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連載

#17 #啓発ことばディクショナリー

戦争に便乗、軍歌で煽動…辻田真佐憲さんが語る企業と国の危ない関係

プロパガンダが「商売」になる怖さ

戦時中、人々を戦争に動員するため、様々な「プロパガンダ」が駆使されました。商機を見いだした企業も便乗し、煽動に加担した経緯があります。現代の労働にも引き継がれているかもしれない、その精神性について、近現代史研究者・辻田真佐憲さんと考えました。(画像はイメージです)
戦時中、人々を戦争に動員するため、様々な「プロパガンダ」が駆使されました。商機を見いだした企業も便乗し、煽動に加担した経緯があります。現代の労働にも引き継がれているかもしれない、その精神性について、近現代史研究者・辻田真佐憲さんと考えました。(画像はイメージです) 出典: Getty Images

目次

人々の仕事に対する士気を高め、効率よく働かせようとする――。企業の中には、そんな意図をもって、様々な「言葉」を駆使するところがあります。第三者の心のありようを変えるための、造語やスローガン。それらの形式は、政治的なメッセージの拡散に用いられる、プロパガンダとよく似ているのではないか。気になった筆者が、評論家・近現代史研究者の辻田真佐憲さんに、疑問をぶつけました。(withnews編集部・神戸郁人)

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#啓発ことばディクショナリー

「人罪」「非国民」響き合うもの

筆者は主に企業が取り扱う、様々な造語の成り立ちについて調査してきました。「役に立つ人物」という意味の単語「人材」を書き換えた、「人財」が代表例です。読者の中にも、求人広告などで見かけた人がいるのではないでしょうか。

これらの言葉は、労働者に対して使われます。特徴の一つが、雇い主の視点から、働き手を価値付ける機能を持つこと。「人財」であれば、自主的に能力開発に勤しみ、常に高い業績を上げる人物といったイメージが導き出されます。

筆者は一連の語彙(ごい)を、自己啓発にちなみ「啓発ことば」と呼んできました。啓発ことばには、働き方の理想像をつくり、組織の活性化を促す側面があります。ただ使い方を誤ると、労働者の選別や搾取につながりかねません。

「人罪」「人在」。前者は「会社に不利益をもたらす社員」、後者は「会社にいるだけの社員」という意味の造語です。「人財」の対義語として用いられてきました。企業が望ましくないと見なした働き手を可視化する、烙印にも似た役割を果たしているのです。

一定の基準に従い、人間性を区分する言葉の力が、国家全体にまで及んだ時代があります。戦前・戦中期です。愛国心を高め、外国への敵意を煽(あお)る。そのためのスローガンに同調できない人々を、「非国民」と蔑(さげす)む風潮も生まれました。

当時の社会情勢の成立には、政治の影響が大きいと思われがちかもしれません。一方でこれに加えて「戦争に便乗した企業の働きにも注目すべきだ」との意見もあります。辻田さんは、このような立場を取る一人です。詳しく話を聞きました。

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画像はイメージです。 出典: Getty Images

プロパガンダ・三つの構成要件

辻田さんは政治と文化・娯楽の関係性を軸に研究を進めています。近現代史にまつわる書籍を多数発表し、プロパガンダを取り扱ったものも少なくありません。

そもそも、プロパガンダとは何なのか。まず最初に、定義について聞いてみました。

「一つは『政治的』な内容であることです。商品の宣伝など、単なるCMとは異なります。次に『組織的』に行なわれること。さらに言えば、相手の思考を知らず知らずのうちに変えるという特徴も含まれます。『半強制性』と表現できるでしょう」

「半強制性」とは、生々しい言葉です。しかし、どうして「半」が付くのでしょうか? 

ときの政府によりプロパガンダが主導されたことは、容易に想像がつきます。辻田さんいわく、情報を広める上で、意外にも「楽しさ」が重んじられたというのです。

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画像はイメージです。 出典: Getty Images

宝塚歌劇団の「軍国レビュー」?

分かりやすい事例を、辻田さんの著書から引いてみましょう。『たのしいプロパガンダ』(2015年、イースト新書Q)には、戦前・戦中期の時局宣伝に、様々な文化芸術が活用されたと紹介されています。

事例の中でとりわけ目を引くのが、1934年5月に宝塚歌劇団が上演したとされる、六部構成の軍国レビュー「太平洋行進曲」です。

冒頭に描かれるのは、太平洋上で暮らす日本海軍水兵たちの日常です。中盤まで上官と部下のコミカルなやり取りが続きます。ところが第五部にあたる「第五景 上海事件」で雰囲気が一変。中国軍との血なまぐさい戦闘シーンが展開されます。

「上海事件」は、1932年に上海で発生した、日中両軍の軍事衝突「第一次上海事変」に着想を得たと思われます。そして登場人物たちが軍歌を口ずさみ、上演月の27日が「海軍記念日」であると告げる場面で、終幕を迎えるのです。

実はこの演目は、対馬海峡で日本海軍がロシア艦隊を打ち負かした、日本海海戦(1905年5月27日)での勝利を顕彰するためのものでした。華やかな歌劇の最終盤に、軍国主義的なメッセージを凝縮して織り込む。そんな構成で観衆の心を揺さぶったのです。

「思想強制の意図が明らかだと、国民から反発を受けてしまいます。だからこそ当時の軍部を中心に、情報を効果的に届ける方法が、熱心に研究されていました。折に触れて、その重要性を説いた軍人もいたほどです」(辻田さん)

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画像はイメージです。 出典: Getty Images

結託した新聞社とレコード会社

辻田さんによると、軍歌もプロパガンダと相性が良かったそうです。例えばレコード会社と新聞社は、戦争を「商機」と捉えて結託。前のめりに作品を量産しました。その好例が「爆弾(肉弾)三勇士」にちなんだものです。

先述した「第一次上海事変」の最中、三人の工兵が爆弾を抱え、中国軍の陣地内で自爆する事件が起きました。工兵たちは英雄視され、愛国的な空気が日本中を覆い、民衆は沸き立ちます。

この動きに乗じたのが、新聞社です。朝日新聞が「肉弾三勇士」、毎日新聞が「爆弾三勇士」と名付けた軍歌をつくろうと、紙面上で歌詞を公募。懸賞金付きという事情も手伝い、前者に約12万件、後者に約8万件もの応募があったといいます。

そしてレコード会社が曲をつけた軍歌は、大ヒットを記録しました。こうして振り返ると、当時の報道機関・民間企業とも、進んで国策に手を貸していたように思えます。なぜ立ち止まれなかったのでしょうか? 辻田さんはこう指摘します。

「レコード会社は元々、同業他社と熾烈(しれつ)な売り上げ競争に明け暮れていました。とはいえ表現規制が強まった戦時中に、従来と同じような作風の曲を出すことは難しい。かといって制作をやめると、印税も契約料も入ってこなくなってしまいます」

「そこで有事の際にも売りやすい、軍歌に着目したわけです。新聞で歌詞を募れば、レコードの販路を拡大できます。応募者は採用されたら懸賞金がもらえて、国も得をする。みんなが『ウィンウィン』になるから、誰も止められなかったのでしょう」

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画像はイメージです。 出典: Getty Images

権力と楽しさという共通項

辻田さんの語りを聞きつつ、筆者はプロパガンダと「啓発ことば」の共通項について考えてみました。少なくとも二つの点で、通底する部分があるのではないかと思っています。

一つは、情報の発信者と受信者の間に、ある種の権力関係が存在することです。

プロパガンダは人々の生活への影響力を持つ国家が、国民に対して思想を植え付ける営みと言い換えられます。翻って「啓発ことば」は、人事権を有する企業が、望ましい労働者のイメージを雇用する働き手に浸透させる手段となってきました。

国家と企業が行使できる権限の強さは、大きく異なります。今回の例で言えば、戦前・戦中期と現代という、時代の違いも考慮しなければなりません。

一方で、権力を持つ側(国家・企業)が理想とする思想や人物像を示し、権力を持たざる側(国民・働き手)を巻き込んでいく構図は酷似しています。

もう一つは、いずれも「楽しさ」の演出を重んじる点です。戦前・戦中期の軍国主義には、個人の行動や自由を縛る側面があります。また労働についても、業務中は仕事以外の活動が制限されます。その意味で、本質的に苦しみを伴うものと言えるでしょう。

それぞれ、明るく前向きなものとして意義づけなければ、広く受け入れられることはない。だからこそ、国家は宝塚歌劇団に軍国主義を賛美させ、企業は「人財」という言葉を発明しなければならなかった――。そんな仮説が立てられそうです。

もちろん、プロパガンダと「啓発ことば」は別物。単純には比較できません。しかし両者の構造を分析すれば、自分が情報の受け手となったときに、取るべき行動を吟味するための材料になるかもしれない。そう感じています。

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辻田真佐憲(つじた・まさのり)
1984年、大阪府生まれ。評論家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。単著に『防衛省の研究』(朝日新書)、『超空気支配社会』『古関裕而の昭和史』『文部省の研究』(文春新書)、『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、共著に『教養としての歴史問題』(東洋経済新報社)、『新プロパガンダ論』(ゲンロン)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。
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【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。毎週金曜更新。記事一覧はこちら

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