連載
#14 名前のない鍋、きょうの鍋
日曜だけ開く「八百屋さん」 京野菜たっぷりで作る〝名前のない鍋〟
京の食の「持ちつ持たれつ」をつなぐ
みなさんはどんなとき、鍋を食べたくなりますか。
いま日本で生きる人たちは、どんな鍋を、どんな生活の中で食べているのでしょう。そして人生を歩む上で、どう「料理」とつき合ってきたのでしょうか。
「名前のない鍋、きょうの鍋」をつくるキッチンにお邪魔させてもらい、「鍋とわたし」を軸に、さまざまな暮らしをレポートしていきます。
今回は、新鮮な野菜を日曜日だけ販売している、京都の住宅街の一角を訪ねました。
角谷香織(すみや・かおり)さん:1988年、京都府上京区生まれ。京都大学大学院卒業。2015年、京都各地の農家さんと直接取引をして野菜を販売する活動を始める。ひとり暮らし。http://ggs-kyoto.com/
今回訪ねたのは京都。日本を代表する観光地だが、中心街から電車に数分も乗れば、静かな暮らしのある家並みが広がる。
地下鉄烏丸線の北大路駅から、6分ほども歩いたろうか。角谷香織さんの営むお店も、住宅街の一角にあった。
のれんをくぐれば野菜がずらり。
上賀茂、大原、山科……と京都産のものが主となり、トマトや水菜といったおなじみのものから、伝統野菜に季節の山菜、イタリア野菜なども並んでいる。
近所の子が小銭を握りしめ、買いものにやってきた。
「トマトと菜っ葉、ちょうだい」というリクエスト。「菜っ葉たくさんあるよ、どれがいい?」と明るく応対する角谷さん。この店の経営者であり、ほぼ毎日農家さんを直接まわって仕入れをしている。
大きなカゴを抱えた男性もやってきた。何種類もの野菜を次々とカゴに入れていく。「近所で会社をやってるんですが、社員みんなのごはんを作ってるんです」
おお、NHKの『サラメシ』に登場しそうな。
「鮮度のいい野菜や、めずらしい野菜も買えるのでありがたくて。日曜日しかやってないのが残念ですが」
そう、角谷さんのお店(『晴れときどき雨、のちお野菜』という、なんとも印象的な店名!)は週1回だけ、日曜の開店を楽しみにしている人は多い。
月曜から土曜は、飲食店への卸(おろし)や個人注文への発送、そして車に野菜を積んで市内を移動販売する「振り売り」というスタイルでの活動が中心だ。
私が角谷さんを知ったのは、SNSでの発信がきっかけ。京都各地の採れたて野菜の表情が魅力的で、たまにアップされる手作りおかずもおいしそうで。角谷さんはどんな鍋をするんだろう……と思い、取材をお願いした。
すると彼女、「料理はしても、ひとり鍋ってあまりしなくて。鍋を食べたいときは、大体誰かのところに野菜を持ち込んでるんですよ(笑)」との返事。
料理好きの友人におまかせでお願いすることが多いよう。うーん、ますます気になる。今回はそんな機会にお邪魔させていただいた。
閉店時間の18時になったところで、お店から車で10分ちょいの角谷さんの友人宅へ。お鍋やおつまみの準備をして待っていてくれた。
角谷さんがこの日持ち込んだのは、ノビルにツクシ、クレソン、数種の菜花にセリ、壬生菜(みぶな、京野菜の一種)など。
鍋には濃いめの昆布だしに、酒と醤油で味つけをされたものが張られていた。
「まずはしっかり煮たいものを入れましょう」と友人の真野遥(まのはるか)さん。
シイタケは角谷さんが仕入れたもので、タケノコは角谷さんのお母さんがアク抜きした京都産のものだ。油揚げを「お揚げさん」と呼ばれるのに関西を思う。
昆布だしにキノコのうま味とお揚げのコクが加わって、いいスープになる。そこに新鮮な青菜をしゃぶしゃぶして、小さな宴が始まった。
私もご相伴にあずかりつつ、角谷さんのこれまでをうかがうことに。
どうして、野菜を扱う仕事に就いたのだろうか。ちなみにご実家は京都の町中にあり、青果業でもなければ、野菜を育てていたわけでもない。
「そうなんですけど、小さい頃に上賀茂の人が売りに来ていたんですよ。私、“賀茂のおばちゃん”と呼んでいて。農家の方がお得意さんをまわって野菜を売りにくるのが本来の“振り売り”です。そのトマトがすごくおいしくて……おやつ代わりでした」
幸せな野菜との出会いが、ずっと心に残っていた。長じて大学生になり、音楽イベントのアルバイト業務に携わる。
コンサートで地方をまわるうち、福島県の農家さんと関わる機会があった。彼らの作る野菜のすばらしさをFacebookなどで発信すると、「食べてみたい」「買いたい」という声が上がってきた。
そんな声に少しずつ答えているうち、京都の農家さんともつながりができる。
「農家さんが農家さんを紹介してくれるんです。何かしらの野菜が必要なときに尋ねると『じゃあAさんのところで聞いてみたら』、みたいな感じで」
フードイベントから声がけされて野菜を出品したり、カフェに野菜を卸すようになったり。なじみの農家さんと、定期的に注文をくれる飲食店がだんだんと増えていった。
個人のお店なので大量には扱えないが、店側からしたら少量でも注文しやすく、細かいリクエストもしやすいというメリットがあるようだ。
また食べた人の声や、扱ったシェフの感想を角谷さんが届けることで、農家さんにとっては励みにもなれば、改善を考えるヒントになることも。
常設のお店を持つ気持ちはないのだろうか。
「在庫を常に抱えていると、どうしても野菜がダブついて、どんどん鮮度が落ちてしまう。自分から声をかけて売っていくほうが、私には合ってるんです」
振り売りに出て、なじみのお客さんに「きょうは〇〇がいいですよー」と声をかけて回る。あるいは飲食店にプッシュする。また出来すぎた作物があって困っている農家さんがあれば、売りさばくのに協力することも。京の食の「持ちつ持たれつ」を繋ぐひとりが、角谷さんなのだ。
いろいろな野菜のエキスが混じりあった鍋の汁は、動物性のものが入ってないのに、深く満たされるおいしさがあった。
ツクシや菜花にカラシ菜、キノコやタケノコなどを一緒に鍋にしたのは初めてだったが、違和感なくまとまるなあ……。何が来ても受け止める、鍋の頼もしさを再確認。
真野さんは他にもウドをピリ辛炒めにしたものや、菜花をイタリア料理のアーリオ・オーリオ風にソテーしたものも出してくれた。こんなアイディアも、きっと角谷さんは今度振り売りのとき、お客さんに伝えたりするんだろう。
畑と台所のユニークな流通を作っている角谷さん。四季折々の持ち込み鍋を、またぜひとも取材させていただきたい。
取材・撮影/白央篤司(はくおう・あつし):フードライター。「暮しと食」、日本の郷土料理やローカルフードをテーマに執筆。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『ジャパめし。』(集英社)『自炊力』(光文社新書)などがある。ツイッターは@hakuo416。
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