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連載

#1 虐待の先にある人生―わたしの40年―

父にすり込まれた「お前が悪い」 両親の虐待、40歳で蘇った記憶

染みついた「お前が悪い」

「一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしい」。写真はイメージです=Getty Images
「一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしい」。写真はイメージです=Getty Images

目次

両親による虐待から逃れた過去を持つ、エッセイストの碧月はるさん(@haru35525859)。40歳手前になり、痛烈な虐待の一部を思い出すことになりました。虐待を受けた後も続く人生について、碧月さんが綴るコラムの第一回目です。
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私は、世間一般でいわれるところの「虐待サバイバー」です。そのうえで、ここに綴る内容はすべて私個人の体験・主観であることを明記しておきます。汎用性のある情報ではなく、一個人の記録に過ぎません。ただ、その一例を通して、少しでも多くの人に虐待被害の現実と後遺症がもたらす苦しみを知ってほしいと願っています。

40歳手前になり、思い出した記憶

赤紫色の浴槽と、カビの生えた壁。窓の外には枯れかけの柏の木。実家の浴室は、清潔感もビジュアルの美しさもないわりに広さだけはある、なんともちぐはぐな空間だった。父の性器をはじめて触ったこの場所を、家を出るまでの17年間、私は忌み嫌い続けてきた。

それがはじまったのは、私が5歳の頃だった。しかし、私は記憶の一部を長らく失っており、すべてを思い出したのは40歳手前の暑い夏の日だった。生ぬるい体液の感触を思い出した瞬間、私は文字通り発狂した。

【児童虐待の疑いがあるとして、全国の警察が昨年1年間に児童相談所(児相)に通告した18歳未満の子どもは10万8050人(暫定値)で、過去最多を更新。心理的虐待が全体の7割を占めた】
虐待疑いの児相通告10.8万人 コロナ禍で見守り機会減の恐れ:朝日新聞デジタル

3人兄弟の末っ子で、なぜか私だけがターゲットに選ばれた。虐待のカテゴリ―において、それはさほど珍しい話ではないらしい。スケープゴートをひとり置き、家庭内のストレスをすべてそこに向ける。そういったケースの虐待事例を、本やニュースでたびたび見聞きした。

虐待の記憶は、まだら模様に似ている。濃い記憶もあれば、薄い記憶もある。そしてその濃淡は、日によって変化する。2020年の夏、解離性同一性障害と診断された。そのときようやく、自身の記憶が不定期で欠如する理由を知った。

【解離性障害とは…衝撃的な出来事、事故、災害などの体験や目撃などの極度のストレスが引き金となって突発的に発症する、幼少期の虐待や、あまりにも耐えがたい心理的葛藤から、相容れない情報や受け入れがたい感情を意識的な思考から切り離さざるをえなくなって発症する、など、心理的な原因が想定されており、心因性の精神障害に分類されます】
東京都立松沢病院のHPより

最大の痛みは「知っていたのに、助けてくれなかった」

父だけでなく母からも、日常的な虐待を受けていた。定規や布団叩きで身体を打たれるほか、言葉の暴力もあった。

「子どもは二人で終わりにするはずだった。予定外にあんたができちゃったから、仕方なく産んだのよ。本当は要らなかったのに」
「要らなかった」という台詞は、鋭い痛みを私にもたらした。しいて言えば、竹製の定規で10回打たれるのと同じくらいの痛みだった。テストは100点以外認められず、95点でも頬をぶたれた。「なぜあと5点が取れないんだ」と怒鳴り続ける母の顔は、化粧が崩れて粉を吹き、真っ赤な口紅だけが歪に浮いていた。

母は、いつもイライラしていた。そんな彼女の表情を読み、次の一手を見誤らないよう努める。それが子ども時代における、私の最優先事項だった。母が常に苛立ちを内包していた理由を、当時の私は知る由もなかった。しかし、大人になり記憶の断片を取り戻した途端、その理由に行き着いた。いっそ永遠に忘れていられたら良かったのに。そう思ってみたところで、一度蘇った記憶は、二度と消えてはくれない。ドアの隙間から覗き込む視線。汚いものを見るような目つき。父が夜中に部屋を訪れた翌朝、決まって割られる食器。父が私に何をしていたか、母は知っていた。知っていたのに、助けてくれなかった。そのことが、父のした行為以上に、私の内面を踏み荒らした。

知りたくもない痛みだけが体内に蓄積されていく。その過程で少しずつ壊れていった私は、何度か自殺を試みた。でも、結局死にきれなかった。「要らなかった」のなら産まないでほしかった。そう思うのと同じ強さで、「愛されたい」と願っていた。

【令和2年度中に児童相談所が対応した養護相談のうち児童虐待相談の対応件数は205,044 件で、前年度に比べ 11,264 件(5.8%)増加しており、年々増加している。主な虐待者別構成割合をみると「実母」が47.4%と最も多く、次いで「実父」が41.3% となっており、「実父」の構成割合は年々上昇している】
厚生労働省「令和2年度 福祉行政報告例」より

すり込まれた「お前が悪いんだ」

父も母も、24時間365日にわたり、私を虐げていたわけではない。むしろ彼らは、外面は大変に良かった。学校行事や市の催しに積極的に参加し、教師や地域の民生委員たちと交流を深め、外堀を完璧に埋めていた。お祭りなどの催しの日は、驚くほどやさしかった。その延長で、穏やかな日々が数日続く場合もあった。そういうときほど、私の心は怯え、縮こまった。平穏は、長くは続かない。そして、大抵の場合、揺り戻しで大きな反動がくる。次に彼らのスイッチが入るのはいつか。時限爆弾を抱えているかのような恐怖は、直接的な痛みとは違った形で私の心を苛んだ。

中学、高校と年齢が上がるにつれ、身体に対する暴力は減った。私の身長が伸び、母の背を追い越したことも要因のひとつだろう。しかし、父からの性的虐待と母からの心理的虐待は続き、私の精神は常に不安定だった。学校ではたびたび過換気症候群(過呼吸)の発作を起こし、同時期にセルフハーム、いわゆる自傷行為もはじまっていた。

行為に及ぶたび、父は私に言った。

「お前が悪いんだ。お前がこうさせたんだ」

長年すりこまれた台詞は、今でも私のなかにしつこく染みついている。当時はさらにその傾向が強く、何か良くないことが起こるたびに「自分のせいだ」と思い込むようになっていた。兄と姉が愛されているのを目にするのが、何よりも苦しかった。どうして、私だけ。そう思っては、母の言葉を思い出していた。

「要らなかった」のに生まれてきてしまった。生まれたことそのものが、罪だった。その考えに行き着くたび、左腕の傷は増えた。

【――自傷をするときの心情について。
自傷をして「気持ちいい」という子もいるけど、正確に言うと、やってないときがえらい苦しくて、やってるときだけ、瞬間、苦しみから解放されて楽になるんですよね。それを「気持ちがいい」とか「快感」とかって表現しているんだと思います】
精神科医・松本俊彦さんへのインタビューから

あと少し…そう思っていた矢先「切れた」

私の地元は田舎で、自宅から通える範囲に大学がない。よって、大学に合格さえすれば、家から出られる。外的評価が何よりも重要な両親にとって、偏差値の高い国立大学への入学はマストだった。あと少しの辛抱だ。そう自分に言い聞かせていた高校2年の夏、唐突に糸が切れた。

突然、一切の食べ物を受け付けなくなったのだ。身体が、生きることを全力で拒否していた。短期間で10キロほど体重が落ち、歩くだけで息切れを起こし、常に目眩がした。当然、成績は下がり、ついには学校に行けなくなった。そんな私に、両親は激昂した。しかし、どんなに痛めつけても私が食べ物を受けつけない様を見てとると、今度は泣き落としにかかった。

「どうしてここまできて、こんな反抗の仕方をするの。成績が下がるだけじゃなく、内申点も下がるのよ。わかってるの?」

そう言って、母は泣いた。食事がとれない娘の身体ではなく、成績と内申点の心配をして泣く母を見て、私はようやく悟った。この人に愛される未来は、永遠に訪れない。私がどんなにがんばっても、どんなに心を砕いても、この人は私を愛さない。私のなかに残る「愛されたい」という切実な欲に、吐き気がした。

そしてそれ以上に、両親を殺したいと思った。その衝動はすさまじく、長く抑えつけておくのは不可能に思われた。自身の衝動に恐れをなした私は、母親の財布から有り金を抜き取り、貯め続けたお年玉と最小限の荷物を抱え、家を出た。17歳だった。


この連載は、両親から虐待を受けた経験のあるエッセイスト・碧月はるさんが「虐待の先にある人生」について綴ったコラムです。
次回のテーマは「逃げた先で待ち受けていた現実」です。

虐待の先にある人生

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TEENS POST(ティーンズポスト)
 手紙やメールで相談できます。対象は13〜19歳。

【虐待かも…と思ったら】
児童相談所虐待対応ダイヤル「189」について(厚生労働省)

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