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「モルカーは、懸命に生きている」新作アニメ監督が思う没入感の正体
改めて重視した「一緒にいる」感覚
モルモットと自動車を掛け合わせたキャラクター「モルカー」が活躍する、パペットアニメ「PUI PUI モルカー」。昨年大ヒットを記録した、この作品の新シリーズ「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」が、今年10月から放送されています。モルカーの愛らしさや、緻密な背景描写に魅せられる人々は絶えません。一体、何がファンたちを惹き付けているのか? 演出の狙いと併せて、監督に直接尋ねました。(聞き手と構成:withnews編集部・神戸郁人)
「PUI PUI モルカー」は昨年1~3月、全12話がテレビ放映されました。1話につき約2分半という短尺ながら、車社会への風刺やユーモアを織り交ぜ、モルカーとドライバーの関係性を描き出す作風が話題に。老若男女から熱狂的に支持されました。
救急車や郵便車など、実在の自動車由来のものを含めた、個性豊かなモルカーの造形や、本物のモルモットが声優を務めたことも人気の一因です。完結後もイラストなどのファンアートがSNS上を駆け巡り、続編制作が待望された経緯があります。
そして今年10月8日、新シリーズ「PUI PUI モルカー DRIVING SCHOOL」(DS編)の放送が始まりました。前作に登場したモルカーたちが、冒頭で重大なトラブルを起こし、免許を剝奪される事態になり、教習所に入るというストーリーです。
愛好者からの多大な期待を背負いつつ、物語を紡ぐ上で、大切にしたこととは何だったのか。絵コンテ制作者として前作に携わり、今作の監督を務める、小野ハナさんに伺いました。
<小野ハナ(おの・はな)>
岩手県生まれ。岩手大学卒業後、VOCALOID作品の活動を経て映像制作に目覚め、東京藝術大学大学院アニメーション専攻へ入学。『澱みの騒ぎ』(2014)が第69回毎日映画コンクール・大藤信郎賞を受賞。修了後はフリーランスを経て、UchuPeople合同会社を設立。TVアニメ『ポプテピピック』『けだまのゴンじろー』、シンガーソングライター日食なつこのMVなどに参加。
――原案者で前作の監督・見里朝希(みさと・ともき)さんがスーパーバイザーとなり、小野さんがバトンを受け取りました。ファンの期待感や、作品への熱を冷まさせてはいけないという思いが強かった、と聞き及んでいます。
そうですね。「PUI PUI モルカー」と比べると、どうしても制作期間が短く、それでも出来る限り前作の世界観や技術をそのまま活かしていきたいと考えていました。見里さんの方で元々書き留めていたネタの一つに教習所があり、これであれば背景美術の造形もコンパクトに済むのではないかという見里さんからのご提案があって、このアイデアで決まりました。
見里さんご自身も、前作の内容に対する反響を受けて、作品そのものへの解像度を高めたようです。そうした世界観の深まりを踏まえながら、新たなエピソードをまとめていければ、という思いで臨みました。
――どういった点を引き継ぎ、伸ばしていきたいと思ったのでしょうか。
まず着手することになると感じたのは、モルカーとドライバーの関係性や、モルカーの生態についてです。
前作は主要キャラの活躍を描く一方、ドライバーや主要キャラクター以外のモルカーのプロフィールや生き方は、それほど詳しく設定されていませんでした。見里さんと物語の方針を話し合う中で、キャラクターたちがどのように暮らしているのかについて、しっかり取り上げようという結論に至りました。
――前作の空気感を受け継ぐというミッションについても言及されましたが、気をつけた点はありますか。
前作のモルカーはある種、みんながそれぞれにはちゃめちゃな存在でした。たとえばテディというモルカーは、ドライバーのポイ捨てによってゴミを食べてしまいます。非モラル的な行動や出来事は、物語において非常に重要な役割を果たします。しかしキャラクターへの共感度が増すと、つらいことはして欲しくないと感じるようになる。第1期を経ての、そうしたファンの愛情を理解しつつも、元来のキャラクター性を壊さず、「てんやわんや感」も出すよう意識しました。
もう一つこだわったのは、モルカーとドライバーの行動の意図や、その帰結を描ききらないことです。テディの例で言えば、最初にゴミを与えたのはテディのドライバーである男性キャラでした。彼がゴミを食べさせ続けたのか、それとも改心してやめたのかまでは、描かれていません。ふわっとした状態にとどめることで、その後の展開の選択肢を広げておくことができます。
DS編でも、全話観終えたときに、「あのキャラの行動にはこんな意味があったのかも」と考える余地がある状態を意識しました。作りきらない部分に、そのキャラなりの日常が存在できるように。そうすることで、おのずと親近感を抱いてもらえるようになるのでは、と考えています。
――様々な場所やシチュエーションで物語が展開した前作と異なり、今回は教習所での日々がテーマです。演出上、特に重視された点は何でしょうか。
見里さんからは「教習所が舞台ではあるけれど、(モルカーたちは)色々なところにも行きたい」と、事前に言われました。そのため、教習所という設定を採りつつも、決して外界から隔絶された施設ではないと、明確に示すようにしました。
一例を挙げると、第6話(11月12日放送)では、教習所内で運動会が開かれます。よく見ると、生徒ではないモルカーもたくさん登場するんです。誰でも出入りでき、地域に開かれた公園のような場所として機能している。そう位置づけることで、教習中のモルカーが外出しやすくなり、色々なつじつまが合う。実際、施設外で教習を受ける話もあります。小学校や、保護施設、ドッグランのような役割もあると考えています。
――教習所も、作中の社会に包摂されているということですね。ところで前作は、人間の振る舞いに対する、シニカルな視線が含まれている点でも話題となりました。DS編の制作において、このことは意識されたのでしょうか。
個人的には、社会なり人間関係の中なりで発生する不条理には着目するタイプですが、DS編と向き合うときにそれをそのまま持ってくることはせず、むしろ切り離しました。モルカーの世界観で何を描けるかが一番大事だと考えていました。
一方で、見里さんとは「タイムリーな社会問題を本編に反映させたい」と、打ち合わせの段階で話が出ていました。
――興味深いエピソードですね。演出に盛り込んだ例があれば、お伺いしたいです。
第2話(10月15日放送)が分かりやすいかもしれません。教習所には鬼教官という、ルールに厳しいキャラがいます。特に〝正しい〟見た目にこだわり、入校したばかりのモルカーたちの装飾品を没収した上、全身を白くペイントしてしまうんです。
ベースにしたのが「ブラック校則」です。普通に生活する限り、自由であって構わないはずの事柄が、一部の学校では問題視されてしまう。そんな教育のあり方への皮肉を込めました。
今の時代だからこそ描ける題材があれば、積極的に採り入れていこうという意識は、スタッフの間でも共有されていたと感じています。
――DS編を観ていると、先ほどおっしゃった社会へのまなざしと、モルカーが元来持つ優しさとが、物語の中で併存しているように思われます。こうした作風は、どのように実現しているとお考えでしょうか。
それはモルカーが、小さくて弱い「小動物」と、多くの人にとってとても身近な大きい機械である「車」という、二つのモチーフを組み合わせる形で生まれているからだと思います。モルモットは決して人間の思い通りにはなりませんが、車はしっかり人間がコントロールしなければならない物です。
またモルカーたちは、言葉こそ発しませんが、時々何かにおびえたり、あるいは喜んだりする表情によって、一生懸命生きていることや、ドライバーと信頼関係が築かれていることが伝わります。だからこそ、視聴者は彼ら・彼女らに寄り添いたいと思える。そんな構図になっているのかもしれません。
――キャラ本来の性質が、応援したくなるようなものになっていると。
そうですね。モルカーと同じ気持ちになって、色々な場面を楽しんでいく。そんな風に、「一緒にいる」という気持ちになりやすい性質のキャラであるように感じます。
――ファンの皆さんとお話しすると、作品への没入感の強さを実感します。自分自身をモチーフにしたモルカーを考案する営み「モルカー転生」など、楽しみ方の深さ・幅広さにも目を見張るばかりです。なぜ、これほどまでに入れ込む方が多いのだと思われますか。
従来のアニメとの違いでいえば、モルカーたちが本物のパペットであることが大きいかもしれません。
パペットたちには、撮影後の「オフ」の状態があります。そこで本体の修理をするなどメンテナンスを行い、また現場に戻ってくる。そうやって、物語本編とは別の時間軸にもモルカーが存在していると、認知してもらえているのではないでしょうか。
加えて、主人公格以外のモルカーがたくさんいることは、前作から伝わっていると思います。そうしたキャラの多様性が、「この世界のどこかに自分もいるかもしれない」という感覚を持ってもらう上で、良い方向に作用しているのだと思います。
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