お金と仕事
深夜シフト中にネタづくり 芸歴もバイト歴も約20年になった心境は?
「むしろ、これから」「コンビニで会えなくなった」が恩返し
お金と仕事
「むしろ、これから」「コンビニで会えなくなった」が恩返し
2003年にトリオでデビューし、2010年の「第1回お笑いハーベスト大賞」で優勝。2012年にコンビとなったロビンソンズ北澤さんは、深夜のコンビニバイト歴20年という〝アルバイト芸人〟の顔も持っています。一日の大半を過ごすコンビニは、ネタづくりの貴重な機会になっているそう。芸歴とバイト歴がほぼ同じという状態で舞台に立ち続けている北澤さん。「純粋にお笑いが好き。全然飽きないんですよね。むしろ、これから」と語る北澤さんに、仕事への思いを聞きました。(ライター・安倍季実子)
インパクトのある女装コントが武器かと思いきや、日常のワンシーンを切り取ったコミカルかつ軽快なコントも得意なロビンソンズ。ネタ作りを担当している北澤さんは、「深夜のコンビニバイト中にひらめくことが多い」といいます。
十代の頃よりコンビニでバイトをしており、今の店舗は3軒目。10年以上在籍しています。入った直後に東日本大震災が起こり、「当時は商品が入って来なくても、お店を開いておかないといけなくて、全く休めなかった」と振り返ります。
「あまり知られていませんが、コンビニは災害時の『災害時帰宅支援ステーション』や『指定公共機関』に指定されています。帰宅困難者のサポートをしたり、支援物資の供給場所になったりするんで、何があってもお店を開け続けないといけないんです」
そんなコンビニの役割はコロナでも同じだったそうです。
「『まん延防止等重点措置』が出ると飲食店が時短になるので、夜も忙しくなります」
勤務時間は、夜10時から朝9時まで。その後、カフェへ行ってバイト中にひらめいたアイデアをまとめてから帰宅。3時間ほど睡眠をとってから再びカフェでネタ作りの続きをします。再び帰宅して、夜勤の準備をしてからコンビニへ。
「深夜勤務は週4日ですが、深夜以外の日は数時間だけ早朝勤務をしてるんで、ほぼ毎日行っています(苦笑)。コンビニの昼間は、商品を売る・接客がメインで、それ以外の品出し・発注・掃除などの地味な仕事は全部深夜にやります。スタッフは2人体制で、一人がフライヤーとかも含めた掃除を担当して、もう一人が品出し・発注を黙々とこなすという感じです。お客さんが来ない深夜は楽そうと思われがちですが、案外やることはたくさんあるんですよ(笑)」
気になるネタは、仕事中のちょっとした瞬間に生まれるそうです。
「僕の場合はバイト中のながら作業でやるスタイルです。レジでお客さんがいない時とかに、思いついたアイデアをメモしておいて、休憩時間に設定や起承転結の流れをある程度まとめておきます。翌日ライブがある場合は、バイトの隙間時間でネタの直しをして、早朝に出来上がった最終版を相方に送ります」
現在の芸人活動のメインはライブで、月に十数回舞台に立ちます。
「今年で芸歴19年目ですが、この芸歴にしてはライブに出ている方だと思います。週に1本新ネタを作るのが目標だけど、直していると結局2週くらいかかってしまうんですよね。決して楽じゃないですけど、ライブに立たせてもらえるのはありがたいんで、できる限りこのペースを守りたいです」
とにかく、オフの時間はネタのことを考えている北澤さんですが、コンビニバイトの経験がネタに反映されることはあまりないといいます。
「コントの設定場所にすることはありますが、そこで出会った人や起こったことをネタにすることはないです。『コンビニバイトは人間観察がしやすそう』といわれますが、お客さんと接する時間も短いですし、『この人面白なー』って思うことはほぼないです(笑)。最初のコンビニは土地柄もあってか、レジを通す前にアイスを袋から出して、すでに食べてる、みたいな変わった人も多かったんですが、それはそれと割り切っていましたね。それに、本業がおろそかにならないように、あまりバイトにのめり込まないように気を付けてるんです」
実は、これまで自らバイト仲間と親しくなったことがないと北澤さん。コンビニバイトの居心地のよさに慣れすぎないように、適度な距離感を保つように意識しているそうです。そんな中でも、毎日顔を合わせるお客さんもいて、まれに顔見知りになることもあるそう。
「今の店舗には、僕が芸人だと知って、ずっと応援してくれているお婆さんがいます。去年結婚したときに、結婚祝いをいただきました。しかも、お婆さんの娘さん2人からもお祝いをいただいて……。普通にバイトで接してるだけじゃ、あまりないですよね。ほかにも、お笑い好きなお客さんとは挨拶の延長で会話するようになって、自分の出るライブの告知をすることもあります」
ネタに影響を与えているのは、昔、コンビニと並行してやっていた映画館のアルバイトの方なのだそう。
「実は、元々芸人になりたくてこの世界に入ったわけじゃなくて、本当は映画を作りたかったんです」
芸人の道を歩くことになったきっかけは、中学生時代にまでさかのぼります。当時はダウンタウンやとんねるずといった、お笑いスターが活躍したバラエティー番組の黄金期。ナインティナインが人気を確立した番組『とぶくすり』がスタートした頃です。バラエティー番組の影響を受けた北澤さんたちは、よく部活後に遊びでコントなどをしていたそう。
「プロになる気はなかったんですが、17歳の時に中学時代の同級生に誘われて、それから芸人になることを考えるようになりました」
高校入学するも、高1の途中で家庭の事情で中退した北澤さん。お金を貯めて映画の専門学校へ通おうと思っていたときに、ビートたけしさんが映画監督として作品を発表し、話題となりました。これが後押しとなり、少しずつ芸人活動に力が入っていきました。
「高校中退した後は、実家の近くのコンビニでアルバイトをはじめて、1年間で200万近く貯めました。そしたら、両親に『絶対に返すから貸してほしい!』と頼まれて、でも貸したすぐ後に『やっぱり、あのお金は返せない』と言われて(苦笑)。映画の専門学校に行けないんなら、映画館で働こうと思って掛け持ちするようになりました」
映画館のアルバイトは時給750円、朝10時から夜9時まで働き、週3日は夜10時から朝8時までコンビニの深夜バイトに励みました。
「映画館には、ほぼ毎日、1日中いましたね。むしろ、1日中いないと稼げないって感じで(苦笑)。でも、基本的には受付に座ってるだけなんで、そこでずーっとネタを書いていました」
2012年に閉鎖するまでの約15年間、毎日映画を見る中で、たくさんのインスピレーションをもらい、ネタを作りました。
「僕らはいろいろなジャンルのネタをするんで、代名詞がないんです。きっと、いろいろな映画を見てきたからでしょうね。好きな映画を挙げ出したらキリがないんですが、90年代から2000年初期ぐらいまでの単館映画全盛期の作品は全般的に好きです。ほかにも、フィルム・ノワールも見ていましたし、香港映画はコントのお手本という感じで見ていました(笑)」
新ネタ作りに精を出し、ライブにも頻繁に出演していますが、それだけで生活するのは大変だといいます。
「吉本さんは、『なんばグランド花月』や『ルミネtheよしもと』などの劇場を持っているんで、テレビに出なくてもライブだけで食っていけますが、ほかの事務所だとライブだけで食っている人はほぼいないと思います。『M-1グランプリ』は違うかもしれませんが、賞レースの決勝に残ったとしても、その後お笑いだけで生活できると限りません」
実力社会のお笑い業界では、芸歴を重ねただけでは、不安定さが拭えません。それでも北澤さんは芸人を辞めないといいます。
「芸歴に関係なく、単純に面白い人が売れる世界だと思うんで、売れてる同期や後輩たちを見ても、特に悔しいとかはないです。それくらいシビアな世界なんで。それに、最近は第7世代が注目を浴びていますが、今も活動している中堅芸人はあまり深刻にとらえてなくて、反対に『どうやって乗っかろうかな?』って考えてるんじゃないでしょうか。世間の人たちが思ってるほど焦ってないですね」
マイペースに信念をブラさず、自分たちのお笑いを続ける覚悟はすでにできているようです。
「僕個人としては、純粋にお笑いが好きですし、19年やってて全然飽きないんですよね。それに、僕がお笑いをはじめた頃に好きでよく見てたのは、シティボーイズさん。いわゆるお笑い第三世代ですね。だから、お笑いでバンバン活躍するのはおじさんっていうイメージが強いんです。僕らなんてまだまだですよ。むしろ、これからです」
「お笑いだけで食っていけるようになって、お客さんやバイト仲間にも『コンビニじゃ会えなくなったけど、テレビでよく見かけようになったな』って思ってもらうのが、一番の恩返しだと思うんで」
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