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働く女性の流産・死産 語られてこなかった〝職場復帰〟や〝制度〟
妊娠12週以降は「産休」の対象になります
流産や死産、新生児死亡など、お産をとりまく赤ちゃんの死は「ペリネイタル・ロス」とも呼ばれます。家族の心のケアや当事者同士のサポートの場が少しずつ広がってきました。一方で、ペリネイタル・ロスを経験した母親の職場復帰については課題があります。
神奈川県に住む会社員、藤川なおさん(39)は、2017年9月に妊娠18週(妊娠5カ月)で長女を死産しました。
17週で破水し、緊急入院。医師から妊娠の継続は難しいと伝えられ、「本当に赤ちゃんを諦めなければいけないのか、何度も確認しました」。
結婚から約半年、初めての妊娠でした。男性社員が多い職場で、総合職として働いていた藤川さん。ロールモデルとなる同僚は少ない環境でしたが、「妊娠しても頑張って働いて、きちんと引き継いで産休・育休に入り、復帰してまたしっかり働く。そんなイメージを持っていました」と振り返ります。
しかし、妊娠初期からつわりが重く、仕事を休んだり、病院で点滴を打ったり、想像とはギャップのある現実。長女の死産は、マタニティ向けアプリで「流産の可能性は低くなった」と目にした矢先のことでした。
「働きながら妊娠・出産する、自分の持っていたイメージと違いすぎてとてもショックでした。仕事を休んでしまい、会社に迷惑をかけているとも感じていました」
厚生労働省は、妊娠12週以降におなかの中で亡くなった赤ちゃんの出産を「死産」と定義しています。
死産の数や割合は減っていますが、2021年は1万6277件(出生数は 81万1622人)あり、生後28日未満の新生児死亡は658件でした(人口動態統計)。
一方、日本産科婦人科学会は、赤ちゃんがおなかの外で生きることができない妊娠22週(妊娠6カ月)より前に妊娠が終わることを、「流産」と定義しています(妊娠12週未満は「早期流産」、12週以降22週未満は「後期流産」)。妊娠の15%前後が流産になるとされ、早期での流産が多くを占めます。
2020年の全国労働組合総連合(全労連)の調査では、2015年以降に妊娠した働く女性の5人に1人(22.1%)が流産を経験したことがあるという結果が出ました。また、全体の6割が妊娠中に「つわりがひどい」「切迫流産・切迫早産」といった何らかの異常があったと回答しています。
妊娠12週(妊娠4カ月)以降の流産・死産では、労働基準法で原則8週間の産後休業が義務付けられています。流産・死産も経膣分娩や帝王切開での出産になり、母体への負荷は大きく、体調が妊娠前の状態に戻るまでは時間が必要なためです。
藤川さんは死産後、産休を取りました。「赤ちゃんを亡くした上に大事な仕事まで失いたくないという思いがあり、復職に向けて心身を整えなければという焦りもありました」と話します。
一度は復職しましたが、仕事は手につかず、座っているのもやっとの状態に。うつ病と診断され、さらに3カ月休職することになりました。
「流産・死産、それに伴う心身の不調は、経験者の人生やキャリアに大きな影響があります。赤ちゃんを亡くしたことは当然つらいですが、その後の生活も大事なことです。私にとって、仕事は人生においてなくてはならないもの。回復して職場に戻るという課題が突きつけられました」
精神的に不安定な自分に気付いても、働きながら流産や死産を経験した場合の情報や支援にたどり着けず、「対処の仕方が分からなかった」といいます。
「自分に起きたことを知りたい」と、流産や死産について調べる中でペリネイタル・ロスの現状や「グリーフ」を学びました。「グリーフ」とは、深い悲しみなど喪失に伴う様々な感情や身体の反応、社会的な困難のことです。
「妊娠・出産を望む者として、知らなかった自分を恥じた」という藤川さん。一方で、「教育もされず正確な情報がないことへの疑問を感じた」と話します。
「経験者に起きる喪失感、深い悲しみや不安といった心身の反応のこと、またその反応が正常な範囲を超えることもあると知っていれば、もっと早く必要な支援や病院にかかるなどして悪化させずにすんだのではないか、違う対応ができて仕事を休まなくてよかったのではないかという後悔を覚えました」
その後、3度の流産・死産を経験した東京都の会社員、星野よしみさん(37)と出会い、2021年に「働く天使ママコミュニティiKizuku(イキヅク)」を立ち上げました。
「天使ママ(パパ)」とは、ペリネイタル・ロスを経験した母親(父親)を表す言葉で、SNSなどで使われています。
あえて頭に「働く」と付けたのは、「働く女性が増える中で、流産や死産経験者の『職場復帰』という視点が抜け落ちていることに気付き、社会の問題として知ってほしい」と考えたからです。
2021年12月には、働きながらペリネイタル・ロスを経験した人にアンケートをし、のべ277人が回答。その結果、妊娠4カ月(12週)以降に赤ちゃんを亡くした女性のうち15.8%が産休を取得していないと答えました。
実際、星野さんが死産を経験した当初、自身も上司も産休が取れることを知らず、のちに知って休みを取ったといいます。それだけ、職場でペリネイタル・ロス後の情報や支援は身近なものではありませんでした。
星野さんは、「既存の制度が知られていない現状があり、実社会や職場への復帰という視点でのフォローはなかったのではないでしょうか。また、制度はあっても、制度を使ってどのように職場に戻ればいいのかのノウハウがないように思います」と指摘します。
また、iKizukuのアンケートでは、「ペリネイタルロスにより精神的な健康に影響がありましたか?」という問いに91.5%が「あった」と回答。うつ病や適応障害と診断されたり、眠れなくなったりしたといい、そのうち24.2%が通院・服薬したそうです。
精神的な影響だけでなく、記憶力や集中力、判断力などが落ちるといった影響もあり、藤川さんは「以前と同じように働けなくなることもあると認識する必要があると思います」と指摘します。
厚生労働省が2021年に公表した調査では、過去5年以内に流産や死産で赤ちゃんを亡くした女性の65%が「うつ・不安障害が疑われる」という結果が出ました。
星野さんは「ペリネイタル・ロスは個人の問題であり、プライベートなこととして触れてはいけないと思われていると感じます。特に妊娠を周囲に伝えていない初期の流産については、あまり表に出てきません」と指摘します。
仕事に復帰できても心身の状態が安定しているわけではなく、波があります。
星野さんが妊娠15週で死産を経験した際、復帰直後は昇格面談などもあり仕事へ力が入りました。しかし、復帰から3カ月後、本来出産するはずの「予定日」が訪れると悲しみが押し寄せ、気持ちが不安定に。思うように働けない上に相談できる先もなく、不安と動揺の日々だったといいます。
iKizukuのサイトでは、「職場・企業の皆さまへ」と題し、職員や社員がペリネイタル・ロスを経験したときの対応について情報をまとめています。
2022年には、厚生労働省が委託するサイトに「働く女性が流産・死産したとき」として制度を説明するページができました。
「流産・死産をされた人への制度があることにスポットを当ててくださったのは大きいです」と星野さん。今後、企業の担当者へ浸透していくことを期待します。
藤川さんは、「ペリネイタル・ロスを経験すると、体や心に影響が出ます。働くことで気が紛れる人がいる一方で、一定の休養が必要な人もいます。企業の方は、なぜ休む必要があるのかをちゃんと知ってほしいです。また、国にはペリネイタル・ロスを経験した後に休職・退職した人がどれくらいいるのか、その後のパフォーマンスへの影響なども調査して明らかにしてほしいです」と話します。
iKizukuは主に働く女性へ向けて活動していますが、ペリネイタル・ロスは男性にも関わる問題です。サイトでは、赤ちゃんを失った父親の体験談も掲載しています。
そのインタビューに答えた父親たちが、「天使パパ」に向けたサポート団体を立ち上げ、少しずつ活動を広げているそうです。
「男性もつらさを抱えています。一部の女性だけでなく、みんなで声を上げていってほしい。その声、経験が世の中を変える一つのきっかけにもなるし、大切な経験や思いです」と藤川さん。
星野さんも「なかなか表に出せないテーマかもしれませんが、自分一人の問題として抱え込まずに、医療機関や自治体の相談窓口、自助グループなどを頼ってください。同じように悩んでいる人はいますし、話したくなったら私たちにつながってほしいです」と話しています。
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