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赤ちゃん助ける「母乳バンク」登録してみた 支えになった〝使命感〟
小さな命へ、授乳期だけできる社会貢献です
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小さな命へ、授乳期だけできる社会貢献です
早く小さく生まれ、お母さんの母乳を得られない赤ちゃんのために、ほかの母親(ドナー)の母乳を提供する「母乳バンク」を知っていますか? 昨年出産した筆者も、ドナーになりました。どんな赤ちゃんの手助けになるのか、登録の流れや搾乳方法、制度が抱えている課題を紹介します。
母乳バンクとは、寄付された母乳「ドナーミルク」を低温殺菌し、病院からの要請に応じて提供する事業をおこなう施設で、東京に2カ所あります。
小さな赤ちゃんにとって、「最善の栄養」とされている母乳。早産などで1500g未満で生まれた赤ちゃんは、あらゆる臓器が未熟で粉ミルクをあげると負担がかかり、病気のリスクがあります。
日本小児科学会などは、病気や服薬、体質といった様々な理由で出産した母親の母乳をあげられない場合、ドナーミルクを推奨しています。
ドナーミルクは献血と同様に、一般の人から寄付されます。
もっとも栄養価が高いとされる初乳以外でも効果はあり、母乳が多く出る場合は子どもが1歳を過ぎてもドナーになることができます。母親の年齢制限はありません。
筆者は息子を出産した2021年、産後5カ月のときに母乳バンクにドナー登録をしました。
息子が小さく生まれ、退院するまでの間病院に母乳を届けていたので搾乳は必須です。そのなかで母乳バンクの存在を知り、何か役に立てないかと考えました。
登録はまず、母乳バンクのサイトで応募フォームへ入力します。
自身の情報を入力し、アルコールやタバコ、市販薬の服用といったチェック項目に答えます。母乳バンクの説明書にも目を通しましたが、そこまで時間はかからず簡単に応募できました。
ドナー登録には、以下のような基準があります。
数日後、事務局から登録施設への来院を案内するメールが届きました。
事前に情報を入力するとはいえ、安全性を担保するため実際に会ってヒアリングすることを大切にしているそうです。
指定された日時に、登録施設の中で自宅から一番近い昭和大学病院(東京都品川区)へ。登録の説明や、事前に入力していたチェックリストをもとに口頭で確認があったあと、血液検査を受けました。
結果は後日通知されるため、当日はこれでおしまいです。滞在時間は30~40分程度。説明パンフレットや、母乳を冷凍保存する「母乳バッグ」、送るときのチェックリストなどを受け取って病院をあとにしました。
検査代や母乳バッグ代はすべて母乳バンクが負担してくれるため、登録にかかった費用は病院への交通費のみです。
翌週、検査結果に問題なしとの連絡がメールで届き、申し込みから3週間ほどで登録が完了しました。
※登録完了までの期間は、施設や状況によって異なります。
搾乳には、もともと持っていた両胸タイプの電動搾乳器を使いました。搾乳器がない場合、母乳バンクから手動のものをもらうこともできます。
繊細な赤ちゃんが口にするドナーミルク。一番気を配ったのは、搾乳時の環境です。
母乳バンクからは、搾乳するときには「搾母乳の細菌数を減らし、異物が混入しない」ために細心の注意を払うようにお願いされました。
念入りな手洗いと消毒は当たり前。搾乳器を置くテーブル回りも除菌シートやアルコールスプレーでふいて、乳房も清浄綿で拭き取ります。
洋服の繊維や細かいゴミが入ってもドナーミルクとして好ましくないため、あらかじめ上着は脱ぎ、最低限の服装で臨みました。
約15分後、絞った母乳を母乳バッグに入れ、日付と量を書いたシールを貼って冷凍庫へ。ほかの食品と混ざらないように保管することが大切です。そのあと搾乳器を洗い、消毒して次の搾乳に備えます。
小分けの母乳バッグが最低1リットル分たまったら、緩衝材などで丁寧に包んでクール便で母乳バンクへ送ります。送料は着払いです。
私は1カ月に1回の送付を目安に、息子が母乳とミルクの混合栄養になるまでの約3カ月で、計4リットルの母乳を提供しました。
息子はしばらくNICU(新生児集中治療室)やGCU(新生児回復室)に入院していたので、当時、子どもが目の前にいないなか、自分の子どものために搾乳をする毎日でした。
「我が子にたくさん母乳を届けるぞ」と最初はモチベーションも高かったのですが、子どもが飲む量以上に出た分は冷凍庫にも入りきらなくなって捨てなければならず、むなしくなることもありました。
「いつまでこの状況が続くんだろう」と不安を感じることもあり、気持ちの維持は簡単ではありません。
そんななか、母乳バンクを通じてほかの赤ちゃんの役にも立てると思うと、がんばろうという気持ちがわいてきました。
母乳バンクからは、母乳を送るたびに受け取りを知らせるお礼のはがきが届きます。
「丁寧に送ってくださりありがとうございます」。はがきに書かれた一言一言がうれしく、支えになりました。
筆者の場合、搾乳は生活の一部でしたが、正期産(妊娠37~41週)で子どもを産んだお母さんは、どのように搾乳の時間を作っていたのでしょうか。
2021年に次男を出産後、母乳バンクにドナー登録した愛さん(37)=東京都在住=は「1日1回、ルーティンとして子どもたちが寝たあとの21時、22時くらいに搾乳をしていました」と話します。
長男が産まれたときに買った電動搾乳器を使い、計4リットルほど母乳を提供しました。
もともと育休中に何か社会貢献をしたいと考えていた愛さん。勤めている外資系企業はボランティアを推奨していて寄付の文化もあり、ドナー登録に躊躇はなかったといいます。
「搾乳器の部品を消毒液につけて、洗って乾燥させるという手間はありましたが、授乳期間中にしかできないことに参加できる使命感や充実感の方が比較にならないほど大きく、優しい気持ちになることができました」
愛さんの友人には、妊娠トラブルを経験した人もいます。
「妊娠出産は何があるかわかりません。小さな赤ちゃんが元気に育ってくれることはすごく大きな意義があると思います。国内どこで小さな赤ちゃんが誕生しても、母乳バンクの利用が治療のオプションとして当たり前に提案され、ドナーミルクが誰もが知っている存在になることを祈っています」
実際に子どもがドナーミルクを使った母親(39)は、「多めに母乳が出る方がいればぜひ母乳バンクに登録してほしい」と話します。
2022年1月に妊娠30週4日で995gの娘を出産しましたが、新型コロナウイルス感染症の濃厚接触者だったこともあり、NICUにいる娘に、しばらく自分の母乳をあげることができませんでした。
自身も母乳バンクを知ったとき「登録したい」と思ったそうですが、余裕があるほどの量は出ず、断念しました。
「ドナーミルクは献血と一緒で、自分の中で作られるものが誰かの役に立ちます。なかなかできることではないと思います。私のように不安に思っているお母さんや、母乳を待っている子どもたちのために、できることから始めようと思ってくださる方がいるとうれしいです」
ドナーから提供された「母乳」なのに、呼び方は「ドナーミルク」。
日本で母乳バンクが始まった2014年当初から関わっている看護師の若松美洋さん=日本母乳バンク協会理事=は、小さく生まれた赤ちゃんの家族の気持ちを考え、何度も議論して、ドナーから提供された母乳を「ドナーミルク」と呼ぶことにしたと話します。
入院した小さな赤ちゃんを見守る母親の中には、「赤ちゃんに何かしてあげたいのに母乳も出ない」と悩む人や、「小さく生んでしまった自分を責める気持ちが強い」人もいます。子どものためとはいえ、ほかの母親の母乳を使うことでさらに精神的な負荷がかかる人もいるといいます。
「最初は『ドナー母乳』と呼んでいましたが、母乳はお母さんだけのもの。なるべくご家族に受け入れてもらいやすい言葉にしたいと、『母』という言葉のつかない『ドナーミルク』と呼ぶことに、スタッフみんなで決めました」(若松さん)
ドナーの数は近年少しずつ増えてきています。
「日本母乳バンク協会」によると、2019年に24人だったドナーは2020年に150人を超え、2021年は254人になりました。
一方で、課題となっているのがドナー登録のために医師が対応できる施設の少なさです。
ドナー登録には血液検査や問診が必須。実際に医師が対面で話して「信頼できる方かどうか」最終確認することが重要です。
居住地の近くに登録施設がなく、ドナーになりたくてもなれないという声もあります。
現在2カ所ある母乳バンクのうち、「日本母乳バンク協会」が運営する母乳バンクでは10都道府県17施設、「日本財団⺟乳バンク」では6都府県9施設にとどまります(2022年8月現在)。
二つの母乳バンクの代表を務める昭和大学医学部の水野克己教授は、「登録施設を増やしていくことが大切」と話します。
「理想は出産した産婦人科で登録できるようにすることです。お母さんが行きやすく、病院のスタッフもそのお母さんがどんな人か分かっています。母乳バンクが知られることで、産科スタッフから協力の輪が広がっていくとありがたいですね」
限られた地域にしかない登録施設を、今後どのように増やしていくか注目です。
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