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IT・科学

「災いの記憶」あえて残す理由 ロシア軍に監禁された子どもの落書き

デジタルアーカイブが語りかけるもの

ロシア軍によって占拠された時のウクライナ北部のヤヒドネ村にある学校地下の3Dデータ。住民から提供された画像には、監禁された子どもが描いたと見られる絵が残っていた=3Dスキャン:Yaro Jackson
ロシア軍によって占拠された時のウクライナ北部のヤヒドネ村にある学校地下の3Dデータ。住民から提供された画像には、監禁された子どもが描いたと見られる絵が残っていた=3Dスキャン:Yaro Jackson

目次

連日、ニュースで見ない日はないウクライナ侵攻ですが、戦争のような大きな出来事になるほど起きるのが「記憶の上書き」です。それを思い起こさせてくれるデータがネット上に公開されています。2022年2月にロシア軍が住民350人以上を学校地下に監禁したウクライナ北部のヤヒドネ村。一体、そこで何が起きたのか。「災いの記憶」を保存するための寄付プロジェクト(https://utf.u-tokyo.ac.jp/project/pjt158)を立ち上げた東京大学教授の渡邉英徳さんにデジタルアーカイブの意義を聞きました。
 

すっかり忘れていた半年前の出来事

「この車の列、なんだかわかりますか?」

画面に映っていたのは、ロシアから隣国ジョージアに向けて渋滞する車列。〝そのこと〟をすっかり忘れていた私に、渡邉さんは一言「それが記憶の上書きです」。

【関連リンク】車列を解説する渡邉さんのツイート

〝そのこと〟とは、2022年9月にロシアのプーチン大統領によって出された動員令です。

前線に兵士として送られることを恐れたロシア市民が、次々と国外に脱出しました。渡邉さんらが関わるデジタルアーカイブの衛星写真には、その場面をとらえたと思われる渋滞の様子が写っていました。

当時、あんなに報道されていたのに……その後、どんどん入ってくる情報によって自分の記憶が上書きされてしまったことに気づかされました。動員令からたった半年しか経っていないのにも関わらずです。

「これが、ウクライナ侵攻の特徴です」

渡邉さんは、これまで沖縄戦や、広島、長崎の原爆、東日本大震災といった戦災や災害のデジタルアーカイブに取り組んできました。

しかし、ロシアによるウクライナ侵攻は決定的に違う点があると言います。それは、全体像がわからないということ。そして、どんどん情報が流れていってしまうこと。

「その結果、生まれるのが記憶の上書きです」

膨大な情報が飛び交う2023年の戦争ならではの問題に対して何ができるのか。渡邉さんたちが作ったのが誰もがアクセスできるデジタルアーカイブです。

渡邉さんと青山学院大学教授の古橋大地さんを中心としたチームが取り組んだ「ウクライナ衛星画像マップ」には、破壊された街並みが記録されています。

【関連リンク】ウクライナ衛星画像マップ(2022)東京大学大学院 渡邉英徳研究室,青山学院大学 古橋大地研究室

それを見た人は、当時の状況を追体験することができます。

「流れていってしまう情報をとどめられる」。渡邉さんはマップの意義についてこう説明します。

東京大学大学院 渡邉英徳研究室,青山学院大学 古橋大地研究室によるウクライナ衛星画像マップ(2022)のトップページ
東京大学大学院 渡邉英徳研究室,青山学院大学 古橋大地研究室によるウクライナ衛星画像マップ(2022)のトップページ 出典:https://ukraine.mapping.jp/

震災と聞いて思い浮かべるのは……

では、「災いの記憶」の上書きは、ウクライナ侵攻だけに起きる問題なのか? 渡邉さんは「日本も無関係ではありません」と強調します。

たとえば〝震災〟という言葉。

2011年の東日本大震災発生前までは、震災と言えば1995年の阪神大震災を指していました。

新しいことが起きると「重要語」はすぐに上書きされる。その結果、以前の災害の記憶が薄れてしまうと、渡邉さんは言います。

「日本で再び内陸部の地震が起きたらどうなるのか。2023年2月にあったトルコの大地震は、阪神大震災と同じ内陸部での災害です。トルコの惨状にデジタルアーカイブで触れることは、自分たちの防災意識を高めてくれるはずです」

災害だけではありません。

現在、日本で進む防衛力強化の議論。約80年前の第二次世界大戦の悲劇を思い出さないまま進んでいないか、渡邉さんは警鐘を鳴らします。

渡邉さんはツイッターに過去の同じ日に撮影された白黒写真をカラー化して投稿しています。

今年の2月26日には、「2・26事件」の場面をとらえた写真をアップしました。もともと白黒だったものを色付けしたことで、87年前の出来事とは思えない姿で迫ってきます。 

同じように、タイムラインには第二次大戦時の空襲の様子をとらえた写真もカラー化された上で、たくさんアップされています。

破壊された街の姿が訴えるのは、現在のウクライナと変わらない戦争の悲惨さです。

「過去の出来事でも、デジタルアーカイブは時間軸を超えて思い出させてくれるのです」

カラー化された「2・26事件」の写真=カラー化:渡邉英徳
カラー化された「2・26事件」の写真=カラー化:渡邉英徳
元の白黒写真
元の白黒写真

3Dでよみがえる〝カウントダウン〟

「ウクライナ衛星画像マップ」で目を引くのが3Dデータです。破壊された劇場や家屋が生々しい姿で再現されています。

それらの多くは、危険な状況の中、現地の住民が作成し提供してくれたものです。

その特徴は圧倒的な情報量にあります。

通常のニュースだと、報じる側が注目した要素以外はそぎ落とされてしまいます。

3Dデータの場合〝全部残されている〟ため、見た人が自分の気になるところを選ぶことができます。

2022年3月にロシア軍が侵攻したヤヒドネ村の学校地下には、子どもたちも閉じ込められました。

公開されている3Dデータには、壁にたどたどしい文字で書かれたカレンダーの日付のような数字が残されています。

「カウントダウンのように、閉じ込められた日々を記録していたのかもしれない」と渡邉さんは推測します。すぐ近くには天使が泣いている絵もあります。

ヤヒドネ村について、主に報道されていたのは犠牲になった住民の人数や破壊された街並みの様子です。それはそれで必要な情報ですが、〝カウントダウンの日付〟に心を揺さぶられる人がいるのも事実です。3Dデータは、それぞれの人にとって心を動かす場面を補完する大事な役割を果たしてます。

それを可能にしたのがテクノロジーの進化です。

渡邉さんによると、3Dデータの多くはiPhoneで作成されているそうです。

3Dの技術自体は新しいものではありません。でも、これまでは作成するのに専門的な機材と知識が必要でした。

それが今ではスマホ一つでできる。このことによって「同じ3Dデータでも意味合いが大きく変わった」と渡邉さんは指摘します。

草の根的に大量の3Dデータが現地で記録されインターネットを介してシェアされる。それを遠く離れた日本からも見ることができる。結果、当事者ではない国の人も自分事として受け止められるようになりました。

衛星写真も同じです。

これまでも軍事衛星による写真はありましたが、簡単には使えませんでした。

でも、今では、非営利などの条件を満たせば自由に使えるクリエイティブコモンズの形で膨大な衛星写真が公開されています。

渡邉さんが注目するのが「デジタルアーカイブの大衆化」です。「ウクライナ侵攻では、専門家以外の手による情報収集・発信やアイデアが爆発的に生まれているのです」

ウクライナ北部のヤヒドネ村、住民から提供されたロシア軍によって占拠された学校地下の3Dデータ。写っていたのは子どもたちが書いたと思われる〝カウントダウンのような数字〟だった=3Dスキャン:Yaro Jackson
ウクライナ北部のヤヒドネ村、住民から提供されたロシア軍によって占拠された学校地下の3Dデータ。写っていたのは子どもたちが書いたと思われる〝カウントダウンのような数字〟だった=3Dスキャン:Yaro Jackson

放っておくと維持できなくなる現実

日本でもウクライナの惨状を追体験できるようしてくれるデジタルアーカイブですが、気がかりなこともあります。

それは持続性です。

デジタルアーカイブに、物理的な「モノ」は必要ないので博物館のような施設はいりません。だからといって無料で運営できるわけではありません。

データを蓄えるサーバーや、みんなが使えるようにするためにページをメンテナンスする費用は、デジタルアーカイブを公開し続ける間、誰かが負担しなければいけません。

しかし、大学や自治体では、デジタルアーカイブに割かれる予算の多くが単年度分しかないことも。長期間にわたって維持されることが想定されていません。

「データをDVDとして残しても、それが自由に使える状態になっていないと意味がない」。危機感を持った渡邉さんが注目するのが、基金の形でデジタルアーカイブを維持する体制作りです。

「企業から個人まで色んな立場の人が関わり維持していく。誰かまかせではなく、みんなで運営することがデジタルアーカイブにとって重要なのです」

寄付プロジェクトを立ち上げた理由

2023年3月、渡邉さんは東京大学基金を通じて寄付を集めるプロジェクト(https://utf.u-tokyo.ac.jp/project/pjt158)を立ち上げました。

企業だけでも、大学だけでもない、個人を含めた多くの人の手によってデジタルアーカイブを運営していくためです。

プロジェクトでは、次世代の担い手の育成にも力を入れていくと言います。

ショート動画といった新しい伝え方を取り入れ、若い人たちの参加を促していく予定です。

「災いの記憶を通して、戦争も災害も他人事ではないと知ることができます。時間も場所も世代も越えられる。そこにのデジタルアーカイブの価値があるのです」

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