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答弁で聞く「これあり」ってそれ何…?〝漢文調〟がポロッと出るとき
総理の外遊日程もこれあり……
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総理の外遊日程もこれあり……
「総理の外遊日程もこれあり、両立するためにはそんなことも必要かなと……」。国会答弁などでもよく聞かれる「これあり」は、新聞記事の中にも登場します。新聞社の校閲の姿をマンガと共にお伝えする「こうえつ堂」。今回は、やや格式ばっている、もったいぶってるような「これあり」を紹介します。(朝日新聞校閲センター記者・丹羽のり子)
「これあり」って言う人たちって、なにあれ?
国会答弁や議員の談話なんかで「これあり」という言葉を聞くことはないでしょうか。
「経済団体も大変なんだという話もこれありなわけですよね」
「賃上げのマインドが冷やされるということもこれありますから」
「総理の外遊日程もこれあり、両立するためにはそんなことも必要かなと」
朝日新聞の記事にも見えます。
「新幹線や高速道網への投資もこれあり、日本は年平均10%の成長を記録」
「家庭の事情もこれあり……」
なぜ、「これあり」って使うんでしょう? 話のつなぎことば、もしくは「箸休め」のような感じです。
言い換えるとすれば、「こうした理由で」「もろもろあって」ぐらいでしょうか。
「これあり」は「有之(これあり)」。そう、漢文です。ひっくり返して読みます。
漢文なんて、高校の授業でやったきり、古文のあとに、漢文は急ぎ足で習ったような記憶が……。
で、これは訓読のことばです。訓読というのは、かんたんに言えば、漢文を日本語で読むこと。
「漢文を日本語の文法に従って、語の順序を変えたりしながら直訳的に読むこと」(大辞林・第4版)です。
ひっくり返って読むなんて超絶技、なんてむずかしい!と思いませんでしたか。レ点や一・二点を追っかけながら、苦労して論語や故事ものを読んだものです。
実は私も入社してから、聞くようになったことば。最初はちょっとびっくりしました。
こうしたことばを〝のたまう〟のは、年齢を重ねた人が多い気がしますが、どうでしょうか。やや格式ばっている、もったいぶってる……。会議中の発言や、説明・演説など公式な場が多いでしょう。古いことば遣いを無意識に口にしているようです。
似たような「漢文調」で、こんなのも聞きませんか。「いわんや」「むべなるかな」「~をもって」「しかるに」……。
ちょっと硬派な例を出すとすれば、憲法にも漢文調はみえます。
憲法9条の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」。すっと頭に入ってきましたか?
ふつうの日本語文なら「戦力を保持しない」です。でも、この文では「を」で受ける言葉を前に出しておいて、「これ」で再び示すのです。
こうした用法を「再帰格のこれ」と説明している本があります(明治生まれの国語学者・山田孝雄『漢文の訓読によりて伝えられたる語法』)。
さて、こういう漢文調がポロッと出る人はいませんか。会社で学校で、だれかが言いそうな感じです。
そんなときは、コレアリ!ときたら、ソレアリ!とでも、すかさず合いの手を入れてみるとか。場がなごむか、凍るか、スルーされるか。それも、亦(ま)た楽しからずや。
〈イラスト・澤田有希子〉校閲のマスコット「ルー」と四コマまんがの作画を担当。子育てをするかたわら、アニメーターとしても活動中。趣味はドラマや漫画鑑賞。
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