連載
〝臭くない牛舎〟を実現…「ゴミを出さない」循環型牧場に出会った
山奥のでこぼこ道、九州の牧場を巡ったら
でこぼこした林道の奥に、桃源郷のような牧場が広がる――。新しい牛乳との出会いを求めて、8日にわたって九州をめぐってきた筆者。度重なる災害の影響など、温暖化が進む中での牧場運営の難しさをひしひしと肌で感じました。一方で、チーズの副産物をつかった名品を生み出したり、さまざまなゴミを堆肥化したり、「循環型」をめざす牧場にも出会いました。(木村充慶)
筆者のミルクスタンドでは、放牧された牛のミルクを中心としたこだわりの牛乳を、直接買いつけています。
事前にうかがって、味だけでなく牧場主の話を聞いて、すばらしいと感じた牛乳だけを扱っています。
先月、新たな牛乳に出会うべく、牧場訪問の旅に出ました。8日間かけて宮崎・鹿児島・熊本・福岡を転々としながら牧場を見学してきました。
放牧の牧場は、特に北海道に多く、九州は少ないと言われています。
「阿蘇の高原で放牧されている牛を見たことある」という方もいますが、放牧されているのは牛乳用の「乳牛」ではなく、お肉用の「肉牛」がほとんどです。
乳牛の放牧が少ない、大きな理由のひとつは夏の暑さだといいます。
九州は北海道に比べて気温が高く、暑さに弱い牛が体調を崩してしまったり、寒い地域に適した牧草が夏を来せずに枯れてしまったり。
放牧は難しい面もありますが、8カ所の放牧牧場を見つけ、そのうちの6カ所を訪れることができました。
訪問した牧場は、どこも山奥にあり、幹線道路からすぐに行けるようなところはありませんでした。
放牧酪農には広い土地が必要です。しかし九州に広い平地はほとんどありません。すると選択肢はおのずと山奥になります。
これまで全国の牧場を見学してきましたが、こんなにも行きづらい牧場は初めてでした。
宮城・えびのにある「島津牧場」へは、あまりに道がでこぼこしすぎていて、身の危険を感じるほど。自分で運転するのは諦めて、牧場主のトラックに乗せてもらいました。
自衛隊の演習上のエリアを通り抜けて到着したのは鹿児島・湧水の「上床牧場」。鹿児島・伊佐の「折小野畜産」には2日がかりで向かいました。
カーナビとGoogleマップがあれば「日本中どこでも行ける」と思っていましたが、ここでは通用しませんでした。
一体、この先に牧場はあるのか? 毎度ヒヤヒヤしながら向かったぶん、到着したときの驚きはひとしお。人里離れた山奥にものすごい絶景が広がっていました。
「ここは桃源郷か……」
そんな気持ちになるような牧場の中を、牛たちがのびのびと過ごしています。味わった牛乳は感動的なおいしさでした。
牧場への道がここまで険しくなったのは、近年の災害も影響しています。
おととしの球磨川の氾濫をはじめとして、近年、九州では毎年のように大雨などの水害が続いています。
大雨で道路が損壊していたり、道路工事で通れなくなったり。
災害直後は電気などのライフラインもストップして、集荷する車が来られず、牛乳を破棄したという牧場もありました。
筆者は防災や復興、気候変動にまつわる仕事をしていますが、期せずして災害の深刻さも感じることになりました。
SDGsといった社会課題に取り組んでいる牧場にも出会いました。佐賀・嬉野の「ナカシマファーム」です。
ここは放牧牧場ではありませんが、チーズ製造で出てしまう「ホエイ」を使ったチーズを日本で初めてつくったり、異業種とコラボして商品開発をするラボスペースをつくったり、さまざまな新しい挑戦に取り組んでいます。
特にホエイからつくられたチーズづくりは全国的にも有名です。
通常のチーズをつくるときには、ヨーグルトの上部に浮かぶのと同じく「ホエイ」という副産物が出ます。
使い道が少なく、多くの場合は廃棄されます。必ず出るため、どのチーズ工房にも共通する難題です。
一部地域では、それを豚に飲ませて育てる「ホエイ豚」といった活用方法もありますが、まだまだ一般的ではありません。
「ナカシマファーム」3代目の中島大貴さんは、「なんとか捨てずに生かせないか」と考えたとき、生乳とホエイを煮詰めて作るノルウェーのチーズ「ブルノスト」の存在を知ったといいます。
調べると、日本でも一部で研究されていたものの、商品開発まではできていませんでした。
独学で研究を始め、3年ほどの試行錯誤を経て、2018年にホエイを活用したチーズが完成しました。その名も「BROWNCHEESE(ブラウンチーズ)」です。
日本初の開発。瞬く間に全国に広がり、多くの人が食べ、さまざまな反響があったといいます。
他のチーズ工房も作るようになり、一つの店の商品を超えた様々な広がりを生みました。
もう一つ、ナカシマファームで注目したいのは牛舎です。
通常、牛たちの糞尿がたくさんあって、きつい匂いがするものですが、ナカシマファームでは全くと言っていいほど、匂いがしません。いつもならたくさん見かけるハエもほとんど飛んでいませんでした。
これはチーズづくりで培った「発酵の知識」を活かした糞尿処理のおかげだそうです。
一般の牧場では、糞尿を1カ所にまとめて長期間発酵させ、堆肥にします。
何度もかき混ぜながら空気を入れて微生物を増やす「好気発酵」で処理をします。
微生物がたくさん増えるというメリットがありますが、そのぶん匂いがデメリットです。
そこで中島さんは、空気に触れずに微生物を増やす「嫌気発酵」を取り入れることにしました。空気に触れず乳酸菌が働く、チーズに見られる発酵です。
菌はそれほど増えませんが、ほとんど匂いがしません。その後に「好気発酵」させることで、発酵しながらも嫌な匂いがほとんどでなくなったと言います。
堆肥舎を「リサイクルセンター」と呼び、チーズ工房やカフェ、自宅の生ゴミも全て堆肥化しているナカシマファーム。最近では店のプラスチックカップも分解性のものに変えて堆肥化できるようにしました。
堆肥は牧草づくりなどに活用し、それをまた牛が食べ、糞尿が堆肥となります。すべてが循環しているのです。
ゴミを出さずに循環するような仕組みができつつあります。
大学では建築の勉強をして、実家を継ぐつもりはなかったという中島さん。「建築の領域では勝てない」と限界を感じ、卒業後すぐふるさとの牧場へ戻って酪農の世界へ入りました。
しかしともに働く父母は先輩。指導を受けるばかりで、自分が率先して何か仕事できることは少なかったそうです。
「自分の世界を作りたい」という願望から、チーズ工房を始めたといいます。昼間は牧場の仕事をこなしつつ、夜な夜なチーズづくりに没頭しました。
中島さんが行き詰まっていたとき、大きなヒントをくれたのは地元農家の先輩や仲間たちの姿でした。
「就農当初には、親のことを悪く言う人が多いのですが、成長していく先輩はだんだんと悪口を言わなくなるんです」
与えられた状況で何ができるかポジティブに考えることが大切だと感じとり、自分の親との向き合い方や、置かれた立場を客観的に理解できたという中島さん。チーズ工房づくりにも良い影響が出るようになったそうです。
筆者も親子でミルクスタンドをやるなかで、ささいなことで父と意見が衝突することも。他人なら許せることが、親子だと……。親子で仕事をするのは大変だなと日々感じています。
親子の距離感を考え直すことが、次のステージへ向かうことにもなるのだなと学びになりました。
周囲からも評価されるようになり、「父とも仕事でわたり合えるようになった」と振り返る中島さん。今後は「代替ミルクをつくりたい」と夢を語ります。
環境負荷や温暖化といった観点から「牛乳」が問題視されることもあり、植物由来の代替ミルクが注目を浴びているのです。
最近はカフェでもオーツミルク(オーツ麦飲料)、ソイミルク(豆乳)が提供されるようになってきました。
「牛乳vs代替ミルク」という構図で語られることが多いなか、牧場主である中島さんが「代替ミルクをつくりたい」と話すのはとても意外でした。
中島さんは「代替ミルク製造の実態は知られていないと思うんです」と指摘します。
豆乳やアーモンドの成長には多くの堆肥が使われます。海外で製造した代替ミルクは、タンカーなどで日本に運ばれる時、CO2を排出しています。
そんな背景を踏まえると、牛乳だけが環境に悪いわけでない。だからこそ、牛乳と代替ミルクのよりよいかたちを模索していこうとしているそうです。
「『牧場の堆肥で作った』という注釈の植物性ミルクがつくりたいですね。それも、いろいろな酪農家さんと一緒にやれたらと考えています」
ミルクスタンドや父との働き方まで、さまざまな示唆をくれた中島さん。今後も、ともに面白いことに取り組んでいけないか、筆者もわくわくしています。
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