです。
タイトルや装丁に似たものが多いのも、今の時代に求められている情報が必要な読者に、余計な負荷をかけず、その存在に気づいてもらうための工夫だと思えば納得がいきます。
とにかく〝使える〟ことを突き詰めているのです。その時に〝9割〟が流行しているのなら、ありがたく乗っかる。優先するのは、著者の思いよりも、読者とのつながりです。
もちろんそこには「本が売れる」というビジネス的な狙いはあります。でも、同時に、真面目に本作りをしている著者と編集者は、自分たちの本には必ず役に立つ情報があると信じています。とにかくそれを使ってほしい。だからこそ、まず、手にとってもらうことを考えるのです。
さらにビジネス書が奥深いのは、単に読みやすいだけでもダメだというところです。
流行のテーマや文体、デザインを並べただけでは、差別化ができないからです。
読者にとっての〝読みやすさ〟を第一に考えた上で必要になるのが、当初、封印した著者の思いです。
著者ならではの執筆の動機、熱量がなければ、単なる流行に乗ったものに過ぎなくなります。手に取りやすく、読みやすく書いたのも、自分の思いを伝えたいからです。
本では「あとがき」にその思いをぶつけました。
新聞記者としての新入社員時代の思い出までさかのぼり、なぜ情報の多様性が大事かを訴えました。
ここまで読んでくれた人なら、自分の思いも受け止めてくれるはず。そんな気持ちで書き連ねました。
本のテーマである「つながる」ためには、イラストも重要です。
読者がスマホで日常的に触れる世界は刺激とエモさに満ちあふれています。そのため、読者の集中力を途切れさせないためには、本でも感情に訴える工夫が必要です。
今回、イラストを描いてもらった深谷かほるさんは、withnewsでマンガ『夜廻り猫』を連載をしてくれています。これは、通常のニュース記事では表現することが難しい現代社会の心の機微を伝える人気シリーズとなっています。
マンガの強さは、感情を可視化できることです。本の中でも「ここが大事」といったポイントを、深谷さんが描くイラストの猫に代弁してもらうことで、文字だけでは伝わらない感情と熱量を形にしました。
デジタル空間では膨大な情報が無料で手に入ります。ぶっちゃけ、おそらく私が本に書いた内容も断片的にはどこかに漂っていることでしょう。
そんな中、お金を払ってまで書籍を手に取ってもらうには、どうすればいいか。
力を入れたのはSNSでの発信です。
なるべく自分の日常に起きたことに絡めて、本のメッセージを紹介するようにしました。
なぜなら、書いてある内容だけでなく、誰がどういう文脈で書いたかという要素が重要だからです。それには書籍の略歴だけでは足りません。
まず、一人の人物として興味を持ってもらう。そうすることで、出所不明で無料のネット情報にはない、著者ならではの希少性が生まれます。なにより、本の中で自分が繰り返し訴えた「顔が見える発信」によって、読者とつながることができます。
実際、ツイートがきっかけで本を買ってくれたことを知った時のうれしさは言葉にできないものでした。
その延長に、冒頭のイベント開催があります。
単行本だと1500円以上はする紙の書籍を「それくらいの価値がある〝使える〟情報だ」と思ってもらわなければいけないのが、ビジネス書の世界です。
今の時代、なかなかハードルが高いと言えます。
それを飛び越えるため、作り手は実にたくさんの工夫を施しています。
中でも「伝えたいことを書くのではない」「読者に〝使える情報〟を届ける」というビジネス書の神髄は、過激な主張が飛び交うデジタル空間を考える上で、大事な姿勢だと言えます。
誰もが発信できる時代だからこそ、言いたいことだけでなく、言われた側のことを考える。そんな考えが少しでも広がれば、残念な衝突が減るのかもしれないからです。
殺伐としたデジタル空間を救うヒントまで隠されている。これが、著者になって知ったホスピタリティーとクリエーティビティーにあふれるビジネス書の価値だったのです。
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