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「ティラノサウルスレース」なぜ商標取得?ネタに見えて熱い背景事情

志ある〝くすぶっている人〟にエール

人気恐竜・ティラノサウルス。その着ぐるみを身につけて走るレースの名前「ティラノサウルスレース」が商標登録されました。一体、なぜ?
人気恐竜・ティラノサウルス。その着ぐるみを身につけて走るレースの名前「ティラノサウルスレース」が商標登録されました。一体、なぜ? 出典: 川本直樹さん提供

目次

恐竜の着ぐるみを身につけた参加者たちが、フィールドを全力疾走する――。海外発のそんな競技大会が、全国各地で行われています。ユーモラスな光景が人気を呼び、地域興しといった目的での開催も増えてきました。そしてこのほど、国内に活動を広めた草分け的団体が、「ティラノサウルスレース」の名称を商標登録したといいます。一体、なぜ? トップに真意を聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)

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胴体をくねらせて走る恐竜たち

競技大会は米国発祥とされ、企業などのスポーツ大会として生まれたと言われています。参加者は市販の着ぐるみを着用し、ティラノサウルスモチーフのものを使う場合、一般に「ティラノサウルスレース」と呼ばれてきました。

日本国内でも、レースに親しむ人々が増えつつあります。ティラノサウルス姿のランナーらが集団で準備運動したり、長い胴体をくねらせ、必死でバランスを保ちつつ走ったり。シュールな画像や動画が、SNS上に出回る機会も少なくありません。

普及のきっかけをつくったのが、鳥取県大山町で活動する日本ティラノサウルス保存会です。今年4月16日、町内のグランピング施設・トマシバで大会を開き、約100人が参加しました。当日の様子は大きく報道され、注目を集めた経緯があります。

その同会が11月4日に投稿したツイート@TREXraceDAISEN)が、人々をどよめかせました。

🦖本日の恐竜速報🦖
日本ティラノサウルス保存会として「ティラノサウルスレース」の商標を確保致しました。
目的は日本ティラノサウルスの保全であり、これまで通りレース開催にあたって保存会の許可は必要ありません。ティラノサウルスは誰のものでもありません。みなさん楽しく安全に共存しましょう

ツイートには、砂浜を埋め尽くし、ラジオ体操するティラノサウルスたちの動画を添付。サイズや色の異なる恐竜らの競(狂)演ぶりが味わい深さを醸しています。「協調性がありすぎる」などの感想と共に、5万近い「いいね」もつきました。

このタイミングで、どうして商標を取得したのか。同会の会長、川本直樹さん(35)を取材しました。

「疲れている人が多いんだな」

そもそも、大会を主催することになった理由は何だったのでしょうか。

映像制作業を営みつつ、友人たちとトマシバ経営に関わっているという川本さん。以前からティラノサウルスレースの動画を、ネット上で目にしていました。しかし国内での実施例を知らず、自分でやるしかないと大会の開催を決意したそうです。

「取りあえず20人くらい参加者が集まれば成立すると思っていました。人目に触れることが大切と考え、ティラノサウルスの着ぐるみ姿で街中をうろつき、撮影した動画をSNS上に投稿していたんです。すると地元でテレビニュースになりました」

「在京局の報道番組でも取り上げられ、全国から申し込みが殺到しました。1週間かけてようやく30人集まったところ、放送翌日には100人ほどにまで膨れあがった。こんな意味不明な大会に出たいなんて、疲れている人が多いんだなと思いました」

新型コロナウイルス流行下、対面式イベントの多くが中止になっていた点も後押しになったと、川本さんは振り返ります。また参加費無料・着ぐるみ持参を条件としたことで、競技性を過度に追求せず、その場を楽しむ雰囲気も生まれたそうです。

レースで疾走するティラノサウルスたち。
レースで疾走するティラノサウルスたち。 出典: 川本直樹さん提供

俊足の表彰はどうでもいい

4月16日の大会当日は、成獣オス・メス(成人男女)、幼獣(子供)の部門別でレースを実施しました。参加者を3グループに振り分け、80メートル走で競い、各組の上位3人が決勝に進出できるルールです。

しかし「実際はコースの長さを、ろくに測っていなかった」と、川本さんが淡々と語ります。……一体どういうことでしょうか。

「ティラノサウルスの着ぐるみ姿で、速く走れるはずがないんですよ。俊足の人を表彰したいわけでもありませんでした。そこは正直どうでもよかったんです」

職務放棄と思える発言ですが、この方針が奏功した部分もありました。脚力に自信がないと、棄権を検討中だった60代の参加者を、川本さんが説得。最終的に予選レースをゆっくりと完走し、他のティラノサウルスと一緒に労い合ったといいます。

レースと並行して、人気投票も行われました。身体をきらびやかに装飾したり、ギターを弾いたりと、ティラノサウルスたちの個性が炸裂したそうです。恐竜が子供たちと一緒に記念撮影するなど、終始笑顔あふれる交流の場となりました。

レースの様子。勢い余って、着ぐるみがとれかけている選手の姿も。
レースの様子。勢い余って、着ぐるみがとれかけている選手の姿も。 出典: 川本直樹さん提供

あえて企画情報を全公開

ティラノサウルスレースは、ボランティアの力によって成り立っています。営利目的ではないので、運営も全て手弁当です。継続性を担保する意味でも、スタッフたちに楽しんで帰ってもらうための工夫を重ねてきたといいます。

10月6日、皆生温泉(鳥取県米子市)で開かれた第2回大会では、二体(二人)三脚レースと近隣ビーチでの競技会を併催。スタッフ全員が各コーナーの運営に携われるよう、担務のローテーションを組み、休憩の取り方も現場の裁量に委ねました。

そして他の開催希望者のため、イベント企画のノウハウを独占せず、意識的に公開してきた点も特徴です。

「大山町での大会については、申し込みフォームの作り方から当日の様子まで、全てツイッター上で発信しています。結果的には誰でも企画可能となり、全国に広がるきっかけをつくることもできました」

川本さんによると、ほかのティラノサウルスレースは、北海道や石川県など少なくとも10カ所で行われているそうです。

また博物館と主催者がタッグを組み、ティラノサウルスたちが展示を観覧するイベントが催されたりと、活動の領域は広がり続けています。

浜辺でラジオ体操するティラノサウルスたち。
浜辺でラジオ体操するティラノサウルスたち。 出典: 川本直樹さん提供

「ゆっくり茶番劇」騒動に危機感

こうしたイベントの公共性が、ティラノサウルスレースの商標取得にも関わっていると、川本さんは語ります。直接の契機となったのは、今年5月に起きた「ゆっくり茶番劇」をめぐる騒動でした。

「東方Project」というゲーム由来のキャラクターが、様々なテーマについて合成音声で解説する動画企画「ゆっくり動画」の一ジャンル。多くの作り手が存在するにもかかわらず、「ゆっくり茶番劇」を商標登録した人物が、批判を浴びました。

最終的に登録は抹消されましたが、川本さんは経過を追う中で、「ティラノサウルスレースについても同じことが起こるかも」と思ったそうです。

「知らない人が突然現れて、商標権を主張し、レース名の使用料を求めてくる。そんな事態になったら嫌だなと考えました。そこで、思い切って申請しようと決めたんです。仮に拒否されたとしても、そのときには晴れて公共財になりますから」

そして6月1日に出願、10月21日に登録へと至りました。しかし、これはあくまでも、無関係な第三者による権利の濫用を防ぐための対応です。従来同様、レース名は自由に使うことができ、日本ティラノサウルス保存会への連絡も要りません。

子供に見上げられるティラノサウルス。
子供に見上げられるティラノサウルス。 出典: 川本直樹さん提供

「持たざる者の武器」に

川本さんは、ティラノサウルスレースを「持たざる者の武器」と呼びます。経験や資金がなくとも、やりたいという思いさえ持っていれば、立ち上げることができるイベント。そのような意味合いです。

「北海道奈井江町では、地域おこし協力隊のメンバーが、地元を盛り上げるためにレースを企画したと聞いています。そのように、志ある若者が意思決定のプロセスを踏み、成功体験を積むために活用して欲しいですね」

企画に興味がある人々に、伝えたいことはありますか――。最後に尋ねてみると、川本さんは次のように答えました。

「伝えたいことはありません。けがをしない程度に頑張ってください。レースに出たせいで仕事を休むことになると、職場の空気が非常に悪くなりますから(笑)」

「何かをやりたいけど、どうすれば良いか、自分にできるかも分からない。そんな風にくすぶっている人たちに楽しんでもらえたら。あえて付け加えるとすれば、そんなところですかね」

※本文中の一部表記を修正しました(11月18日)

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