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親知らず「歯肉を切開、顎の骨を削る」手術 どうしてこうなった?

奥歯が「大変なことになっている」と言われ……。※画像はイメージ
奥歯が「大変なことになっている」と言われ……。※画像はイメージ 出典: Getty Images

目次

重い腰を上げて受けた歯科検診で、歯科医から口の中が「大変な状態になっている」と言われ、慌てた記者。原因は遅く生えた親知らずでした。かかりつけでの治療を終え、ついに親知らずを抜歯することになりましたが、その治療は「歯肉を切開して顎の骨を削る」という大がかりなもの。専門医への取材を交え、ことの次第をまとめます。(朝日新聞デジタル機動報道部・朽木誠一郎)
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なぜ親知らずを抜く?

コロナ禍で足が遠のいていた歯科医院。記者は歯科検診で口の中が「大変な状態」と言われ、慌てました。発覚したのは、親知らずが原因の「歯周病」でした。

日本歯周病学会​​によれば、歯周病は日本人が歯を失う原因の第一位。プラーク(歯垢)中の歯周病原細菌によって引き起こされます。

歯周病でまず起きるのが、歯の周りの歯ぐき(歯肉)の炎症で、これが歯肉炎。さらに歯肉から周囲の骨などの組織まで炎症が進行すると歯周炎となります。

歯周炎では、歯を支えている骨が溶けてしまう(骨吸収)ことで、歯の揺れが始まり、場合によっては歯が抜けたり、治療として抜いたりしなければならなくなります。記者は下の二つの親知らずの隣の奥歯がこの歯周炎になっていました。

では、なぜ親知らずが歯周病を引き起こすのでしょうか。日本歯周病学会の歯周病専門医である汐留高橋歯科医院院長の高橋潤一さんに話を聞きました。高橋さんは「親知らずの周辺は磨きにくく、汚れが溜まって虫歯になりやすいだけでなく、歯周炎につながることが意外と知られていません」と指摘します。

親知らずは、大臼歯(大人の奥歯)の中で最も後ろに位置する歯。永久歯の中で最後に発育し、概ね10代後半から20代前半に生えてきます。上あごの左右と下あごの左右の計4本が基本ですが、もともとない人や、4本が揃っていない人など、個人差があります。

そして、後から出てくるために、生えるためのスペースが十分でない、生える方向が通常と異なるなどの理由で、埋伏(埋まった状態)していたり、傾いてきちんと生えてこなかったりすることがしばしば見られるのも特徴です。
親知らずとは/親知らずの生え方
親知らずとは/親知らずの生え方 出典: 朝日新聞社
「歯ブラシが届きにくい上、歯が傾いて生えていると、親知らずと歯ぐき、あるいは親知らずと隣の歯の間に隙間ができるため、汚れが溜まって歯ぐきの炎症が起きやすい​​という面もあります」

そうすると、親知らずの周囲が不潔になりやすく、歯肉の炎症を起こしやすい状態に。これが「智歯周囲炎(ちししゅういえん)」と呼ばれる病気です。
智歯周囲炎とは
智歯周囲炎とは 出典: 朝日新聞社
高橋さんによれば、記者の奥歯はコロナ禍の最中に生えてきた親知らずにより、まさにこの智歯周囲炎となっており、最初に診察した歯科医の言う「大変な状態」だったということでした。

高橋さんは「進行しきってしまった智歯周囲炎でなければ、親知らずを抜歯し、並行して自分の歯並びを理解した上で、治療と、自分でも丁寧にブラッシングを継続すれば、歯周炎を改善し、歯を保存することは十分に可能」だとします。

かかりつけの歯科医院で可能な限り、歯周炎を起こしている歯の周りの歯垢や歯石を削り落とし(スケーリング)、炎症を抑えた上で、いよいよその原因である親知らずを抜歯することになりました。

隣の奥歯を失うことも

多くは20代前半までに生える親知らずですが、記者のように30代で生えてくる人も中にはいることがわかっています。

日本歯科医師会を取材しました。親知らずの抜歯は、正常に生えている場合には、普通の歯を抜くのと同様に比較的、簡単に抜くことができるといいます。

しかし、「親知らずの大部分が骨の中に埋まっている」「歯の根の形が複雑」などの条件下では、「歯肉を切開したり、骨や歯を削ったりする」ため、かなりの注意と手間が必要となるそうです。ここで、同会が発信する『8020テーマパーク』によれば、親知らずを抜いた方がいいのは以下の場合です。

①親知らず自体あるいは手前の歯も虫歯になってしまった。
②横向きに埋まっていて前方の歯に障害を及ぼしている。
③いつも食べ物が詰まったり、歯肉の腫れや痛みを繰り返したりしている。
④骨の中に完全に埋まっているが、周囲に嚢胞がある。

ここで、記者の親知らずは「横向きに埋まっていて前方の歯に障害を及ぼしている」、水平半埋伏と呼ばれるものでした。文字どおり、横向きかつ、半分だけ埋まっている状態です。

この状態で、歯周炎により手前の奥歯の骨吸収が進みすぎると注意が必要で、あまりにも進んでしまうと、奥歯を失うことになります。

聖路加国際病院歯科口腔外科部長の小澤靖弘さんに話を聞きました。小澤さんによれば、下顎の水平埋伏歯の抜歯では、まず麻酔をしてから歯肉を切開します。歯肉の下の骨を露出したあと、切除して、今度は埋まっている歯を露出させます。

歯冠が露出したら、今度はその歯冠を埋まった歯の根本から分離。生え方により、骨と歯の間に器具を挿入したり、歯をさらに縦に分割したりして、骨から出します。抜歯できれば、歯肉を縫合して手術は終了です。

水平埋伏歯ではこのような手術が必要になるため、大学病院などの医療施設で抜歯が行われることが多いとのこと。事前にレントゲンやCTを撮影し、診察を受けた上で、手術は1時間程度。手術の費用は、保険適用で5000円前後です。経過が順調であれば手術から1週間後に抜糸をして、治療終了となります。

かかりつけ医に紹介された高度な治療ができる医療施設で実際に抜歯をしました。事前にネットなどで調べると、やはり「歯肉を切開して顎の骨を削る」​​という情報がヒットして、やや気分が落ち込みます。

個人差も大きいため、あくまでも参考までにですが、記者にとって手術自体はあっという間でした。麻酔をされるので、手術中は痛みもさほど感じません。ただし「器具により強く何かをされている」ことはわかるので、器具のたてる音なども相まって、怖さはありました。

むしろ、大変だったのは手術後。1〜2日後には顎が腫れ、引くまでに数日間はかかります。傷口にしみる感覚も1週間ほど続きました。

また、痛み止めを処方されましたが、それが切れると親知らずがあったあたりにズンズンと鈍痛が続き、生活にも支障が。もともとの炎症の程度によるとのことですが、記者の場合は10日ほど、薬が手放せませんでした。

なお、片方の親知らずを抜いた後、「これがもう一度あるのか」と思い出してしまうと、それが何よりも憂鬱なまま次の手術の日を待つことになります。

身近な無料検診の活用を

とはいえ幸いなことに、記者は歯周炎により「奥歯を失う一歩手前」(かかりつけ医)の状態で、親知らずを抜き、状態を改善できるようになりました。実は、すでに隣の奥歯の見えない位置が虫歯になっていることも手術前は心配されていましたが、それもありませんでした。

汚れにくい状態になったため、ここからは日々の自分の努力=ブラッシングにより、いかに歯を守るかの勝負になります。

振り返って強く思うのは、「あのとき歯科検診を受けておいてよかった」ということです。

記者の住む自治体では、定期的に無料の歯科検診を実施しています。ポストに届いた案内に気づき、なんとなく重い腰を上げなかったら、30代にして奥歯を失うことになっていたかもしれません。

「遅く生えてきた親知らず」という、予期しにくい原因。そのために奥歯の周りの骨が吸収されているレントゲンを最初に見たときのゾッとした気持ちは、今でも忘れられません。

少し前に「国民皆歯科健診※」(※特定の病気を想定しない場合は健診)が話題になりましたが、実は自治体や企業、健康保険組合などには、かねてから無料の検診・健診を実施しているところが多くあります。

これは、歯の健康が心疾患や慢性腎臓病、呼吸器疾患、骨粗鬆症、関節リウマチ、悪性新生物(がん)、早産・低体重児出産など、さまざまな全身疾患と関連していることがわかっているからです。

​​コロナ禍をきっかけに、歯医者さんから足が遠のいているという人がもしいたら。ぜひ、この機会に、自分の身近なところで、前述したような検診・健診が実施されていないか、調べてみるのはいかがでしょうか。

そして、もしそれを見つけたら。億劫に感じるかもしれませんが、記者のように歯周炎が進行する前にぜひ、そうした仕組みを活用してほしいと思います。

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