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連載

#21 #啓発ことばディクショナリー

互いに求めすぎる企業と労働者…赤木智弘さんが解く「人財」流行の謎

「正社員への執着」強める言葉の呪力

圧倒的な権限をもって、企業が労働者に対して用いる様々な言葉。その本質について、フリーライターの赤木智弘さんと共に考えました(画像はイメージです)
圧倒的な権限をもって、企業が労働者に対して用いる様々な言葉。その本質について、フリーライターの赤木智弘さんと共に考えました(画像はイメージです) 出典: Getty Images

目次

「人財(人材)」といった、労働にまつわる〝意識高め〟な造語やフレーズ。近年、企業の求人情報などで、頻繁に目にするようになりました。「流行の背景には、企業と労働者の不適切な関係がある。働き方が待遇に見合っているか、見つめ直すべきではないか」。非正規労働を経験してきたフリーライター・赤木智弘さんは、そう分析します。企業が用いる、仕事を美化する語彙(ごい)は、どのように働き手の心理と結びつくのか。赤木さんに読み解いてもらいました。(withnews編集部・神戸郁人)

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#啓発ことばディクショナリー

「人財」唱えつつ社員教育費は減少

「我が社は、社会の変化に対応できる『人財』を求めています」

求人サイト上に、そのような一文を掲げる企業は、今や珍しくありません。常に職務面での成長を望み、経営層のニーズを受けて、キャリアを柔軟に築く。そんな労働者像が見て取れます。

例えば、ある大手企業の関連会社は、人事関連の部署名に「人財」を採用しています。事業上の挑戦を後押しする環境を整え、社員一人ひとりの育成を支えたい――。そのような意図を文字に込めたと、自社サイト上で説明しています。

同じように社員を「財産」と捉え、部署名に「人財」と冠する企業は、業界を問わず存在します。その多くは、理念を実現すべく努めているのでしょう。一方で、「人財」という考え方が、必ずしも現実と一致していない状況もあるようです。

厚生労働省は、企業と事業所における教育訓練費用の支出状況を、年度ごとに「能力開発基本調査」としてまとめています。令和3(2021)年度の結果によると、OFF-JT(業務命令に基づき本業を離れて行う職業訓練)と自己啓発(労働者が自発的に行う職業能力開発)について、関連費用を支出した企業は、前者が45.9%、後者が24.6%にとどまりました。

特にOFF-JTの割合は、平成20(2008)年の57.8%から、10ポイント以上下落しています。加えて、正社員以外(派遣・請負を除く雇用形態の非正規労働者)に対する費用の支出率は29.8%。正社員の半分ほどに過ぎません。

OJT(日常業務を通じた職業訓練)を重視していたり、経営状況がおぼつかなかったりと、企業ごとに事情はあるのかもしれません。しかし、仕事の基礎をなす社員教育への投資が減り続けている事実に、筆者は違和感を覚えました。

「『社員を大切にする』とうたうことで、働き手の自尊心を満たし、待遇の悪さを埋め合わせようとする。『人財』という言葉に、企業は〝福利厚生〟にも似た役割を期待しているのかもしれません」。赤木さんは、そう語ります。

画像はイメージです。
画像はイメージです。 出典: Getty Images

正社員という立場にしがみつく人々

2007年に論考「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」を発表した赤木さん。就職氷河期世代に生まれ、安定した職に就けなかった経験を踏まえ、経済格差を是正する契機として「戦争」を望む。そんな主張が賛否を呼びました。

論考が出された2000年代後半以降、非正社員は増加傾向です。厚労省によると、昨年の非正規労働者数は2075万人。10年間で260万人ほど増えました。定年後の高齢者を再度雇い入れるケースを含め、人件費削減などのため、企業が必要な時だけ働かせる「雇用の調整弁」と化している実情があります。

この点だけみれば、非正規労働が従来より普遍化したと言えそうです。一方で赤木さんは、「正社員としてお金を稼いで一人前」という、世間一般の感覚は大きく変わっていないと指摘しました。

「いまだに多くの人々が、安定して働ける正社員への憧れを強く持っています。しかし経済成長の鈍化といった要因のため、採用されるチャンスは、かつてより少なくなってしまいました」

「加えて近年、正社員であっても、低賃金や劣悪な労働環境にあえぐケースが珍しくありません。仕事の対価が減る中、企業に欠かせない『人財』として認めて欲しい。そんな思いから正社員という立場にしがみつく状況があるのだと思います」

画像はイメージです。
画像はイメージです。 出典: Getty Images

「神」として温存されるブラック企業

赤木さんは共著『下流中年』(SB新書)において、「企業というのは現在、社会における新たなる<神>なのだろうか」と、読者に問いかけています。さらに続く文章で、問題提起の根拠が示されます。

 現在日本においては、企業に見いだされ正社員としての刻印を受けることが人間の始まりであり、人間になって初めて車を買ったり、家庭を築いたり、家を建てるだけの賃金を得ることができる。そもそも結婚して「家」を築くことですら、正社員として働き、一定の安定した収入を得ることでしか成し得ないのだ。(中略)
 神である企業によって与えられるのは決してお金や家庭だけではない。共同体の構成員として暮らすための尊厳や満足感といった、社会の中で生きているという実感をも、企業という神から授けられるものなのである。人とのつながりも正社員という立場があり、仕事の中で多くの人と触れ合うことで得ていくものである。
『下流中年』(SB新書)

この記述に目を通し、筆者が疑問に思ったのが、従業員に違法な労働を強いる「ブラック企業」の取り扱いです。

例えば「早期の成長につながる」と説き、労務経験が少ない若手を店長などの重職に据え、休みなく仕事に従事させる。そのように、働き手を搾取する姿勢が明確な企業は、批判を集めてきました。

近年、就職先について検討する際、ブラック企業を意識する学生が増えたとするデータも存在します。「正社員になれればいい」との考え方は少数派になりつつあるようです。

しかし赤木さんは、実際には多くの人々がブラック企業を受け入れてしまっている、と語りました。

「ブラック企業はまともに暮らせるだけの待遇を保障しません。しかし既に述べたように、正社員として働いてこそ自尊心が保たれる、との意識は社会に根強い。形だけでも正社員になれる環境を守るため、ブラック企業が温存されているのです」

「労働でお金を稼ぐことこそが正しい。職業人でなければ、社会のお荷物に過ぎない。そんな思考が共有される状況下、企業は私たちを働き手の地位に位置づけてくれます。だからこそ『神』のような存在である、と言えるのではないでしょうか」

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画像はイメージです。 出典: Getty Images

労働者が企業と結ぶ不健全な関係

もっとも、正社員の立場も安泰ではありません。

都留文科大の後藤道夫名誉教授は、給料が最低賃金の1.3倍までの範囲に収まる「低賃金労働者」が、2009年~2020年の間にほぼ倍増したと試算。非正規労働者のみならず、正社員も含まれるとしています。

加えて、職務上のスキルを自主的に高めるべき、という風潮は強まるばかりです。国が副業・兼業を奨励する状況も手伝い、機会や能力に恵まれた層と、そうでない層の格差は、正社員間で広がっているように思われます。

とはいえ正社員の待遇は、非正規労働者と比べれば、今なお恵まれていると赤木さんは話します。税金などの諸経費を給料から天引きでき、安易に解雇される可能性も低い。そうした点で、圧倒的に優位に立つからです。

その上で、労働者は企業と不健全な関係を取り結んでいる、と続けました。

「赤字企業が、公金などを受けて存続する場合があります。その際、コストカットのため切り捨てられるのは、非正規労働者です。事業上のリスクを背負うのが経営者なのに、末端の働き手に責任を転嫁している。これは非常におかしい」

「経営不振の企業は、淘汰(とうた)されるべきだと思います。にもかかわらず、多くの人々が労働、特に正社員として働くことにこだわり、生きながらえさせてしまう。会社に所属し、お金を稼ぐことが、あまりに当然視されているからです」

そして仕事上の立ち位置や収入の多寡が、趣味などの私的領域におけるステータスまで決定すると、赤木さんは付け加えました。だからこそ、企業を自己実現のための、絶対的な基盤と見なす。そんな構造があるといいます。

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画像はイメージです。 出典: Getty Images

企業の要求は立場や対価にそぐうか?

反面で企業も、労働者に様々なことを望みます。「経営者目線」を持ち、組織の将来を見据えて働け。非正規労働者も、技術や経験を蓄積せよ――。そんな風に、働き手の立場や対価に見合わない事柄まで要請するというのは、筆者も体感してきたことです。

業績を上げ、成功しようと望む向上心は、企業と働き手の双方に豊かさをもたらします。ただし仕事の本質は、安定してお金を稼ぎ、生活の素地を整えるための手段に他なりません。労働に正当な報酬が支払われることは、最低限の要件です。

しかし厚労省の統計によると、非正規の一般労働者の平均賃金は、同程度の時間働く正社員の約6割にとどまります。労働者総数の4割近くを占めるにもかかわらず、雇用形態の違いによって、給与額に大きな差異が生じているのです。

そうした中でも、過剰な働きを従業員に要求する企業と、自己実現のための期待を企業にかけ過ぎてしまう労働者。仕事の本質を離れて、互いに多くを求め合っているという意味で、両者は「どっちもどっち」であるとも思えます。

このような現実を覆い隠し、それぞれの結びつきを固定化させる。そのために企業が用いるのが、仕事を華美に見せる「人財」といった言葉だと、赤木さんは述べました。

企業側が提示する「人財」像がよしとされる職場において、労働者は絶え間ない努力を求められます。過酷な環境で追い込まれ、心身を壊せば、かえって生産性が低下する恐れもあるでしょう。

「うまく距離を置くためには、仕事から得られているものを、冷静に見つめ直すべきです」と赤木さん。企業による職務上の要求が、自らの待遇にそぐうものか確認する。そのことが肝要だというのです。

「給料が少なすぎたり、意に沿う働き方ができなかったりしているなら、企業を突き放さなければいけません。ただ離職するにも、先立つものが必要です。新たな収入先が見込めず、元の職場にとどまらざるを得ない場合もあるでしょう」

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画像はイメージです。 出典: Getty Images

「働かなくても生きていける社会」へ

赤木さんは、ここでも「働いて賃金を得てこそ一人前」という社会通念が課題になる、と話します。しかし、個人の力で抜本的な改善を図ろうとしても、限界がありそうです。そこで行政が介入し、労働の定義を広げる重要性を強調しました。

「仕事と聞くと、賃労働が真っ先に思い起こされがちです。しかし『命の電話』の相談員や民生委員といった、社会の維持に不可欠な業務を、無償で行っている事例はたくさんあります。もちろん、家事や育児も同様です」

「こうした営みだけに従事しても、安心して生きられるなら、人々の意識も変化するでしょう。そのために『負の所得税』(低所得者の所得税を免除し一定額を給付する仕組み)などの再分配策を講じ、衣食住が保障される必要があるのです」

誰もが仕事をせずとも、社会が回る仕組みを構築する。赤木さんの主張は、一見すると理想論と感じられるかもしれません。他方で、そうした〝荒療治〟を想定せざるをえないほど、正社員や賃労働への執着が強固であるのは確かです。

そして「人財」を始めとする言葉は、その執着を一層揺るぎないものにしてしまう危険をはらみます。赤木さんの語りには、硬直した労働観をほどき、経済格差を緩やかにするためのヒントが、豊富に含まれていると思いました。

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赤木智弘(あかぎ・ともひろ)
フリーライター。1975年栃木県生まれ。2007年に『論座』(朝日新聞社)に「「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」を執筆。話題を呼ぶ。以後、貧困問題を中心に、社会に蔓延する既得権益層に都合のいい考え方を批判している。
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【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。毎週金曜更新。記事一覧はこちら
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