連載
#89 #となりの外国人
「お弁当これでいいの?」聞いた妻 フィンランド人の夫の答えが秀逸
「日本の弁当を毎日当たり前に作る文化はクレイジー」
夫に言われた通り作った弁当は、主食とソースだけの2色弁当でした。まるで「ディストピア映画」。思わず妻は「お弁当、本当にこれでいいの?」と聞いてしまいます。卵焼きは? ブロッコリーゆでようか? 必死に品数を増やそうとする妻に、夫が返した秀逸な答えが、ツイッター上で「元気が出た」などの反響を呼んでいます。フィンランド在住の、日本人の妻とフィンランド出身の夫に、話を聞きました。
フィンランド出身の夫Sさんとの結婚を機に4年半前にフィンランドに移住し、今はヘルシンキから車で2時間半ほどのタンペレという街で、1歳9カ月の息子と3人で暮らしています。
この日の朝はバタバタしていました。
息子のおむつ替えをしていた夫のSさん。漏れてしまい、処理に時間がかかりそうでした。週に3日、職場に弁当を持参する日だったので、時間が気になります。
Sさんは取田さんに「冷蔵庫にある(前日の残りの)ミートソースと、(お湯と混ぜて作る)マッシュポテトをタッパーに入れておいてくれない?」と頼みました。
言われた通りタッパーに詰めた取田さんですが、その〝見た目〟に、「ディストピア映画風で、ヱヴァンゲリヲンに出てきた食事を思い出してしまった」。思わずSさんに声をかけました。
「お弁当、本当にこれでいいの?」
Sさんには「良い」と返されましたが、あまりにも簡素に見えて気になってしまった取田さんは、「卵焼きならすぐできるよ? ブロッコリー茹でようか? せめてプチトマトでも入れようか?」と重ねて聞いたそうです。
忙しい朝なのに、わざわざ必死で品数を増やそうとしている取田さんの様子が面白かったのか、Sさんはユーモアあふれる〝答え〟を返します。
ハッとさせられた取田さんは、その会話をツイートしました。
この投稿には、「ほめられたようで元気出た」「肩の力が抜けた」「自分を縛るのやめてみようと思った」などのコメントが寄せられ、4万件のいいねがつきました。
夫のお弁当、本当にこれでいいの?と確かめてしまったのだが夫曰く「これはランチであってベントーではない。日本の細々おかずのお弁当はファンシーなおもてなし料理でありオフィスに持っていくものではない、あれを毎日当たり前に作って食べる文化のほうが私にはクレイジーなレベルに感じる」と😂 pic.twitter.com/3OKCmPwSDi
— 取田新 niintotta (@niintotta) February 1, 2023
日本のお弁当を「ファンシーなおもてなし料理」と呼んだ夫Sさんに真意を聞きました。
もともと幼少期に見た「となりのトトロ」から始まり、日本のゲームやバラエティ番組などにハマって、大学では日本文化に興味がある学生たちのサークルで活動するほどの日本ツウです。
その時に1年間の交換留学でやってきた取田さんと出会い、取田さんが帰国した後はSさんも日本の取田さんの大学へ交換留学生として来日しました。
日本食も大好きです。「自分の口には西洋風のクリームソースとポテトが添えられたポークカツレツよりも、とんかつソースのかかったカツと白ごはんという組み合わせの方が合った」
今でも、家でとんかつを自作するほど、日本食や食事には思い入れがあります。
「お弁当」は、ともすれば、それぞれの文化や家庭の価値観が、色濃く反映する特殊な料理かもしれません。
Sさんにとっての「お弁当」を尋ねると、「フィンランドの典型例は、前日の残り物かサンドイッチだと思います。簡単に入れられるものといえばピクルスが頭に浮かびますが、他の簡単なおかずは思いつきません」。
そういう訳で、Sさんがフィンランドの職場に持って行っているお弁当も、トマトソースパスタやミートソースパスタ、クリームパスタがメイン。サラダなどの野菜をつけることがあるぐらいでした。取田さんが作った日本風の弁当を職場に持って行ったこともあります。
日本のお弁当というと、Sさんは「まず思い浮かぶのはキャラ弁ですが」と話しつつ、3つのおにぎりが一列に並び、4本のたこさんウインナー、卵焼き2切れ、何らかの野菜にトマトかお豆、というメニューを「定番のお弁当」のイメージとして挙げました。
そして「こういうお弁当も例にもれず、美しい、きれい、整理されている、といった印象を受けます」。
「あれを毎日当たり前に作って食べる文化のほうが私にはクレイジーなレベルに感じる」と話した真意を聞くと、Sさんは独特な例えで説明してくれました。
「私の言った『クレイジー』のニュアンスには、『驚嘆』と『理解が難しい』の二つの意味が含まれていました」
「例えば」と続けて、「私がソフトウェアエンジニアとして、高速逆平方根と並ぶアルゴリズムを開発することを夢見てコードの最適化にこだわるような、一種の特異な情熱を感じるという意味です」と解説。
思わずハテナ? が頭を埋め尽くした文系の筆者ですが、Sさんは「〝特異な情熱〟という部分を強調するために、あえてプログラマーにしか伝わらないような例を使いました」と茶目っけを見せます。
「日本の文化は、味だけでなく見た目も美しくし、『最高傑作を作ろう』とする部分において、私がプログラミングに持っているような、何かに取りつかれたような執念を持っていると思います」
「その執念めいた部分が、私が『クレイジー』と表現した部分で、もちろんポジティブな意味です」と強調します。
幕の内弁当やキャラ弁ほどではなかったとしても、シンプルな定番弁当にさえ、「少なくとも前日の残り物を放り込んだタッパーとは比べ物にならないくらいの、美しい見た目」を求める側面があるという日本の弁当文化。
言われてみると、確かに「執念」とも思えます。
取田さんは、夫に「ブロッコリーゆでようか?」などと重ねて聞いた自らの発言を省みて、その後、「文化の押し付けよくない」と投稿をしていました。
思い返せば、以前にも似たような会話をしていました。
例えば、おかずをたくさん作ったある日の食卓で「おかずが多いとテンション上がるよね!」と話す取田さんに、Sさんは驚き、「え、そう?」。
自分にとっては〝当たり前〟だった「品数は多い方が嬉しい」という価値観も、〝当たり前ではない〟ことに衝撃を受けたと言います。
今回のお弁当でも無意識に、「私にとっての『良い=品数が多い』に再度引っ張ろうとしていた自分に気づき、ハッとしました」。
もし逆の立場だったら、どうだろう? 例えば「食事は、辛ければ辛いほど良い」という文化の人から、反対に「辛くしておこうか?」とプレッシャーをかけられたとしたら?
「例えそれが好意からであっても、『頼むから好きにさせてくれ!』と思うだろうなと。つい、あれこれ言ってしまうのも考えもの。本人の希望が一番だった」と、取田さんは反省したことを教えてくれました。
なんてことない夫婦の会話をツイートしたつもりが、反響の大きさに驚いたという取田さん夫妻。
「持ち運ぶ昼食が必ずしも『お弁当』スタイルである必要はないという価値観に気持ちが楽になった方がいたのであれば嬉しく思います」と言います。
フィンランドに住み始めてから、取田さんも〝当たり前〟だと思っていた価値観が変わっていきました。
普段から料理をするSさん。手作りミートソースは玉ねぎ以外は冷凍ミックス野菜を使うこともあります。白身魚のフライや、調理済みスープなどおいしい冷凍食品も豊富です。
「味や見た目にこだわって作った手の込んだ料理」も、「既製品などお腹さえ膨れればよし、という料理」も、食卓では優劣をつけません。
「作る人と食べる人が双方良ければなんでも良し!」
「(好みが)噛み合わなければそれぞれ用意してバラバラの物を食べても良し!」
変化していく食事への価値観に、取田さんは「それがすごく心地よかった」と言います。
「力を抜いた食事もたくさん取り入れつつ、柔軟に毎日の食を楽しめたらと思っています」
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