連載
#19 凸凹夫婦のハッタツ日記
「泡が顔につくのがつらい」ADHD夫が洗顔をできるようになるまで
お互いの凸凹を補いながら生活しているADHD(注意欠如・多動症)の西出光(ひかる)さん(26)とASD(自閉スペクトラム症)の弥加(さやか)さん(33)夫妻。夫・光さんは洗顔も洗濯もできなかったといいます。身だしなみについて、光さんの視点でつづります。(聞き手・西出弥加)
結婚する前、僕は自分の服装や髪型を極度に気にする性格でした。しかしそれは身だしなみを気にするというより造形を気にしている感じです。どういうことかというと、自分の状態が清潔かどうかより「造形がきれいかどうか」だけが気になるということです。
僕は昔、集中治療室に入るくらい大掛かりな整形をしました。「醜形恐怖症」という言葉が知れ渡るようになりましたが、昔の自分はそのような傾向があったと思います。
こんなに極端なところがあるのに、結婚前の僕は洗顔ができない、洗濯もできない、歯磨きもおぼつかない感じでした。「身だしなみを整えなさい」と他者に言われたときに思い浮かぶことは、働かず夜9時には絶対に寝て、エステに行き整形をすることでした。
しかし、僕は自分の造形をもう気にしないようになりました。
その理由は、奥さんのサヤカさんに出会ったからです。
サヤカさんは僕に洗顔と歯磨きのコツを教えてくれたりしました。サヤカさんは僕に「朝起きてファンデーションをきれいに塗りたいなら、前の日の夜に顔を洗いなよ」と何度も言いました。
そして徐々に自分を清潔に保つこと、洗濯した服を着るなどの身だしなみを気にすることができるようになりました。理想の造形よりも、今の自分が清潔かどうかに目が向くようになったのです。
そもそもなぜ洗顔や洗濯ができなかったのかというと、ADHDによる不注意と、面倒な気持ちや性格のせいです。
まず僕は洗顔時に顔に泡がつくのがかなりつらいです。一部だけ感覚過敏なところがあるのだと思いますが、泡がついた瞬間、息をしていいのか目を閉じていてもいいのか、困ってしまい頭がいっぱいになるのです。そして泡立てるというひと手間が自分には耐えられない感覚でした。このように事実を書くと驚かれそうですが、本当に事実なので、自分が一番困っています。
そんな僕にある日、サヤカさんはダブル洗顔がいらないクレンジングオイルを渡してくれました。そのオイルは自然の成分が多くてスッキリ肌の汚れが落ちてフワフワな触り心地になりました。僕は泡立たないのに汚れがとれるものがあることを初めて知り、洗顔ができるようになりました。
苦手なところを把握し、使うものを変えるということで苦痛がグッと減りました。人それぞれ顔を洗えない理由はあると思いますが、何が原因なのか気づくところが一番大切だと感じました。
次に洗濯ですが、僕の場合不注意でやるべきことが抜けます。「家に帰ったら洗濯しよう」と思っても家に着くと忘れています。そして朝は出発直前まで寝ているのでバタバタして洗濯する時間はなく、帰ってきて新しくたまり、また忘れる……という連続でした。
さらに洗濯機を回せても干すという作業を忘れ、またさらに運よく干せたとしても、それに満足して、ベランダから取り込むことを忘れるという始末です。
そんなことをし続けていると、ついに洗ってある服がなくなり、洗っていない服を着るしかなくなります。しかし、あまりに汚い服だとそのまま着るわけにもいかないので、その度に新しい服を買っていました。問題は山積みなのですが、ぱっと見は普通に服を着ている状態なので、僕の問題は周りから見えにくく、奥さんと自分にだけ負担がかかる状態でした。
そんな中、サヤカさんに「顔を整形してきれいにしたんだから、服もきれいに大事にしなよ」と厳しく言われました。サヤカさんは、あえて服をしまわず、全て見えるような収納にしました。チェストは買わず、カゴを買って並べていました。「もう新しく買わないでいいよ」と言っていました。
見える収納にしたことは一つのメリットでした。「こんなにあったんだ」と気づくことができました。
そして外に干すのをやめて部屋干しにしたら、なぜか面倒な気持ちが減り、それに放置しても雨に濡れず安心なので、洗濯のハードルが少し下がりました。
サヤカさんは「次は乾燥機つきの洗濯機にして、ボタン一つで終わらせよう」と言ってくれました。この提案で、またハードルが下がりそうです。
最後に、これは気持ちの問題ですが「服を大好きになる」という意識を持ちました。ADHDの僕は不注意がひどいのですが、不思議と潔癖な部分もあるので、何かを決めたら一直線な部分もあります。この最後の、意識を変える作戦は最も効果がありました。
サヤカさんはメンズ服を持っていて、その中で最も高価なメンズ服をもらったのですが、これは汚せないなという気持ちになりました。服を大切にしようと思うと、服に対して愛着がわきました。
高価な服は買えないと思っていた僕ですが、サヤカさんが「10年着たとしたら1日30円くらいだよ、もっと着られたら、もっと安くなる……」と言いました。そのとき僕は、もしこれを1ヶ月でダメにしてしまったら大きな出費になると思いました。
実際にサヤカさんは小学生のときから持っているポーチを今も愛用していて20年以上使っています。服もあまり買わず、一度に数着買ってそれから5年くらいは買い物をしていないようです。
以前より服に愛着がわいたことで自然と洗濯も丁寧になり、以前よりずっと忘れにくくなりました。
この少しずつの積み重ねのおかげで、自然と身だしなみが整ってきました。
僕は、雑に生活して理想だけを追い求めるより、今あるものを丁寧に大事にして、理想も求められている気がします。
まだまだ課題はありますが、原因に気づき、買うものを変えたり意識を変えたりすることで、行動も変わってきたと思います。
西出 光(にしで・ひかる)
1995年生まれ。発達障害の一つ「注意欠如・多動症(ADHD)」の不注意優勢型と診断される。2019年に「自閉スペクトラム症(ASD)」のグラフィックデザイナー・弥加(さやか)と結婚。当初は家事が極端にできず、仕事も立て続けに辞めていたが、妻の協力の末、現在はホームヘルパーとして勤務。当事者の視点から、結婚生活においての苦悩や工夫、成功について伝えていきたい。
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