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連載

#3 小さく生まれた赤ちゃんたち

995gの小さな命 赤ちゃんを救うため架け橋になる「母乳バンク」

「私の代わりに栄養をあげられるなら」

妊娠30週4日995gで生まれた赤ちゃんは、母親の母乳が得られない間、母乳バンクのドナーミルクを飲んでいました=母親提供
妊娠30週4日995gで生まれた赤ちゃんは、母親の母乳が得られない間、母乳バンクのドナーミルクを飲んでいました=母親提供

目次

小さく生まれた赤ちゃんたち
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早産などで小さく生まれ、母親の母乳を得られない赤ちゃんのために、ほかの母親の母乳「ドナーミルク」を提供する「母乳バンク」という施設があります。日本で初めて開設されてから8年。年間5000人の赤ちゃんにドナーミルクが必要と言われ、その活動は少しずつ広がっています。

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妊娠30週4日、突然の出産

「まさか早産になるなんて。順調に出産するとしか思っていませんでした」

今年1月、都内に住む女性(39)は予定より2カ月ほど早く娘を出産しました。妊娠30週4日(妊娠8カ月)、体重995gの小さな赤ちゃんです。

「生まれたその瞬間に小さな産声を聞き、ちらっと顔を見た」あと、娘はすぐにNICU(新生児集中治療室)へ運ばれていきました。

多くの赤ちゃんは妊娠37週以降に生まれ、平均体重はおよそ3000gです。女性は里帰り出産のため2日後に関西の実家へ帰る予定で、出産は本当に突然のことでした。

出産前日の深夜0時前、急に「悶絶するほど」胃が痛みました。

救急車で病院へ運ばれ、妊娠高血圧症候群と診断されてそのまま緊急帝王切開に。手術前のPCR検査の結果は陰性でしたが、夫が陽性だったため濃厚接触者となりました。

産後、入院中は病院の方針でシャワー以外個室から出られず、NICUへ娘の様子を見に行くこともできませんでした。

看護師さんが娘の写真を見せてくれたり、ZoomでNICUとつないでくれたりしましたが、結局娘に会えることなく退院。面会制限があり、直接会えたのは生まれて3週間が経ってからでした。

娘が生まれたときの写真は、看護師さんが撮影してプリントアウトしてくれました
娘が生まれたときの写真は、看護師さんが撮影してプリントアウトしてくれました 出典: 母親提供

「私の代わりに栄養ある母乳をあげられるなら」

産後、搾乳していたものの感染対策のため病室から持ち出せず、捨てるしかありませんでした。

1500g未満で生まれた「極低出生体重児」は、腸など様々な器官が未熟で、病気や感染症のリスクが高いと言われています。一方で、母乳にはそのリスクを減らす効果があります。

十分な体重で丈夫に生まれた赤ちゃんは、牛の乳由来の粉ミルクや液体ミルク(人工乳)を問題なく消化吸収できますが、小さく生まれた赤ちゃんは成分をうまく消化できず、負担になってしまいます。

腸の一部が壊死(えし)する「壊死性腸炎」など病気のリスクも高く、亡くなる赤ちゃんもいます。

女性は病院から母乳バンクを利用するかどうか、説明を受けました。母乳バンクは、ほかの母親(ドナー)から提供される母乳(ドナーミルク)を低温殺菌処理し、病院からの要請を受けて提供している施設です。現在東京に2カ所あります。

赤ちゃんにドナーミルクが届くまで(イメージ)
赤ちゃんにドナーミルクが届くまで(イメージ) 出典:朝日新聞デジタル

「小さく生まれた赤ちゃんにとって粉ミルクは負担がかかると聞き、母乳バンクにお願いしました」と女性は振り返ります。

「ほかのお母さんの母乳に抵抗がある人もいるかもしれませんが、私の代わりに栄養のある母乳を子どもにあげられるのであれば、迷いはありませんでした」

ドナーミルクは口から胃へ通したチューブで、1回2ccから与えられました。ティースプーン1杯にも満たない量ですが、その後少しずつ増やされ、女性が娘と面会できるまでの3週間提供されました。

娘は大きな病気をすることなく、約2カ月で2500gまで成長して病院をあとにしました。

生後半年が過ぎた今、1回130〜150ccのミルクを飲み、体重は5000gを超えています。早く小さく生まれた赤ちゃんは通常よりも成長がゆっくりですが、首も座り、あやすとニコーッと笑うようにもなりました。

「健康に大きく育ってくれるなんて、正直、出産直後には想像もできませんでした」と女性は話します。

「小さい体で懸命に頑張って乗り越えてくれた我が子の強さと、その強さを手助けして力をくださった母乳バンクには本当に感謝しています。母乳を提供してくださったお母さんたちの優しい思いをしっかりと受け止め、これからも楽しみながら子育てしていきたいと思います」

GCU(新生児回復室)に入院していたときの娘
GCU(新生児回復室)に入院していたときの娘 出典: 母親提供

リスクを減らす選択肢

母乳バンクを運営する「一般社団法人日本母乳バンク協会」の代表で、昭和大学医学部の水野克己教授は、「母乳成分には、未熟な赤ちゃんの腸粘膜を成熟させてくれる作用や免疫を高める効果もある」と説明します。

これまでも、生後24時間以内に母乳を始めることで、小さく生まれた赤ちゃんの壊死性腸炎や慢性肺疾患、重症感染症などを減らすという研究はありました。

母親の病気や服薬、体質など何らかの影響で母乳が得られない場合、粉ミルクや、低温殺菌処理をしていないほかの母親の母乳(もらい乳)を与えたり、点滴をして母親の母乳が出るまで待ったりしていました。

しかし、粉ミルクでは負担がかかり、壊死性腸炎のリスクはドナーミルクよりも1.87倍高いという研究もあります。点滴で栄養を与えていても、3日間おなかへ何も入れないことで腸粘膜が育たず、ダメージが加わることもわかってきました。

「小さな赤ちゃんはいったん何か大きなトラブルがあると回復に非常に時間がかかり、結果として後遺症が残ることも増えてきます。できるだけスムーズにおなかの中に必要な栄養を届け、育っていけるようにするためのドナーミルクです」(水野教授)

日本小児科学会など4団体からなる日本小児医療保健協議会は、2019年に出した提言の中で、1500g未満で生まれた赤ちゃんには母乳が「最善の栄養」であり、十分な支援によっても母乳が得られない場合は「ドナーミルクを用いる」と示しました。

一般社団法人日本母乳バンク協会代表で昭和大学医学部の水野克己教授
一般社団法人日本母乳バンク協会代表で昭和大学医学部の水野克己教授

2014年に始まり、国内は2カ所

水野教授によると、母乳バンクは1909年にウィーンで始まり、2021年現在50以上の国で756カ所に設置されています。ヨーロッパでは2010年から10年ほどで2倍近くに増えたそうです。

「世界的にドナーミルクを使って生後早期から栄養を与えるようになってきています。お母さんの母乳を与えられるようになるまでの架け橋として、ドナーミルクの役割が重要視されています」

日本では2014年7月、水野教授らが昭和大学江東豊洲病院(東京都江東区)で母乳バンクの取り組みを始めました。

その後2017年に一般社団法人化し、2020年には「日本橋母乳バンク」(東京都中央区)を開設。2022年4月には国内2カ所目の拠点である「⽇本財団⺟乳バンク」(同)が稼働しました。

災害リスクなど万が一のことを考えると「関東以外であと3カ所ほど作らなければ」としていますが、設備や人件費、検査費などの資金をどう確保するかが課題です。

現在、日本橋母乳バンクでは、病院がドナーミルクの必要量に応じて会費を払うほか、企業や個人からの寄付や厚生労働省の研究費などで運営していますが、厳しい状況だといいます。

「世界では国がもう少し力を入れています。母乳バンクのスタッフを教育するシステムを構築したり、赤ちゃんが元気に育つためのものとして予算を立てたり……そういったことができないといけません」(水野教授)

日本橋母乳バンクの様子
日本橋母乳バンクの様子 出典: 一般社団法人日本母乳バンク協会提供

「安心して説明し、与えられる」

一方、ドナーミルクを利用したことのある施設は、全国で66施設に広がりました(2022年7月末現在)。

その一つ、東北大学病院は2021年に母乳バンクと契約をしました。同病院のNICUには年間300人以上が入院しています。これまで400〜1000g未満の赤ちゃんを中心に、44人にドナーミルクを使用したそうです。

小児科の佐藤信一医師は「今まではやむなく粉ミルクをあげることもありましたが、ドナーミルクのおかげで、腸に穴が開いたり腸炎になってしまったりなど合併症の頻度は減っている印象があります。点滴が抜けるまでのスピードもだいぶ安定的になってきました」と話します。

「母乳を安定して供給できるようになり、必要時には追加発注もできるようになりました。早く生まれるお子さんは、突然の出産であることがほとんどです。そういった状況に対しても臨機応変に対応できる余力ができました」

1500g未満の赤ちゃんが対象ではあるものの、出生体重にかかわらず、合併症や腸炎などの手術後に、ダメージを軽減させるためにドナーミルクを使うこともあるそうです。

「厳密な検査を通って供給されているので、安心してお父さんお母さんに説明し、お子さんに与えられています。私たちとしても管理が楽になりましたし、とてもありがたいです」

厚生労働省の人口動態調査によると、2020年に1500g未満で生まれた赤ちゃんは6228人。2020年度に母乳バンクがドナーミルクを提供した赤ちゃんは203人で、2021年度は360人を超えました。

母乳バンクの水野教授は「年間5000人ほどの赤ちゃんがドナーミルクを必要としています。必要だと思われる赤ちゃんにはすべてに届けたい」と願っています。

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日本財団母乳バンクのクリーンルームでの作業風景
日本財団母乳バンクのクリーンルームでの作業風景 出典: 提供:日本財団母乳バンク提供/撮影:和田英士
 

日本では、およそ10人に1人が2500g未満で生まれる小さな赤ちゃんです。医療の発展で、助かる命が増えてきました。一方で様々な課題もあります。小さく生まれた赤ちゃんのご家族やご本人、支える人々の思いを取材していきます。

みなさんの体験談や質問も募集しています。以下のアンケートフォームからご応募ください。
【アンケートフォームはこちら】https://forms.gle/dxzAw51fKnmWaCF5A
 
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