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連載

#15 #啓発ことばディクショナリー

「裁量労働」という名の搾取、それでも支持される理由とは?

根っこにある信頼失った「労働運動」の実態

「裁量労働」と言いながら、仕事のやり方を決める上で、働き手に十分な裁量が与えられていない……。そんな矛盾した状況を覆う言葉について、労働問題の専門家・今野晴貴さんと考えました。(画像はイメージです)
「裁量労働」と言いながら、仕事のやり方を決める上で、働き手に十分な裁量が与えられていない……。そんな矛盾した状況を覆う言葉について、労働問題の専門家・今野晴貴さんと考えました。(画像はイメージです) 出典: Getty Images

目次

近年、盛んに語られるようになった「成果主義」や「裁量労働」という言葉。業績に連動して待遇が向上し、思い通りに働くきっかけになるとして、前向きに受け止められることが少なくありません。しかし労働問題の専門家・今野晴貴さんは、そうしたイメージとはほど遠い現実があると指摘します。過酷な労働の強制につながりかねない、企業が発する聞き心地の良い言葉と、どう向き合うべきか。考えました。(withnews編集部・神戸郁人)

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#啓発ことばディクショナリー

「散々働かされる」イメージへの反発

仕事のしやすさを打ち出す言葉が、世の中にはあふれています。柔軟な働き方を促す目的で、事前に決められた残業代を給与に上乗せする「裁量労働制」は、その一つです。

仕事量を調整できる権利を、あたかも保障してくれそうな制度。しかし今野さんは「いくら働いても残業代が増えないため、社員にノルマを課し続ける企業も多い。仕事の裁量をもち成長できるイメージとは、ほど遠いのが実情です」と話します。

一方で学生などと対話すると、裁量労働制への良い印象を語る人々が、意外なほどたくさんいるのだと教えてくれました。

「上の世代の人たちはあぐらをかき、若い世代を散々働かせている。そんなイメージが、メディアや親を経由して拡散されています。だから『仕事の進め方を自由に決められる』とうたう企業が、まっとうに思えるのかもしれません」

画像はイメージです。
画像はイメージです。 出典: Getty Images

若者が「成果主義」に共感する理由

最近よく聞く「成果主義」の認識も、裁量労働制の場合と似ているといいます。

今野さんによれば、2000年代は「会社に無理なことをさせられる」と反発を受けることが少なくありませんでした。それが今や、積極的に肯定する若者が多いというのです。

このような傾向は、実は「ブラック企業」への評価とも共通しています。当該企業に入る若者の中には、過酷な労働を通じて自らを高めたい、と考える人もいるそうです。上昇志向が強い人ほど、むしろ誘惑されやすい特徴があるといいます。

筆者は2010年代前半に就職活動をした一人です。リーマンショックや東日本大震災の余波が残り、企業側も厳選採用を意識していた記憶があります。「選ばれる」ため厳しい仕事もいとわない――。学生の間に、そんな空気が漂っていました。

近年はこうした状況に加えて、旧態依然とした働き方への反発が、これまで以上に強まっている。背景には、若い人々の年長世代への複雑な感情がある……。今野さんは、そのように語ります。

「一昔前は『成果主義反対』『リストラ反対』といった主張が、ある程度社会に響く感じがありました。しかし今では、こうした反対論は、現状維持を意味すると捉えられています。企業の命令で、無限に働かされる労働の在り方の象徴と受け止められているんです」

「成果主義の論理が根付けば、閉塞感をぶっ壊してくれる。そんな思いが解雇規制をなくそうという主張への賛成にもつながっています。もう一つは、『成果主義』の意味が、政府の言ったとおりに『自分の責任を果たしたら先に帰っていい』という意味だととらえられていることです。どちらも日本型雇用の改革への願望が、逆にブラック企業的な論理を強める人事や政策に共鳴してしまっているのです」

加えて、次のような危険性についても指摘しました。

「ちなみに、『成果主義』も本当に厳密に行われるのであれば、ブラック企業の無理な命令に歯止めをかける制度になり得ます。ところが、実際の法律ではノルマや成果の規制はありませんから、高プロや裁量労働とセットで、無限のノルマ地獄に陥るリスクがあります。そこがうまく伝わっていないようです」

画像はイメージです。
画像はイメージです。 出典: Getty Images

不満をすくい上げられない労働運動

ここまでのやり取りを通じて、ふと思いました。成果主義が導入されると、必然的に仕事の評価が厳しくなります。誰もが常に業績を上げられるわけではないし、心身の不調で働けなくなれば、一気に職を失いかねません。

裁量労働制ひとつとっても、本来の目的が必ずしも達成されていないのは明らかです。報道機関の中には、この制度を採り入れているところがあります。しかし取材先の都合に合わせて働くことも多く、過重労働の是正が常に叫ばれてきました。

にもかかわらず、一連の制度が、どうして好意的に受け止められるのでしょうか? この点について、今野さんは「はっきり言って、労働運動が腐っているからだと思います」と述べました。

「例えば解雇規制に反対している労働組合のメンバーが、年配の人々であることは珍しくない。若者からすれば、既得権者です。今までの働き方で利益を得ているため、『おっさんたちが何か言っている』と捉えられかねません」

「すると、むしろ現状を打破してくれた方が、チャンスが増えると考えるのは自然でしょう。若い人たちが、『自分たちのためのものだ』と思えるような労働運動がないのは、大きな問題だと感じます」

今野さんいわく、日本の労働組合は企業別に組織され、正社員組合員の賃上げを目指すのが基本。非正規労働者や社外の人々の加入は想定されておらず、内向きな活動になりがちです。

最近では、徐々に非正規の働き手の組織化も進んできました。「ただ果たして、本当に彼ら・彼女らの意見を代弁できているかは疑問も残る」と、今野さんはいぶかしみます。こうした点も労働運動が信頼を失った原因と言えるかもしれません。

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画像はイメージです。 出典: Getty Images

「利害は何なのか」考える大切さ

近年は業務のデジタル化が進むなどして、仕事の内容や、働く環境が加速度的に改められています。その変化に「自己責任で適応すべき」との風潮が強まりつつある印象が、筆者には拭えません。

成果主義にまつわる議論の盛り上がりも、こうした動きの延長線上に位置づけることができそうです。しかし企業側が労働者に命令を出し、無限に従わせられる状態を見直さなければ、かえって働きやすさが損なわれるように思います。

そこで注目したいのが「裁量労働」を始めとした働き手を「使う」側の言葉です。労働者に寄り添うようで、搾取を助長しうる語句と向き合う。そのために何を意識すれば良いのでしょう? 今野さんに尋ねると、こんな答えが返ってきました。

「難しい問いですが……。大事なのは『利害は何なのか』と、よく考えることではないでしょうか。企業の言うことが、自分自身が幸せに生きる上で役立つか。本当に自分に対して向けられた言葉か。冷静に見定めるシビアさが不可欠ですよね」

「働き手を直接雇用せず、『自営業者』として扱う企業があります。関係者から『自由に働けて成功のチャンスがあるよ』と言われたとき、その裏にある目的を読み解いてみる。すると『労働法が適用されないからでは?』と分かるわけです」

「もちろん企業が労働者を育て、利益を出し、賃金を上げるといった良好な労使関係もあり得ます。しかし歴史を紐解(ひもと)けば、そうした労使の関係性は、労働者側の権利主張を契機に、会社が妥協したときにいつも生まれるのです」

経営者と労働者の間では、利害が対立している。だからこそ交渉し、仕事をするための条件を整えていく――。それが雇用関係であると今野さんは話します。企業が働き手に何をさせたくて、ある言葉を使うのか。疑問に思う大切さを思いました。

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今野晴貴(こんの・はるき)
NPO法人POSSE代表。年間5000件以上の労働相談に関わり、労働問題について研究・提言を行っている。 著書に『賃労働の系譜学』(青土社)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)など。 一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)1983年生まれ。仙台市出身。
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【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。毎週金曜更新。記事一覧はこちら

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