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髪の毛振り乱しての育児…インスタに娘の〝キラキラ〟写真上げる理由
「理想の母親像」示して得る承認と癒やし
今や日常生活に欠かせないSNS。時折目に入るのが、赤ちゃんなど子どもの写真を載せている投稿です。全体をきらびやかに加工したり、楽しげな文言を並べたハッシュタグをつけたり。そのようにして「映え」を狙ったと思われるものも少なくありません。「フォロワーから認められることで、子育てを続ける活力が欲しいと思った」。インスタグラム上で投稿を続ける母親の一人は、背景事情について、そう話します。子どもの尊厳を守りつつ、上手にSNSと向き合う方法を聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
今回話を聞いたのは、長女(6)と暮らす、東京都在住のやすはららさん(41)です。複数のSNSアカウントを持ち、中でもインスタグラム(インスタ)を積極的に利用してきました。
所有するインスタアカウントは、投稿を全体公開している公私兼用、鍵つき(フォロワーのみ閲覧できる設定)の完全プライベート用の二つがあります。このうち鍵つきの方で、生後間もない頃から、長女の写真をアップしてきました。
さかのぼること6年。やすはららさんは出産を機に、縁もゆかりもない都内に、家族と引っ越しました。身寄り以外に、子育ての悩みを共有する仲間が欲しい。そう考えて、自治体が主催する、初子と暮らす親向けの子育て教室に参加します。
そこで出会ったのが、インスタを駆使する母親です。野菜で離乳食を作る動画など、育児関連のコンテンツを制作し、数千人のフォロワーを擁していました。他の親と出会うきっかけになると教わり、やすはららさんもアカウントを開設します。
「教室に出ていたママたちも、同時期にインスタを使い始めました。乳児と過ごしやすい温泉宿についてなど、育児に役立つ情報をみんなでシェアし合った。教室を卒業し、互いに会う機会が減っても、近況を確認し合うための手段になりました」
始めのうちは、インスタでの発信方法がよく分からなかったという、やすはららさん。まず他の親の投稿を観察することにしました。すると、子どもの画像を起点として、親同士のコミュニケーションが生まれる場面があると気づきます。
実際、ママ友が上げた画像に写っている子どもが、長女と同じ衣服を着ており、コメントし合うといったやり取りも経験しました。やがてやすはららさんも、わが子の写真を公開するようになります。気をつけたのが個人の特定を避けることです。
当初は、長女の腕や頭などを接写した画像のみ選んでいました。ただ、可愛さを打ち出したい気持ちが強まり、顔入りの写真の割合も徐々に増えたといいます。投稿する際、スタンプで目鼻を隠すなど、顔立ちが分からないよう加工しました。
「インスタの育児アカウントの中には、おむつ姿の赤ちゃんの全身写真をアップしているものがありました。更に、自宅周辺で遊ばせている子どもを撮影した、未加工の画像も見かけたんです。トラブルの原因になりかねないと感じていました」
「鍵つきアカウント上の投稿であっても、第三者が悪意をもって、写真や文章を拡散するかもしれない。その前提で、アップする画像を選んできました。内容について『気に入らない』と思った人物が、炎上させてしまう可能性もありますから」
加えて、家族への不満など、ネガティブな書き込みを控えることも徹底しました。自分の投稿を見た人々が、どのように文面を解釈するか、常に先回りして考えてきたそうです。
一方で、忘れられない交流の記憶もあります。
長女が1歳になったばかりの頃、夫が病気で突然倒れてしまいました。入院後も、なかなか快方に向かうことがなく、やすはららさんは不安を募らせます。そしてやむにやまれず、わが子の寝顔の写真を、こんなハッシュタグつきで公開したのです。
するとコメント欄に、子育て中のフォロワーによる、労(ねぎら)いや心配のメッセージが連なりました。育児教室で出会った仲間から、インスタ上のみでつながっている親まで、投稿主の顔ぶれは様々だったといいます。
「孤独感が薄れ、ホッとしました。当時は自分の家族が身近に住んでいたんです。でも親し過ぎて、かえって弱音をこぼしづらかった。乳児との外出自体ハードルが高く、気晴らしをしづらかったこともあり、SNS上のやり取りに救われました」
しばらく経って、夫の体調は無事に回復しました。
この一件は、インスタがやすはららさんと世界とをつなぐ〝窓〟であることを、象徴していると言えそうです。同時に、子育て中に生じる苦悩から、心を守る手段としても機能してきました。
たとえば、長女が1歳9カ月のとき、複数の病院に連れて行った日の投稿は印象的です。
歯科を訪れ、生えたばかりのの歯を検診してもらったり、耳鼻科で予防接種や耳掃除を受けたり。へとへとになるまで歩き回った際の出来事を、ハッシュタグ「#病院はしごday」「#我が子のメンテナンス」を付け、インスタ上で報告しました。
娘の通院への付き添いを難なく済ませ、楽しむ余裕まで感じさせる……。やすはららさんは、一見すると育児に似つかわしくない「メンテナンス」という言葉で、そんな母親像を表現したかったそうです。
背景には、のっぴきならない事情がありました。
当時は長女を認可外保育園に通わせ始めるなど、環境が激変していました。「(子どもが)園で風邪や胃腸炎をもらってくるのが嫌」。ママ友からそう聞き、わが子が園の友達に病気をうつしてしまうのでは、と心配したこともあったそうです。
「そして娘が体調を崩すと、『母親失格だ』と、自分を責める気持ちにもなった。日々の出来事に対応するだけで精いっぱいで、育児の負担感が強まっていたんです。実際には髪の毛を振り乱しつつの子育てであり、苦労の連続でした」
その反動で、実態とは異なる「育児をスマートにこなすキラキラした母親像」をインスタでアピールしていたといいます。
「フォロワーから認められることで、子育てを続ける活力が欲しい。そう考えるほど、心情的に追い込まれていたのかなと思います」
インスタの使い方をめぐり、わが子の尊厳を傷つけないよう、気を付けたいと思った出来事もありました。
早生まれの長女は乳児期、他の同年代の子どもと比べて、発育が遅れ気味でした。過去の投稿には、同じ月齢の子がハイハイやつかまり立ちをし始めた頃に、「ずりばいしか出来なかった」と写真つきでつづられています。
そして長女が幼稚園に入った頃、やすはららさんがママ友と談笑中に、当時の娘の様子を話題にしたことがありました。
そのことを後で知った長女が、こう問いかけてきたのです。「なんでお友達に、そんなこと言うの?」
「成長が比較的遅いことがコンプレックスだったのでしょう。彼女からしたら、私生活を勝手にさらされたも同然です。深く反省し、写真を上げる際は、一層気を遣うようになりました。今では必ず、本人に投稿内容を校閲してもらっています」
「ちなみに、インスタの育児アカウントの投稿に『#バカな子ほどかわいい』などのハッシュタグがついている場合があります。わが子をいとおしむ気持ちは理解できる。でも、子どもの尊厳を傷つけてしまう恐れがあるので、私は使いません」
やすはららさんは現在、インスタのアカウントを共同運営するつもりで、長女に接しています。親子で投稿用の写真を選ぶのはもちろん、生配信動画「インスタライブ」を観るとき、一緒にコメントを考えるなどしているそうです。
「最近は、娘から『この画像をアップしたい』と言われる機会が多いです。習い事の教室を応援する意味で、レッスン中に撮った写真や動画を上げることもあります。教室の公式アカウントが『いいね』で反応してくれたときは喜んでいました」
こうした取り組みは、家族仲を深めるだけでなく、ネットリテラシーの向上にも一役買っているそうです。他のSNS利用者や動画の配信主に、どのような言葉であいさつすべきか。そういったことを双方向的に議論し、確かめ合えるからです。
幸いにして、やすはららさん親子が、インスタ上に公開した写真が元で不利益を被ったことはありません。一方で命名書や幼稚園の制服など、慎重に扱うべき子どもの個人情報を含む画像を、無警戒に掲載する親は少なくないのが実情です。
だからこそ、最初に大人こそがSNSの使い方を学び、わが子と知識を共有していくべきではないか――。一連の行動は、そんな思いに裏打ちされています。
「いずれアカウントを娘に引き継ぎたいですね。近い将来、七五三の際などに撮った写真をSNS上で保管し、互いに見せ合い、人間関係を築く時代になるかもしれません。人生の『履歴書』として活かしてもらえたらうれしい、と思っています」
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