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33週1458gで生まれた息子 発達がゆっくり、ASD…母の葛藤
「彼は彼らしく」と思えるまで、たくさんの悩みがありました
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「彼は彼らしく」と思えるまで、たくさんの悩みがありました
早産などで小さく生まれた赤ちゃんのなかには、成長発達がゆっくりだったり、発達障害と診断されたりする子どももいて、親が周りの子と比較してつらくなってしまうことがあります。1458gで生まれた息子が「自閉スペクトラム症(ASD)」と診断された母親は、「『普通』であってほしい」という葛藤がありました。
2012年2月、江口玉恵さん(40)=佐賀県佐賀市=は妊娠33週(妊娠9カ月)で1458gの男の子を出産しました。
「妊娠したら無事に生まれるもの」と思っていましたが、妊娠初期に切迫流産のため1カ月半ほど自宅安静に。その後の経過は良かったものの、産休まであと1週間という日の夜、急に破水し、陣痛を経て2日後に息子が誕生しました。
「ふぇー」と第一声を聞かせてくれた息子。NICU(新生児集中治療室)へ運ばれる前に一瞬だけ胸の上で「抱っこ」することができ、江口さんは号泣しました。
「手足はすごく細かったのですが、当時はあまり小さいという印象は受けませんでした。ほかに比べる対象がなく、気持ちがいっぱいいっぱいだったからかもしれません」
息子はNICUとGCU(新生児回復室)に計42日間入院し、2550gに成長して退院しました。
退院後も定期的に病院で経過を診てもらい、医師には「発達がゆっくり」と言われていました。
3歳からは幼稚園に通うことに。入園前の発達検査では「グレーかもしれない」と指摘されていましたが、母親としては集団生活で刺激を受ければ「周りに追いつくかも」という淡い期待がありました。
しかし入園から数カ月後の保育参観で同級生を見て、まず体格の違いに驚きました。小さく生まれた上に早生まれの息子は、圧倒的に体が小さかったそうです。
「ほかの子が大きく、がっしりと見えて衝撃でした。なかには頭一つ分違う子もいました」
先生から息子が毎朝すべての教室を回ってあいさつをすると聞き、その行動にも違和感を覚えました。
「息子なりのルーティンだったようで、ほほえましいと言えばほほえましいのですが、みんなと同じ行動をしてほしいという気持ちがわき起こっていました」
その後も、手先が不器用でハサミが使えなかったり、工作の時間にみんなと一緒に取り組めなかったりすることが多く、先生から改めて発達検査を勧められました。
幼稚園年中のとき、病院で診断された結果は「自閉スペクトラム症(ASD)の疑い」。児童発達支援センターへ通い、言語聴覚療法や作業療法の訓練を始めました。
「とてもショックだった」と振り返る江口さん。赤ちゃんの多くは妊娠37〜41週(正期産)で生まれるため、「ただでさえ早く産んでしまったのに」という思いがあったと打ち明けます。
「『普通』であってほしい、多少からだが小さくてもみんなと同じであってほしいという思いが強かったんです。当時は、大変なのは子ども自身ということを考えられず、自分の苦しみやつらさでいっぱいでした」
低出生体重児の場合、特に妊娠28週未満の「超早産」で生まれると、認知障害や脳性まひなどの割合が高いとされています。
20人に1人が早産(妊娠22〜36週)で生まれていますが、その原因は子宮内感染や病気、多胎妊娠など様々です。妊婦が何をしたから感染を起こすということではありません。
江口さんが出産した当時、いまほど発達障害について理解が進んでいませんでした。
また、現在はSNSで積極的に発信する低出生体重児の母親もいますが、10年前は同じ境遇の母親と知り合える機会もなく、「自分の殻にこもっていました」と話します。
「早く小さく産んでしまったことの負い目が、ずっと奥底にあったんです。『ほかの子と比べず息子なりの成長を喜んでいけばいい』と思えるときもあれば、『これもできていない』とふとしたきっかけで落ち込む。いろんな感情の繰り返しでした」
早産は予防法や治療法が確立されているわけではなく、原因不明なこともあり「母親のせいで早産になった」ということではありません。
息子を出産した病院では、自閉スペクトラム症の疑いについて「彼が持っている個性だからね」と声をかけられました。
幼稚園の先生は「本人のペースでできればいいですよ」と寄り添ってくれたといいます。
幼稚園を卒園するまで週1回通った児童発達支援センターでは、ゴムひもにビーズを通したり、鉛筆を持つ練習で線を引いたり、江口さんもそばで見守りながら訓練をしました。
「一生懸命ひたすらやっている姿に泣けました。筆圧が弱く最初は薄かった線も、徐々に濃く書けるようになって、小さなことでも大きな喜びになりました」
とはいえ、すぐに息子の成長と向き合えたわけではありません。
幼稚園で周りの友達と同じように行動できない様子を見聞きしては、「『ちゃんとしてよ』と何万回も言いました」。感情が揺さぶられ、ジェットコースターのような日々を過ごしたといいます。
ゆっくり少しずつ「できる」を増やす息子の姿を見て、江口さんもゆっくり少しずつ受け入れていきました。
最初は同じく戸惑っていた夫(47)も、正座できる時間が長くなったといった息子の小さな積み重ねを見て、「本人なりの小さな成長がものすごくうれしい」と話していたそうです。
現在、息子は小学5年生になりました。入学前に改めて「自閉スペクトラム症」と診断され、支援学級に通っています。
身長は10歳男子の平均が約140cmのところ120cm台と低めですが、江口さんはもう不安に思うことはないといいます。
低学年のころ、教師から7、8枚あった宿題のプリントを減らすか聞かれましたが、息子は「やる!」と言って取り組んだそうです。
「与えられたことをやり遂げる気持ちが出てきたようで、本人の頑張りが誇らしい」と話します。
2年生では、生まれたときのことを振り返る学習があり、息子に当時の写真を見せて話をしました。
早く生まれて保育器の中にいたこと、胃へ通したチューブから母乳を飲んでいたこと、医師や看護師、多くの人に助けられて成長したことーー。
写真を見た息子は、「僕ちっちゃいね」とつぶやきました。
どこまで理解をしているか分かりませんが、息子なりに感じるものがあったのかもしれません。
「『小さく生まれて箱の中に入っていたけど、僕は大きくなったよ。それが僕なんだよ』と素直に受け止めてくれました」
できないことではなく、できることやいいところを見られるようになった江口さん。
「彼は彼らしくいてくれるのが一番。これからも大変なことはたくさんあると思うけど、彼なりの目線を失わなかったら楽しさや幸せを感じて生きていけると思います。『あなたはあなたでいいよ』と伝え続けたいです」と話しています。
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