ネットの話題
「ハンター×ハンター再開まで毎日正拳突き」を終えて「今後は余生」
1000日以上に及ぶ正拳突き配信、その先には――。

「作品への感謝」を込め、1000日以上正拳突き
樽江さんは2020年1月16日から、毎日千回以上「正拳突き」をする様子をライブ配信してきました。もともと「HUNTER×HUNTER」のファンで、休載が話題になりがちな同作品に対して「これまで楽しませてもらったことに対して感謝する方法はないだろうか」と考えたのがきっかけでした。
終始無言で、道着がすれる音だけが聞こえてくる動画は、開始から数カ月後にはTwitterで話題となり、チャンネル登録者数が急増。現在では7.8万人まで増えました。10月11日に「HUNTER×HUNTER」の連載再開が発表された際には、湧き立つSNSのなかに「ハンターハンター連載再開まで正拳突きの人はどうなるの?」という声があふれました。
「(作中で主人公たちが挑む)ハンター試験に、ゴールを知らされずに何十kmもマラソンをする試験がありますよね。そんな気持ちでとらえていましたので、連載再開を知ってうれしい、というよりはゴールが見えた安心感の方が大きかったです。期待してくれた人たちに応えられるな、と」

「いつ連載再開が発表されるかわからなかったので、もしも新品に替えたタイミングになったらと思うと替えられませんでした。最終日だけ新品を着てたらちょっと嫌じゃないですか。愛着ももちろんありますし、ミサンガのような存在になっていました」
「カンペキに勝つ だろ? ゴン」
ラストスパートをかけた経緯について、「連載再開が発表されたその日が配信を始めてちょうど1000日目だったらしくて、そこでやめたらキリが良かったと思うんですけど」と明かします。
「企画の初日は1万回やっていたんですが、時間の都合で翌日から千回に変えたんです。毎回全力でやっていたのでそこに引け目を感じていたつもりはないんですけど、ここまでやったんだから、最後は動けなくなるまで全力を出し切りたいと思ったんですよね」
「もちろんそのシーンも大好きなのですが、僕としてはグリードアイランド編(17巻)でヒソカが発する『カンペキに勝つ だろ? ゴン』に近いと思います。目的は達成しているけれども、完璧にやり遂げたかった。そのときの気持ちを今、理屈をつけて考えるとそうなのかなと」
その集大成となる10月23日の配信では、同時接続で最大約1.3万人が見守りました。「涙が出てきた」「努力に尊敬する」「感謝」……目で追えないほどのコメントが続々と寄せられました。
正拳突きは「人生のラスボス、この後は余生」
「これまでの人生で続けられたものって1個もないんです。おそらく人よりも継続力はなくて、正拳突きをやり遂げなかったら、何もない人生です」
では、なぜ正拳突きは続けられたのでしょうか。
「最初にこの企画を考えたとき、昨日(正拳突きの配信最終日)のような光景になることはかなり鮮明に思い浮かんだんです。数字の面では想定できていませんでしたが、ネットが『HUNTER×HUNTER』の話題で盛り上がって、うねりを生み出していくような雰囲気は想像できていました。それは『HUNTER×HUNTER』というコンテンツへの信頼感からくるものです。だから、この企画を続けていたら、その祭りの中に入れるんじゃないかって」
「そんな光景の中に自分が入れるなんて、人生に2度も3度もないな。確実に自分の人生の絶頂だと思える。じゃあこの企画は『人生のラスボス』として考えよう、と」

ラスボスを倒した今、「ここから先は余生です」。「この人生でひとつ成し遂げられたので、あとは負けてもいいなと。ここからはサービス期間だと思っています」
「正拳突きを1000日以上続けた」という実績に対しても、フラットな姿勢です。「アスリートなら鍛えた先の目標があるかもしれませんが、正拳突きの成果が何かにつながるわけじゃありません。無駄なものだとわかっているので自分の成長のような意味を見出そうとも思ってないです。そういう意味では新しい試練にぶつかっても、今回で得た強い装備はないんです」
それでは、「正拳突きを続けてよかったこと」は何だったのでしょうか?
「企画を思いついた当時に想像していた光景は本当に起こったよ、ということですかね。それが事実となったことでしょうか。もう少し時間が経てば、また違うことを感じるかもしれません」
週刊少年ジャンプを手に取り「やっと戻ってきた」
「やっとこの世界に戻ってきたか、という感じ。『HUNTER×HUNTER』が連載している世界に戻ってきた、と」
「『HUNTER×HUNTER』が好きなのは、知らない世界を見せてくれること」。正拳突きに込めてきた「作品への感謝」の思いは、ラストスパートのなかでより強まっていったと振り返ります。
「冨樫先生の体調が思わしくないときに読者が『描け』というのはとても酷なこと。既にかなり無茶をお願いしてしまっているのではと感じます。作品の魅力を知っているからこそ、無理をしてくださって、ありがとうございます、という思いです」
夢だけど!
— 樽江 突撃 (@TarueTotugeki) October 23, 2022
ゆめじゃなかった! pic.twitter.com/ST3YhY3Lwu
今後はこれまで続けてきたゲーム配信などを含め、「やりたいことをやれたらいいな」と語っています。
「これからのことは僕もこれから考えますが、今まで見てくれてありがとうございます。とりあえず今は連載再開しているのでしっかり楽しみましょう」
「自分を信用しない」強さが作り上げたお祭り
筆者が樽江さんに取材したのは、2020年5月、樽江さんの動画がTwitterで話題になったとき以来です。当時は10人ほどだったチャンネル登録者数が急増し、注目を集めたことに戸惑い、「胃が痛い」と話す様子が印象的でした。
その後、話題となるたびに再生数や登録者数が増える一方、しばらくすると配信に人が集まらなくなる時期が続きました。ふつうの人であれば心が折れそうな場面でも、樽江さんは毎日正拳突きを続けました。登録者が10人以下の時期を長く過ごしているからこそ、この状況にある幸運を感じ、「登録者数という成果が前借りできているのであれば、最後までがんばりなさいよ、という気持ちでした」と語っています。
誰が見ても「継続力がある」と思える状況ですが、これを否定し、「自分を信用していないから、自信にもつなげたくない」と客観視し続ける樽江さん。仕事でも小さな成功体験を重ねようとする筆者からすれば、「やりがい」を求めない樽江さんの考えは目からウロコでした。確かに、達成感を得られるものが別にあれば、それを言い訳にしていつでも気持ちよくやめられるわけです。継続を「力なり」としない樽江さんだからこそ、最後の「お祭り」につながっていったのだと感じました。
人生のラスボスを倒し、「余生」に入った樽江さん。きっとこのムーブメントは、インターネットで語り継がれていくことでしょう。まずはゆっくりと体を休めてください。