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連載

#3 虐待の先にある人生―わたしの40年―

虐待をした親に頼る…「最悪のカード」を引かされる貧困の悪循環

瞬間、全身の血液が沸騰した。

「一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしい」。写真はイメージです=Getty Images
「一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしい」。写真はイメージです=Getty Images

目次

両親による虐待から逃れた過去を持つ、エッセイストの碧月はるさん(@haru35525859)。家を飛び出た先で待ち受けていたのは「貧困」でした。虐待を受けた後も続く人生について、碧月さんが綴るコラムの第3回目です。
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私は、世間一般でいわれるところの「虐待サバイバー」です。そのうえで、ここに綴る内容はすべて私個人の体験・主観であることを明記しておきます。汎用性のある情報ではなく、一個人の記録に過ぎません。ただ、その一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしいと願っています。

就職できても悪夢で睡眠不足、完璧信仰

虐待による後遺症は、様々な弊害をもたらす。中でも深刻な問題として、貧困が挙げられる。

フラッシュバックや悪夢に振り回されると、当然ながら十分な睡眠時間を確保することができない。睡眠不足は、気力や集中力の低下を引き起こす。そのため、仕事でもミスが重なる。私の場合は解離の症状もあったため、交代人格による作業・理解能力のバラつきもあった。よって、どんなに懸命に仕事をしても、真っ当な評価を得ることは難しかった。

過去に受けていた教育虐待の弊害で、ひとつのミスさえも許せない自分がいた。100点じゃなければ許されない。そんな世界で生きてきた私は、ミスを繰り返す自分自身を、どうしても許せなかった。僅かなミスや叱責が死ぬほど恐ろしく、完璧を目指そうとしては燃え尽きる日々。やまない自罰感情。やめられない自傷行為。病状の悪化による入院も重なり、私は度々仕事を辞めた。短いスパンで転職を繰り返す。それはイコール、無収入の期間が生まれることを意味する。
お金がなくて食べるものに困りながらも、救いを求めて精神科を受診するくらいには、毎日が苦しかった。受診費用と薬代だけで、1週間ぶんの食費になる。それでも、眠剤や安定剤なしでは、呼吸すらままならなかった。

【虐待と貧困】
親に頼れない事情がある若者への現金給付や食料支援を通して、10代の孤立の解決を目指す認定NPO法人D×Pの調べでも、虐待から逃れた高校生からこのような言葉が寄せられている。

「虐待を受け児童相談所に一時保護を受けたのち、高校に通いながら一人暮らしをしています。 月4万円の仕送りとアルバイトで収入を得ていますが、家賃と最低限の衛生用品で消えてしまうため、食事に困っています」
7日間で380名、年末年始の8万円給付支援に相談殺到。安心して年始を迎えられない若者の厳しい生活(D×PのHPより)

「親御さんに連絡してみてはいかがですか?」

そんなある日、強烈なフラッシュバックに襲われた。鮮明過ぎる過去の映像から逃れたくて、取り憑かれたように薬を貪った。そうして100錠以上の安定剤と眠剤を飲み干した私は、救急車で病院に運ばれ、胃洗浄を受けた。

胃洗浄には、不純物除去に有効な活性炭が用いられる場合がある。だが、当時の私にそんな知識があるわけもなく、薬で朦朧としていたこともあって、泥水を無理やり飲まされているのだという妄想に駆られた。殺される――本気でそう思い、必死に暴れた。結果、両腕、両足をベッドに拘束された。そこから先の記憶は、ない。

気が付いたら点滴を打たれ、ベッドに横たわっていた。目覚めた私の顔は、頬がだらりと垂れ下がり、別人のようだった。過量服薬の後遺症だったらしい。頬は1週間ほどで元の状態に戻ったが、その後1か月以上、膀胱炎と十二指腸潰瘍の痛みに苦しみ続けた。

このときの治療費は、高くついた。そして私には、お金がなかった。当時はまだ、病院の受診費用をカード払いできるシステムが一般的ではなかった。この病院も例にもれず、現金のみの受付だった。すがる思いで分割払いを申し出たが、それはあっさりと却下された。

「親御さんに連絡してみてはいかがですか?」

会計窓口の人が、当たり前の顔でそう言った。普通の人が真っ先に考えつく選択肢が、私にとっては最悪の選択となる。その現実に、途方に暮れた。

闇金ローン。売春。親に頼る。

私の頭に浮かんだのは、この3択のみだった。今思えば、馬鹿としか言いようがない。そして馬鹿だった私は、このなかからカードを引いてしまった。トランプのババ抜きみたいに。全部がババなのに、それにさえ気づかずに。

空で言える電話番号。あんなにも逃げたかった相手。そこに、すがるように電話をかけた。

「もしもし」

聞こえてきたのは、昔と変わらない朗らかな声だった。私の母は、電話や他人と話をするとき、声のトーンが1オクターブ上がる。

「医療費を払えなくて。悪いんだけど、お金を貸してほしい」

そう言った私に、母は交換条件を出した。

「お金振り込むから、その代わり住所を教えて」

その台詞を聞いた途端、鉛を飲み込んだような心地がした。遠い場所にいるのに、すぐそこまで腕が伸びている。そんな錯覚に襲われた。それなのに、気がついたら母にこう告げていた。

「お父さんには絶対教えないで。お母さんはいつか来てもいいけど、お父さんには来させないで。それを約束してくれるなら、本当の住所を教える」

私のこの言葉に、母は「わかった、約束する」と答えた。そんな母の声を聞きながら、やっぱり母は、父が私に何をしていたのかを知っていたんだな、とぼんやり思った。

【令和2年度中に児童相談所が対応した養護相談のうち児童虐待相談の対応件数は205,044 件で、前年度に比べ 11,264 件(5.8%)増加しており、年々増加している。主な虐待者別構成割合をみると「実母」が47.4%と最も多く、次いで「実父」が41.3% となっており、「実父」の構成割合は年々上昇している】
厚生労働省「令和2年度 福祉行政報告例」より

玄関ののぞき穴から見た「父親」

母はすぐにお金を振り込んでくれた。私は素直に感謝し、父が出勤しているであろう時間帯に再び電話をかけ、お礼を伝えた。

「いいのよ」

そう言ってくれた母は、昔時々見せてくれるやさしい表情をしていたと思う。24時間、365日虐げられていたわけではなかった。母親らしい顔を見せてくれたときも、ちゃんとあった。私はそこに、すがりたかった。私だって愛されていると、この期に及んで、そう思いたかったのだ。

退院から1週間が経った頃、玄関の呼び鈴が鳴った。私はすぐにはそれに応じず、覗き穴から相手を確認した。見た瞬間漏れそうになった悲鳴を、どうにか押し留めた。そこに立っていたのは、頭髪が薄くなった父の姿だった。

そろそろと後ずさり、玄関を離れる。チェーンロックされているのを確認して、物音を立てず、布団に潜り込んだ。薄い毛布を頭から被る。呼び鈴は、鳴りやまない。

名前を呼ぶ声が聞こえる。殺したいほど憎い相手が、「父親です」という声色で、私を呼ぶ。

「ずっと心配してたんだ。開けてくれよ。お父さんだよ」

”お父さんだよ”

瞬間、全身の血液が沸騰した。

何が父親だ。お前が私にしたことを、人前で言えるのか。
父親なんかじゃない。家族なんかじゃない。母親だってそうだ。助けてくれなかった。守ってくれなかった。昔も、今も。

家族だからと信じては裏切られる。愛されたいと願っては掌を返される。

呼び鈴と呼び声が、交互に聞こえてくる。このとき私は、布団の中で歯を食いしばりながら、必死に求人情報をさらっていた。お金がほしかった。もしもまた同じような場面になったとき、二度と親に頼る必要がないように。自分の力だけで、生きていけるように。ぎりぎりと食いしばる奥歯の痛みだけでは飽き足らず、自身の腕を噛んだ。弱さに負けて玄関を開けてしまわないように、痛みで自我を保った。

”お父さんの言うことを聞けないなんて、悪い子だ”
刷り込まれた呪いが頭に浮かぶたびに、腕を噛んだ。開けなければ、という強迫観念に負けた先に待っている現実を、吐き気がするほど想像した。

”お前は悪くない”
昔、私の過去を知る唯一の幼馴染が、そう言ってくれた。その言葉を小声で唱えながら、もう片方の指でひたすら求人検索を続けた。やがて、父の声と呼び鈴がやんだ。

その後、無事に再就職が決まった私は、バイトを掛け持ちして食費を限界まで削る生活を続けた。メロンパン1個を2食に分けて食べる。朝食はなし。そうすれば1日の食費は、100円足らずで済む。そんな生活をしばらく耐え、どうにか資金を工面して引っ越しをした。

しかし、こうまでしても実家との縁は切れなかった。身元の判明につながる危険があるため、詳しくは書けないが、この後も様々な局面があり、一時は地元の病院に入院していた時期もある。

【――自傷をするときの心情について。
自傷をして「気持ちいい」という子もいるけど、正確に言うと、やってないときがえらい苦しくて、やってるときだけ、瞬間、苦しみから解放されて楽になるんですよね。それを「気持ちがいい」とか「快感」とかって表現しているんだと思います】
精神科医・松本俊彦さんへのインタビューから

必要なのは「悪循環」から抜け出すためのシステム

後遺症に足をすくわれ、貧困に陥った。そのせいで、誰よりも憎い親に頼らざるを得なくなった。逃げ延びた先には、安定も幸せもなかった。惨めで情けない現実だけが、無慈悲に横たわっていた。

精神疾患を患っている場合、一般の生命保険には加入しづらいと聞く。よって、入院費用は実費でまかなう覚悟が必要だった。

「精神科の病気で治療を受ける場合、外来への通院、投薬、訪問看護などについて、健康保険の自己負担のお金の一部を公的に支援する制度が自立支援医療(精神通院医療費の公費負担)です。(入院については対象となっていません)」
自立支援医療(精神通院医療費の公費負担)について(厚生労働省)

虐待被害者は、生まれながらに「悪環境」というハンデを背負っている。そして、それだけでは飽き足らず、後遺症が新たなハンデを連れてくる。その最たるものである貧困が、被害者を「悪環境」に引きずり戻す。

生活保護の申請を、何度も考えた。でも、「扶養照会」のシステムに恐れをなし、選択肢から除外した。社会の保護システムのいくつかは、虐待サバイバーにおいては機能しない。

※扶養紹介については、支援団体の活動もあり、現在は運用変更の通知が厚労省から出されている。

「音信不通の期間を「10年程度」にするほか、親族がDVや虐待の加害者だった場合に照会を控えるよう自治体に求める」
「生活保護の扶養照会、音信不通20年→10年に見直し」(朝日新聞デジタル)
参考)「生活保護の扶養照会の運用が改善されました!」東京つくろいファンドHP

ガスを止められ、水で髪を洗うのは寒かった。食べるものがない空腹は、心細かった。病院代を捻出できず、薬の離脱症状に襲われる苦しみは、気が狂いそうなほど辛かった。贅沢がしたかったわけじゃない。生きていくためのお金がほしかった。でも私が一番ほしかったのは、きっと、お金の先にあるもの――安心。ただ、それだけだったのだと思う。


この連載は、両親から虐待を受けた経験のあるライター・碧月はるさんが「虐待の先にある人生」について綴ったコラムです。
次回のテーマは「支援制度の落とし穴と、知識・体験格差から生まれる歪」です。

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児童相談所虐待対応ダイヤル「189」について(厚生労働省)
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