連載
#9 ここは京大吉田寮
無一文旅で「ここで働かせてください!」 恐竜姿で帰還した経緯とは
ヒッチレース参加者インタビュー4人目です

京都大学吉田寮の寮祭名物企画「ヒッチレース」。参加者は目隠しをされてドライバーから「国内のどこか」へ車で飛ばされ、ヒッチハイクを駆使して寮への帰還を目指します。ミキサー車の運転手として普段働いている女性は、「ティラノサウルスになって」石川県から帰ってきました。「来年は息子と参加したい」というほど満喫したようです。(朝日新聞withnews編集部・川村さくら)
〈ヒッチレース参加者インタビュー〉
築112年の京都大学「吉田寮」の寮祭名物「ヒッチレース」。参加した5人に帰還の過程を聞きました。今回は4人目です。
1913年に建てられ、現存する国内最古の学生寮といわれる京大「吉田寮」。今年は5月24日~6月1日に「寮祭」が開かれました。
その名物企画がヒッチレースです。55人が参加しますが、そのうち寮生は一部で、寮や大学の外からも多くの人がやってきました。
その名物企画がヒッチレースです。55人が参加しますが、そのうち寮生は一部で、寮や大学の外からも多くの人がやってきました。
5月24日0時。多数のドライバーたちの車にくじで振り分けられ、参加者たちは分かれて乗車します。到着するまで、どこに降ろされるのかは見当がつきません。
さらに、企画の運営側が推奨するのは「手ぶら」での参加です。つまり、身一つで見知らぬ土地からスタートすることになります。
「レース」といえど帰還の「早さ」を競うわけではありません。帰還の過程の「おもろさ」が注目され、参加者たちは後日寮で開かれる「お土産話会」で聴衆にエピソードを披露します。
記者が話を聞いたのは、京都市に住む20代後半の「ももも」さんです。
2年前の春、吉田寮の前を通りがかると寮祭が開かれていてふらっと立ち寄りました。そこで寮生からヒッチレースのことを聞いて、「楽しそう!」と興味を持ちました。
昨年参加するつもりでいましたが、集合時間の「0時」を「24時」と勘違いしていて逃しました。このミスは、インタビューした他の参加者も経験していたので「あるある」のようです。
ようやく参加できた今回、ドライバーに「飛ばされ」たのは石川県七尾市能登島の「のとじま水族館」でした。
午前9時に下車して、車3台にお世話になって吉田寮には翌日夜に帰還しました。帰還はレース全体で34番目でした。
もももさんは「このレースの中では一番優雅に楽に帰ってきたと思います」と道中のエピソードを教えてくれました。
朝ののとじま水族館は来園する人ばかりで、今からどこかへ移動する人はなかなか見つかりません。
清掃中のおばあちゃんを見つけて「ここで働かせてください!」。ジブリ映画で聞き覚えのあるせりふを口にしましたが、人手は足りているそうで断られます。
道で乗せてくれる人を探そうとしますが、「最初は親指を立てるのが恥ずかしくって抵抗がありました。でも『やらなしゃーないな』って両手を振ってたら一発で車が止まってくれました」と振り返ります。
企画の趣旨を説明して、「島を出たいんですけど…」と相談すると、車の女性は「いいですよ!」と快諾。
無一文であることを伝えると、仕事や寝床までくれることになりました。
車に10分ほど乗って到着したのは、女性がスタッフをしているカフェ。野生のイルカと泳げるツアーも提供しているここには、4年前に旅行で訪れたことがありました。
「めっちゃミラクルやなって思って。旅行で来たことを伝えたら『おかえり』って言ってもらいました」
紹介してもらった仕事は、マルシェでの呼び込み。能登半島地震からの復興を目指すイベントで、バイト代として6000円をもらいました。
夜はカフェの宿泊者用の部屋を用意してもらい、電気毛布にくるまって熟睡しました。
翌日はカフェが出店するティラノサウルスレースのイベントへ。会場の子ども用エリアでスタッフとして働き、謝礼として4000円をもらったそうです。
そのイベント参加者に、大阪から来ていた還暦間近の男性がいて、京都まで乗せてくれることになりました。
京都東インターチェンジで降ろしてもらった時には、すでに夜。「寒い」と話していたら、男性は使っていなかったティラノサウルスレースのスーツをくれました。
インターチェンジそばの道路でティラノサウルス姿でヒッチハイクをすると、20代くらいの男性がすんなり車を止めて乗せてくれて、京大まで戻ってきました。
もももさんは喫煙者ですが、能登では食事どころかたばこまで恵んでもらえたそう。
「1日3食とニコチンとふかふかのベッド、バイト代でお土産もたらふく買えて満喫しました」と振り返ります。
4年ぶりに能登へ足を運べたことやバイトを通して震災後の能登に触れられたことをうれしく思っています。
「能登半島地震があってどうなってるんやろってずっと心配だったんです。今回やっと行けたけど、やっぱり街に人が少なかった。でも復興のためにがんばっている人たちの姿も見られて、また出かけたいなと思いました」
来年は中学生の息子と一緒に参加したいと意気込んでいます。
「いろんな人が力を貸してくれて、すごく温かかった。自分自身も強くなって帰ってきたなって思うし、息子にもこの経験をしてほしいです」
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