連載
砂糖ゼロでも甘い「コーヒー牛乳」シングルオリジンにこだわった理由
放牧牛乳を使って、今までにないコーヒー牛乳をつくりたい――。そんな思いから、北海道で放牧を行う牧場と、東京のコーヒーショップと組んで「シングルオリジンコーヒー牛乳」を開発しました。そもそも、スーパーに並ぶ牛乳がどんな風につくられているか知っていますか? 筆者が〝単一の牧場の生乳〟でつくったコーヒー牛乳の開発にこだわった理由を振り返ってみました。(木村充慶)
全国的にも珍しい放牧牛乳をあつめたミルクスタンドをオープンさせてから2ヶ月弱。ありがたいことに今のところ多くの方に来ていただいていますが、正直なところ不安もあります。
牛乳といえば、濃くて甘いものが美味しいと言われます。放牧牛乳はあっさりしつつも風味が強いのが特徴で、牛乳が嫌いな人にも飲んでもらえる価値があります。
ただ、牛乳が主役のミルクスタンドだからこそ、今来ていただいているのはほとんどが牛乳好きな方々です。
ある程度は予想していたものの、やはり牛乳が好きじゃない人にも放牧牛乳を飲んでみてもらいたいし、牛乳の未来を考えても、牛乳嫌いな人にも飲んでもらえる取り組みが必要だなと感じています。
そういった思いはミルクスタンドを作る前からありました。
ミルクスタンドとしても、水出しコーヒーの「水」の代わりに牛乳を使った「ミルク出しコーヒー」や、「ミルク出しほうじ茶」、砂糖の量を極力減らしてつくった「いちごミルク」など色々なアレンジ牛乳も提供していますが、それだけではなかなか広がらないと感じていました。
放牧牛乳を広げるためには、牛乳よりも他の飲料がメインである飲み物が必要では――。
オープン前、そのような悩みを抱えていた時に出会ったのが、東京・吉祥寺の「LIGHT UP COFFEE」代表の川野優馬さんです。浅煎りのコーヒーを販売する人気店のバリスタです。
川野さんのコーヒーの特徴はなんといっても、紅茶のようなフルーティーな味わい。ブレンドが多いコーヒー豆において、一つの品種、生産地にこだわり、豆本来の繊細な味を表現します。
一瞬「これがコーヒー?」と驚かせるような香りで、コーヒー嫌いを好きにさせることもあると言います。
放牧牛乳はあっさりとして繊細な風味が特徴なので、深煎りの豆で割ると風味がなくなってしまいます。川野さんに相談したところ、もともと牛乳が好きだったため、すでに放牧牛乳の魅力も知っていました。
すぐに意気投合して、コラボした商品を出すことに決定。「放牧牛乳の牧場と組んでオリジナルのコーヒー牛乳を製造・販売したいよね」という話になりました。
しかし、一緒にできる牧場はそう簡単には見つかりません。牧場主はとにかく忙しい。少人数で、休みなく働いている人たちが多く、新しいことをやるのも一苦労です。
だからこそ、やる気があって新しいことにどんどんチャレンジする牧場主とご一緒しないとできないと思っていたのですが、そこで巡り合ったのが北海道の「菊地ファーム」の菊地亜希さんでした。
ことし5月下旬、川野さんたちと「菊地ファーム」を訪れました。
放牧地の見学や搾乳体験をさせてもらい、牧場や牛乳への思いをじっくり聞きました。
最後に、牧場の牛乳と、川野さんの浅煎りコーヒーを使ってコーヒー牛乳を作ってみたところ、相性はバッチリ。
「これならできる!」。みんなの思いが一つになりました。
東京と北海道、距離は離れていますが、オンライン会議で打ち合わせを重ねて計画を進めました。
エスプレッソを東京で作って北海道に送り、牧場に併設された工場で放牧牛乳と混ぜて製造する方法に決定。
ネーミングやデザインも並行して進め、3ヶ月でコーヒー牛乳が完成しました。
一般的なコーヒー牛乳では、深煎りのコーヒー豆とクリーミーな牛乳の味を調和させるために砂糖を加えることが多いのです。
しかしこのコーヒー牛乳は「そのままの味」を楽しんでもらいたいと、砂糖を入れないことも大切にしました。
試作を重ねる中で絶妙なバランスが見つかり、放牧牛乳の本来の甘さが引き立っています。無糖なのに不思議と甘さを感じる仕上がりになりました。
それぞれの特徴的な味が際立ち、生産者の顔が見える――。そんなことも大切にしたいと、単一の牧場の牛乳、単一品種のコーヒー豆という「シングルオリジン」も大事にしました。
そうして、ネーミングは「シングルオリジンコーヒー牛乳」になりました。
北海道十勝の菊地ファームさんと、浅煎りのエチオピアでつくった、最高のコーヒー牛乳。
— 川野優馬 / LIGHT UP COFFEE (@yuma_lightup) July 17, 2022
今日も吉祥寺の中道通り LIGHT UP COFFEEの手前で14時過ぎまでポップアップ販売しています!僕も菊地さんも立っております!!!
みんな飲みにきてね。 pic.twitter.com/P9imZayZov
「シングルオリジン」にこだわったのは、牛乳の製造・流通に対する思いもありました。
そもそもスーパーに並ぶ牛乳がどのように作られているか、その過程を知っていますか?
牧場で飼われている乳牛は、1日2回程度搾乳されます。搾乳された「生乳」はタンクで冷蔵保存され、定期的に輸送車で集められ、製造工場まで運ばれます。
このとき、様々な牧場から集まった生乳は大きいタンクに入れて混ぜられ、殺菌されます。
これが「牛乳」です。パックに詰められ、全国各地に配送され、スーパーに陳列。ようやく、みなさんの手元に牛乳が渡ります。
チーズやヨーグルトといった乳製品も同じように作られます。地域ごとに大手の乳業メーカーの工場があり、近くの牧場の生乳が集められ、乳製品が作られた後、各地に配送されます。
つまりシングルオリジンではなく、さまざまな牧場の生乳が混ざっているのが、いつも売られている牛乳や乳製品です。
しかし旅先で、単一牧場の牛乳やヨーグルト、チーズなどを買った経験がある人もいるのではないでしょうか。そこには牧場の涙ぐましい努力があります。
「自分たちだけの生乳で牛乳・乳製品をつくりたい」と思った牧場は、製造するための工場を作る必要があります。
ただし、乳製品の製造には様々な設備が必要で、初期費用は2000万円以上かかると言われます。
また、乳製品は衛生管理が非常に厳しく、保健所が設備や機材、運営方法などを細かくチェックします。なかなか製造許可がおりず、苦戦する牧場も少なくありません。
大変な思いで作られた乳製品ですが、販路を広げることも簡単ではありません。ただでさえ、牧場の運営や製造販売で手いっぱい。
認知拡大のために営業したり、サイトやSNSで広報したりする時間を十分にかけられず、思うように売ることができない牧場も少なくありません。
そんな背景から、工場を持っていても、搾った生乳の一部しか自身で販売することができないという牧場がほとんどです。
多くの生乳は、他の牧場の生乳と合わさって、大手メーカーの乳製品になります。牧場の名前を冠した牛乳の販売というのはとても大変なことなのです。
今回コラボした菊地ファームでも、自社で製造した牛乳や乳製品は全体の生乳の1割未満といいます。そのほかは近くの工場で作られるチーズになるそうです。
菊地ファームの牛乳はあっさりしているのに、爽やかな甘味がある唯一無二の牛乳です。
そんな個性的な牛乳が混ぜられてチーズになってしまうのは、筆者はやや寂しい気持ちになります。
ここまで読むと、生乳を混ぜることが悪いように感じる方も多いかと思いますが、そうではありません。
生乳は地域ごとに農協などが牧場から買い取る制度になっています。
もし生乳が余ってしまっても、すべての生乳を買い取って牧場主を守ってくれます。これは、食料として大切な生乳の生産を守る意味合いがある制度です。
また、様々な生乳を混ぜることで、味が均質化されます。
料理などで使う場合は味が安定していた方が使いやすく、意図的に一般的な牛乳を利用する飲食店も少なくありません。
様々な牧場の生乳を集めて大量に乳製品をつくるので、配送もまとめられ、コストも安く抑えられます。牛乳1リットルを100円台で買えるという消費者としてのメリットにも貢献しています。
シングルオリジンの牛乳も、一般的な牛乳も、どちらもすばらしい牛乳なのです。ただ、筆者には牧場主たちが一生懸命作っている牛乳を、そのままの味で感じてもらいたいという思いが強くありました。
特に「放牧牛乳」ではその違いが顕著に出ます。
地域によって違った草を食べているし、牧場の育て方によっても乳質が変わり、決して同じ味にはなりません。さらに、生えている草の変化で季節によって味も変わります。
牧場ごとに味が異なり、四季折々の味になる放牧牛乳の魅力を多くの人に伝えたい。その答えの一つが、放牧牛乳の「シングルオリジンコーヒー牛乳」でした。
菊地ファームさんの製造工場の稼働を増やし、うまく活用させてもらうことも大切にしました。
その方が私たち販売側にも手間や費用を減らすことができ、ウィンウィンの取り組みになると思いました。さらに良い形を探っていきたいと思っています。
ウクライナ危機などを発端にした穀物や燃料の高騰で、酪農業界も厳しい状況になっています。「このままだと酪農を続けられない」と話す牧場主たちもおり、このままでは、牛乳の安定価格も揺らぐ可能性があります。
小さな取り組みではありますが、一つ一つの素敵な牧場の魅力を伝えることで、少しでも酪農業界に明るい事例を作っていければと思います。
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