6月上旬のある日、「ダイエット」「筋トレ」にまつわる2つの商品について、問題点を報じるニュースが流れました。“安全ではない”もの、“根拠がない”ものと、注意喚起がなされた理由はそれぞれであるものの、背景には共通して、“近道”にまつわる人間の心理的傾向が浮かび上がります。どうすれば健康や財産への被害を防げるでしょうか。(朝日新聞デジタル機動報道部・朽木誠一郎)
6月7日に、兵庫県西宮市および千葉県千葉市が「医薬品成分を含有する健康被害(疑い)の発生」についての報道発表を行いました。
西宮市によれば、4月、市民がSNSを通じて福岡市の販売者から入手した、ダイエット目的の健康食品を摂取したところ、体調不良となったとの届出があったということです。
「やせる」とうたわれたゼリータイプの健康食品で、ネット上では「脂肪の減少をサポート」「血中脂肪を減らす」「体によって3〜10kg減る可能性があります」などと宣伝されていた一方、健康被害を訴える使用者の書き込みも続出していました。
この健康食品には、シブトラミンという成分が含有されていました。
同様の相談が、5月、千葉市でもありました。やはり、ネットを通じて購入したダイエット用食品を摂取して、体調不良になったとのことです。
神奈川県相模原市など他の自治体からも、7日以降、同様の発表が続きました。いずれも同じ食品メーカーのベトナム産の商品による健康被害の疑いでした。
国立研究開発法人「医薬基盤・健康・栄養研究所」によれば、シブトラミンは1997年に肥満抑制薬としてアメリカFDAの許可を受けましたが、日本では医薬品として未承認です。副作用として血圧上昇および心拍数増加などが報告され、心臓病患者は服用を避けたほうがよいとされています。
アメリカ国内ではFDAの許可後、2003年8月までに54例の死亡事例が報告されました。その後、10年10月、アメリカなどでメーカーによる任意回収が決定。開発したメーカーはすでに販売・流通を中止しているとのことです。
厚労省は「当該製品を摂取すると健康被害が起こるおそれがあるため、直ちに摂取を中止する」こと、「健康被害が疑われる場合には速やかに医療機関を受診するとともに、近くの保健所に連絡する」ことを促しています。
また、いずれの自治体も、購入や摂取をしないよう注意を呼びかけています。
いわゆる健康食品において、医薬品成分を含むものは医薬品とみなされ、厚生労働大臣の承認を受けずに製造・販売することは、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)で禁止されています。
一方、シブトラミンを含有する健康食品での被害は、2003年ごろにはすでに問題になっており、この約20年で何度も繰り返されています。
同じ6月7日、「着るだけで、いつでもどこでも筋肉トレーニング」などとうたうシャツや下着について、消費者庁は景品表示法違反(優良誤認)で、販売したココカラケア社に再発防止などを求める措置命令を出しました。
同庁によると、同社は2021年12月~22年3月、楽天市場内で販売した男性用の加圧シャツと加圧パンツ、女性用のガードルの計4商品について、「数時間着用しただけで、エクササイズ効果が期待できる」などと記載し、「容易に著しい痩身効果や筋肉増強効果を得られるかのような表示」をしたということです。
表示の根拠になる資料を求めましたが、同社からは提出がなかったといいます。同社は朝日新聞の取材に「措置命令に従う」と話しました。同社は19年3月にも、別の加圧シャツの表示について、同法違反(優良誤認)の措置命令を受けています。
消費者庁は、17〜19年の3年間で、同社も含めて13社の類似の加圧下着の表示に対して、措置命令を出しています。当時、最も多い会社では約20億円を売り上げていたことがわかっています。
「優良誤認」とは「商品・サービスの品質を、実際よりも優れていると偽って宣伝したり、競争業者が販売する商品・サービスよりも特に優れているわけではないのに、あたかも優れているかのように偽って宣伝したりする行為」(消費者庁)です。
健康被害の訴えが続出した“安全ではない”商品と、数十億円を売り上げた時期もあるという“根拠のない”商品。欲してしまう人々に共通するのは「近道をしたがる」心理です。
ダイエットと筋トレに必要なのは「適度な食事と運動」。このことはほとんどの人が知っているはずです。そして、それが面倒であることも、同様です。
そんなとき、「食べるだけでやせる」「着るだけで筋トレ」とうたう商品が目につくと、手を出してしまいたくなる心理は、実は人間に共通するものと言えます。
工場など危険を伴う職場の安全管理でよく使われ、近年は医療安全についても使われるようになったのが、「ヒューマンファクター(人間の行動特性)」という言葉です。「錯覚」「不注意」「省略行為」、そして「近道行為」に代表されます。
遠くに安全な迂回路があっても、面倒だからと、早く行ける危険な道を通ってしまうように、人間は近道をしたがるもの。
しかし、「記憶している知識(例:少し歩くと迂回路がある)」「学習・行動した経験(例:迂回路を通っても間に合った、近道でケガをした)」などをもとに、情報を正しく処理することができれば、判断ミスを防げると言われています。
ここでポイントなのは、時に無意識ではなく、危険だと認識しているのにもかかわらず、あえて行動するような判断ミスを生んでしまう場合です。
その原因としては、内的なものと外的なものがあります。前者では「何か強い欲望があるとき」「疲労・心配など心身の異常があるとき」「知識不足のとき」など、後者では「期限が迫っているとき」「邪魔が入ったとき」などに、判断が狂いやすくなるのです。
例えば「一生の記念である結婚式の前撮りには自分の理想の体型で写りたい」という想いは、切実であるがゆえに「藁にもすがる」ことにつながる場合もあるでしょう。その日取りが迫っているとしたら、なおさらです。
また、前述した2つの商品についてのニュースを知らなければ、今後も類似の商品に手を出してしまうおそれもあります。
「主観的な憶測」も作用します。「リスクが小さい」「成功したときのメリットが大きい」「リスクを回避するデメリットが大きい」などと思い込み、それが実際と乖離していると、判断ミスが生じやすくなるということです。
ゼリーについて言えば、キャッチーな宣伝文句とお菓子のようなパッケージを見て、「これなら大丈夫だろう」と思い込んでしまうことは十分にあり得ます。海外で死亡事例のある成分が含まれているとはなかなか想像がつかないでしょう。
シャツも「このくらいの値段で多少なりとも効果があれば」と思うかもしれませんが、根拠がないことを知れば、金額が妥当かどうかの判断は変わるはずです。そもそも、お金を払っても、目的が達成される可能性が極めて低いのですから。
安全管理においては、人間の行動特性を知り、自分の判断が適切かを顧みることが必要になります。何度も繰り返される「ダイエット」「筋トレ」関連の商品の問題についても、健康や財産の被害を避けるために、同じことが必要だと言えそうです。