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連載

#16 親子でつくるミルクスタンド

原発事故、牧場の経営危機… 復活へ〝公のお墨付き〟より大事なこと

福島の里山にある牧場 週末には700人が来訪

のんびりしている子牛たちを眺めながら、牧場の牛乳でつくったソフトクリームを味わうこともできる佐々木牧場。休日は多くの人で賑わうといいます=著者撮影
のんびりしている子牛たちを眺めながら、牧場の牛乳でつくったソフトクリームを味わうこともできる佐々木牧場。休日は多くの人で賑わうといいます=著者撮影

目次

福島ののどかな里山に、1日700人以上が訪れる牧場があります。牛乳の製造まで行う、福島では珍しい牧場として人気ですが、2011年の原発事故のときには廃業の危機に陥りました。東日本大震災から、もうすぐ12年。経営を立て直すうえで2代目が大事だと感じたことを聞きました。(木村充慶)

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1日700人も訪れる福島の牧場

福島駅からバスに揺られて40分ほど。のどかな里山に、週末には1日に700人もの人々が訪れる牧場があります。

福島県・福島市の西部、佐原地区にある「佐々木牧場(https://sasakicafe.com/)」です。
水も綺麗な里山にある牧場。裏山にはわさび田もあり、そのわさびをつかったソフトクリームも販売しています=著者撮影
水も綺麗な里山にある牧場。裏山にはわさび田もあり、そのわさびをつかったソフトクリームも販売しています=著者撮影

決して行きやすい立地ではありませんが、牧場に併設されたカフェのソフトクリームや牛乳、乳製品を使ったパンを目当てに、県内外から多くの人が集まります。

カフェの前には牧草地が広がり、リラックスしている子牛たちを見ながら過ごせます。

かわいい子牛たち=筆者撮影
かわいい子牛たち=筆者撮影

今はこんなににぎわう牧場ですが、東日本大震災の東京電力福島第一原発の事故をきっかけに、一時は廃業の危機に見舞われました。

1頭の乳牛から始まった牧場

牧場のある福島市の佐原地区は、12年連続で水質日本一に選ばれた荒川と、磐梯朝日国立公園の吾妻連峰に東西を挟まれた扇状地です。

1960年代までは養蚕や稲作が盛んな地域でしたが、海外から農業機械が導入され始めて養蚕は次第に衰退。稲作がメインの農家が中心になっていきました。

先代が作った牛舎。搾乳する牛は20頭程度=著者撮影
先代が作った牛舎。搾乳する牛は20頭程度=著者撮影

一方の「佐々木牧場」は、1959年に先代の故・佐々木健三さんが高校卒業と同時に1頭の乳牛から始めました。

徐々に規模を拡大し、現在では乳牛は30頭ほど。とはいえ無理には大きくせず、家族で堅実な酪農をしてきたといいます。

牧場で牛乳を作り始めた

40年ほど前、地域の住民から「低温殺菌の牛乳が飲みたいので、作ってもらえないか」という依頼がありました。

先代の健三さんにも「搾りたての生乳に近い低温殺菌牛乳をつくって、消費者に直接届けたい」という気持ちがあったそうで、牧場内に牛乳製造のプラントをつくり、低温殺菌牛乳の製造が始まりました。

左の建物が製造スペース。軽トラックで配送を行っています=著者撮影
左の建物が製造スペース。軽トラックで配送を行っています=著者撮影

農協などに生乳を卸し、様々な牧場のものと合わせた上で大手のメーカーの牛乳として販売されるのが一般的だったなか、「異色の取り組み」だったといいます。

今も続く牛乳の宅配事業も、このタイミングでスタートしました。おいしい牛乳を届けたいと、自らトラックを運転し、家々に運んでいたといいます。

東日本大震災から原発事故で一転

休耕田で牧草を育てるなど、地域に根づいていた「佐々木牧場」。しかし福島第一原発の事故で、状況は一変しました。

放射能の影響が大きかった地域ではありませんでしたが、事故後すぐに生乳の出荷制限がかかりました。

牛は搾乳しないと病気になってしまいます。そのため、1ヶ月弱、搾った生乳を破棄しなければいけなかったと2代目の息子・光洋さんは振り返ります。

放射能の影響があるとされ、事故から数年は自分たちで作った牧草を食べさせられず、北海道の草を送ってもらっていたといいます。

牛を可愛がる2代目の光洋さん=著者撮影
牛を可愛がる2代目の光洋さん=著者撮影

宅配で販売していた牛乳も、風評被害もあってやめる人が後を絶ちませんでした。順調だった経営が一気に傾きました。

光洋さんは、消費者の不安な声にこたえようと、メディアなどに積極的に出て安全性を訴えました。「自分の言葉で語ることが必要」と感じていたそうです。

放牧地の周りには畑が広がっています。ゆくゆくは放牧地を広げて、子牛だけでなく親の乳牛も放牧したいと語ります=筆者撮影
放牧地の周りには畑が広がっています。ゆくゆくは放牧地を広げて、子牛だけでなく親の乳牛も放牧したいと語ります=筆者撮影

牧場見学会を頻繁に開くと、多くのお客さんが訪れてくれるようにもなりました。

「経営としては大変な中でしたが、新しいお客さんとも出会えました。認証など自治体からのお墨つきをもらうことより、お客さんにちゃんと伝えることが必要なんだと思いました」

もともとは風評被害を払拭するための活動でしたが、そもそも消費者は酪農のことを知らないと分かったといいます。

「牧場を巡りながらお客さんに説明し、みなさんに知ってもらえることが素直にうれしいなという気持ちになりました」

佐々木牧場の「ささき牛乳」。福島県内で宅配や販売を基本としており、瓶は回収してリユースします=著者撮影
佐々木牧場の「ささき牛乳」。福島県内で宅配や販売を基本としており、瓶は回収してリユースします=著者撮影

エサの牧草も、数年で国の基準をクリアでき、お客さんも戻ってきて、経営も復調していきました。

しかし地域の牧場では、震災数年の間にも、牧場をやめる例が後を絶ちませんでした。

「うちは小規模で、自分たちで牛乳をつくっていました。だから、お客さんとじかに接して、徐々に関係を作ることができたので、なんとか経営を立て直すことができました。先代が始めた自社製造の牛乳に感謝です」と話します。

こだわりの加工「ホモジナイズ」とは

著者は昨年9月ごろ、佐々木牧場に伺い、牛乳を飲ませてもらいました。やわらかな甘みで、ごくごく飲めます。それでいて、喉に残らないすっきりさもあります。

放牧地の前で飲む牛乳は格別です=著者撮影
放牧地の前で飲む牛乳は格別です=著者撮影

これは、低温殺菌牛乳ではあまり行われない「ホモジナイズ」という加工の影響もあるでしょう。

ホモジナイズとは、牛乳に入っている脂肪の塊「脂肪球」に圧力をかけて細かくする加工のことで、脂肪分を均質化させます。

牧場の牛乳を買ってきて数日、冷蔵庫に置いておくと、表面にクリーム状のものが浮かんできます。脂肪球は軽いので、それが浮かんで固まったものです。

著者にすり寄ってくる牛。子どもの頃に放牧して、いろいろな人に触れると、ひと懐っこくなるそうです=筆者撮影
著者にすり寄ってくる牛。子どもの頃に放牧して、いろいろな人に触れると、ひと懐っこくなるそうです=筆者撮影

牛乳が好きな方は、これはこれでおいしいので好んで飲みますが、佐々木牧場では「毎日飲むからこそ、あえてホモジナイズをしている」といいます。

光洋さんは「上にクリームが上がるということは、下の牛乳の脂肪分が減るんです。毎日飲んでもらうからこそ、いつ飲んでも変わらない美味しさにしたかったんです」と語ります。

人気のカフェをスタート、ラボづくりも

人気の牧場併設のカフェは、2016年に光洋さんの姉・國府田(こうだ)純さんが立ち上げました。

カフェ内のカウンター。牛乳やチーズ、ソフトクリームなど様々な乳製品が販売されています=著者撮影
カフェ内のカウンター。牛乳やチーズ、ソフトクリームなど様々な乳製品が販売されています=著者撮影

元々、先代の健三さんは「地域の中で集まれる場所を作りたい」という夢を語っていたといいます。

高校卒業後、牧場を離れて小学校の先生をしていた國府田さんですが、50歳を前にして牧場に戻り、カフェを開きました。

一番の人気はソフトクリーム。飲食店とコラボしたパンや、チーズ工房のモッツァレラやリコッタなど、さまざまな取り組みが広がっています。

放牧地を前に食べるソフトクリーム。子牛たちが飲むミルクをお裾分けしてもらっていることを噛み締めます=筆者撮影
放牧地を前に食べるソフトクリーム。子牛たちが飲むミルクをお裾分けしてもらっていることを噛み締めます=筆者撮影

今では、牧場と牛乳の製造は光洋さん、カフェやチーズ、パンなどの製造は國府田さんという形で、会社を分けてきょうだい二人三脚で経営しています。

さらに今年は、敷地内にあった土蔵を改築して、パン工房やチーズ作りの体験ができたり、酪農家を受け入れたりする研修室を新設する計画もあるそうです。

100年以上前から守り続ける土蔵をリノベーションした「いさばラボ」は今年オープン予定。現在クラウドファンディングを実施中(https://camp-fire.jp/projects/view/633050)=佐々木牧場提供
100年以上前から守り続ける土蔵をリノベーションした「いさばラボ」は今年オープン予定。現在クラウドファンディングを実施中(https://camp-fire.jp/projects/view/633050)=佐々木牧場提供

現在、酪農業界全体は厳しい状況に陥っていますが、佐々木牧場のように危機から立ち直った牧場もあります。

地域に愛され、さまざまなチャレンジを続ける牧場が少しでも増えたらいいなと思います。

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