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連載

#14 #啓発ことばディクショナリー

バイトをクルーと呼ぶ「まやかし」今野晴貴さんが見抜く悪い言葉遊び

気づけば「高プロ」国レベルに広がる

近年、アルバイト労働者を「クルー」などと呼び換える動きが広がっています。背景事情について、労働問題の専門家・今野晴貴さんと一緒に考えました。(画像はイメージです)
近年、アルバイト労働者を「クルー」などと呼び換える動きが広がっています。背景事情について、労働問題の専門家・今野晴貴さんと一緒に考えました。(画像はイメージです) 出典: Getty Images

目次

労働の現場では、職業のイメージアップを狙った、用語の言い換えが行われています。職種から業務の呼び方に至るまで、その対象は様々です。一見すると、仕事がしやすい環境作りを目指しているように思える取り組み。しかし労働問題の専門家・今野晴貴さんは、必ずしも働き手本意の内容になっていないと指摘します。政策にまで広がっているという、その場しのぎの「言葉のまやかし」について、語らいました。(withnews編集部・神戸郁人)

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#啓発ことばディクショナリー

なぜアルバイトが「クルー」「メイト」に?

「人財(人材)」など、労働にまつわる言い換え語の例を挙げれば、枚挙に暇(いとま)がありません。筆者が最近、個人的に注目しているのが、サービス業を中心とした職種に関するものです。

例えば飲食店の中には、アルバイトスタッフを「クルー」や「メイト」と表現するところがあります。居酒屋大手ワタミが経営し、業務委託の弁当配達員を「まごころさん」と呼ぶワタミの宅食などのケースも、類似しているように思います。

これらの職種は非正規雇用で、正社員よりも賃金が安く、雇用期間も限定されていることが少なくありません。待遇が比較的厳しいにもかかわらず、仕事のやりがいや仲間意識を、ことさらに強調するような字面に違和感を抱いてきました。

「確かに、インパクトがある言葉ですよね。好待遇でもないのに、労働に巻き込んでいこうという明確な意図を感じます」。NPO法人POSSE代表として、労働相談を受け付けてきた今野さんは、筆者の意見に耳を傾けつつ、そう話しました。

画像はイメージです。
画像はイメージです。 出典: Getty Images

対価なく労働に動員するための言葉

上述の言い換え語には、働き手に職場に適応してもらうため、自社の理念を分かりやすく伝える効果が期待されているのでしょう。その意味において、業務環境の質と、仕事の能率を両立させるという、経営上の配慮が込められていると感じます。

しかし現実には、過酷な労働の正当化に、一役買っている部分があるとも言えそうです。今野さんの著書『ブラック企業2』(文春新書)に掲載されている、シンボリックな事例を紹介しましょう。

2006年12月、外食チェーンの東和フードサービスに入社後、系列カフェの店長を務めていた25歳の女性が自死しました。慢性的な人手不足にもかかわらず、人員が手当てされないといった状況が過労を招き、店長就任3カ月後に命を絶ったのです。

女性は、当時「メイト」と呼ばれていたアルバイトとして勤務後、正社員に登用されました。店長になって以降は、メイトの管理に忙殺され、更に上司から人手不足の責任を負わされるなどして、精神的に追い込まれていったといいます。

この一件をめぐっては、女性の遺族が労災認定を要求して訴訟を起こし、勝訴しています。先述したワタミの宅食についても、群馬県内で二つの営業所長を掛け持ちする女性社員が、未払い残業代の支給を求め、昨年3月にワタミを提訴しました。

企業が職種に使う、働き手を大切にする印象の呼称と、言葉のイメージからかけ離れた労務管理。その落差を受けて、今野さんは語りました。

「一連の呼称を使う会社は、対価なしに労働者の参加意識だけアップさせ、搾取を強める意図が露骨だと感じます」

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画像はイメージです。 出典: Getty Images

労働問題で悪化したイメージを転換

用語の変更によって、職業に対する業界内外の意識を改めようとする試みは、他にもあります。今野さんが言及したのが、アシスタントディレクター(AD)をヤングディレクター(YD)と呼び替える、テレビ各局の動きです。

ADはディレクターの補佐役です。職場で過重労働やハラスメントの被害に遭いやすく、待遇改善が望まれてきました。今野さん自身、当事者からたびたび労働相談を受けており、劣悪な取り扱いを問題視してきたといいます。

「業界全体として、ADには一日18時間程度の労働を、当然のように強いています。上司から殴られながら仕事をするというのも、日常茶飯事。格好いい仕事との印象を世間に与えやすい職種名ですが、実態は雑用係のような働き方です」

こうした状況を受け、日本テレビなどの各局がYDの名前を採用し始めていると、今年に入って一部メディアが報道しました。ネット上を中心に話題を集め、「根本的な解決につながるのか」「言葉遊びだ」と、効果を疑う声も少なくありません。

「労働問題で悪化した職業のイメージを、言葉によって変えようとする。そういったことは、現在も色々な業界で繰り返されています。YDのケースは、まさに象徴的ではないでしょうか」

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画像はイメージです。 出典: Getty Images

国家レベルまで広がる言葉のまやかし

「実は、こうした流れに乗っかっているのは、企業だけにとどまらないんです」。今野さんが、そうつぶやきました。どういうことか。詳しく聞いたところ、いわゆる「働き方改革」関連の労働政策を例に、説明してくれました。

2019年、高収入の専門職を対象に、労働時間規制を撤廃する「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)が施行されました。制度の適用条件を満たす労働者は経営者に意見でき、働く時間を自ら決められるとの前提で組み立てられたものです。

ただ検討過程では、制度の対象職種に就く人々から「実際には取引先の都合に合わせないといけない」などの異論が噴出。厚生労働省が昨年公開した、制度適用者の働き方データでも、健康を害しかねないほどの長時間労働の傾向が示されました。

【関連記事】(もっと知りたい)なくせ長時間労働:2 新しい制度、「高プロ」って大丈夫?(朝日新聞デジタル

【関連記事】高プロの働き過ぎ防止策 実効性に懸念も(朝日新聞デジタル)

似たケースに「裁量労働制」があります。前もって一定時間残業したとみなし、残業代を給与に上乗せする方式です。今野さんいわく、同制度による求人の大半が月給25万円以下での募集といいます。つまり賃金全体の抑制に使われているのです。

「どちらの制度も、働き手個人に裁量があるから、残業時間が減るという建前で成立しました。特に裁量労働制については、制度適用者の残業時間を非適用者より少なく見せるため、厚労省の関連データが改ざんされた経緯もあります」

「『残業は自己責任だ』。そう言いたいがために、高プロや裁量労働制という造語を発明したわけです。労働相談に来る人々の働き方に、裁量などない。言葉のまやかしは、もはや企業にとどまらない、国家レベルの問題と言えるかもしれません」

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今野晴貴(こんの・はるき)
NPO法人POSSE代表。年間5000件以上の労働相談に関わり、労働問題について研究・提言を行っている。 著書に『賃労働の系譜学』(青土社)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)など。 一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)1983年生まれ。仙台市出身。
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【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。毎週金曜更新。記事一覧はこちら

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