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「ステンレスナットを指輪に変える…」時間かけても贈りたかった相手
感動を呼んだツイッター〝実況〟
「ステンレスナット」をすべて手作業だけで削り磨いて、指輪を作る過程がツイッターで「実況」されました。作ったのは、指輪作家の夢を追いながら工事現場で働く男性。指輪を贈った相手が明かされると、感動を呼びました。投稿者に話を聞きました。
投稿した画像には、工事現場などで目にする変哲もない「ナット」が写っています。
ナットで指輪、と聞くと、「101回目のプロポーズ」の名場面を思い出してしまいますが、どうやらナットをそのまま使うわけではないようです。
投稿されたいくつもの動画では、金属のやすりでナットを削る様子や、ノコギリで切断する様子が続きます。硬そうなナットをひたすら「ギコギコギコ……」と手作業で整えていく根気強い作業。指先には「テーピング」代わりにガムテープも巻かれています。
ナットのネジ山を削ります pic.twitter.com/WIhW121s82
— ノムラボ (@nomulab55) January 2, 2022
そして最後の画像では、「ナット」の片鱗がみじんもない、「ペアリング」が完成していました。それを指にはめた、少しシワのある二人の手が並んでいます。
ノムラボさんがつづりました。
この投稿には「製作過程から愛が伝わってくる」「最後にぼたぼた涙が出た」「ハンドメイドの良さを凝縮したような作品」と共感が集まりました。
投稿したのは、夫婦で「nomulab」として活動する野村俊也さん(30歳)。指輪作家としてはまだ駆け出しで、生活のために作家活動の傍ら、工事現場で仕事をしています。
野村さんが小学校卒業を目前に控えた12歳の時、女手一つで育ててくれた母が急逝しました。
花が好きで、手作りのブーケで家を彩ってくれた、あたたかく、愛情深かった母。当時の野村さんの記憶は、母を失ったショックでところどころ抜け落ちていると言います。
そんな時期だったにも関わらず、鮮明に記憶に残っていた場面がありました。それは母の死後、野村さんを引き取ってくれた、母の姉の家に行った日のことです。
無口だったおじが、定位置のストーブの前に座りながら、野村さんに語りかけてくれました。「お前は俺の息子だからな、何も遠慮するなよ」
母の火葬の時に「もう今日から泣かない」と兄に宣言していた野村さん。でも、このおじの言葉を聞いたときばかりは、涙をこらえることができませんでした。
おじとおばの家で育ち、野村さんは6年前に、北海道から上京。すぐに「型枠大工」として職人の道を歩みました。
型枠大工時代の先輩からは、技術だけではなく、「ものづくりに真摯に取り組む姿勢」も学んだと言います。
人生の伴侶も得ました。経済的に余裕がない時でしたが、妻に指輪を買ってあげたいと、コツコツお金を貯めて、なんとかプレゼントしました。でも、自分用の結婚指輪を買うことはできませんでした。
1年前、北海道に帰省した時、おじとの他愛のない会話の中で、「昔、ステンレスナットで指輪を作っていた人がいた」と聞きました。
「衝撃が走った」という野村さん。東京に戻ってからもその話が頭から離れず、ナットで指輪を作る方法をインターネットで調べてみたりもしましたが、やり方も、使う道具も分かりません。
とりあえず5種類の組ヤスリを買い、工事現場で拾ったステンレスナットを削ってみました。少しずつ使うヤスリを増やし、試行錯誤を重ねながら、仕事終わりなど時間があればヤスリとナットに向き合う日々が始まりました。
地道で時間のかかる作業でした。でも「大切な人のことを考えながら、黙々とナットに向き合っている時間は、僕にとって、とても心地の良い空間と時間の流れで、自分らしく思いを込めることができるものづくりだと感じました」。
自分たち夫婦のペアリングを完成させると、野村さんは、さらに指輪を贈りたい人の顔が浮かびました。
18年間育ててくれたおばの誕生日に、手作りの指輪を贈りました。
すると、それを見ていたおじが、野村さんに「指輪を作ってほしい」と頼んだそうです。
普段は一切アクセサリーを付けないおじ。結婚して40年、結婚指輪もありませんでした。野村さんが「どこの指に付けたいの?」と聞くと、二人そろって「左の薬指」と答えました。
二人のおかげで今がある――。
野村さんは指輪のデザインに、どこまでも高く天に昇る神の遣い「龍」の鱗をイメージした模様を刻みました。区切りのない模様に、「永遠の絆」と「終わりなき幸せ」の意味を込めたそうです。
北海道に帰省するいとこに指輪を託して、ビデオ通話の画面越しに、指輪を贈りました。
無口なおじの目に涙が浮かんでいました。
今回の取材をきっかけに、改めておじとおばに指輪の感想を尋ねると、こう返ってきました。
妹が亡くなって18年。当時は、「この子をどうやって育てていけばいいのか……」「妹の宝物で、かわいいかわいいと自由に育てられてきた子なのに……」と正直、思っていました。
でも、考えている余裕なんかありませんでした。子どもたちが「家で一緒に暮らそう!」と言って背中を押してくれ、育てていく覚悟を決めました。
毎日が忙しくて、ただその時のことをひとつひとつ熟していくだけで精いっぱい。本当に、あっという間の18年。
やんちゃばかりしていたので、今思えば叱ってばかりいたような気がします。
贈られたこの指輪を見たとき、本当にうれしかったです。今までの苦労が全部飛んだような気がします。
そう振り返り、野村さんへの感謝がつづられていました。
「この指輪には、感謝の気持ちがたくさん詰まっているんだと感じ、涙が止まりませんでした。一生、大切につけていこうと思います。本当にありがとう」
小さい頃に母を亡くし
— ノムラボ (@nomulab55) January 5, 2022
叔父、叔母の元で育ちました。
叔父の元へ行った日。
叔父からの一言を今でも鮮明に覚えています。
「お前は俺の息子だからな、何も遠慮するなよ」
あの言葉から18年。
僕なりの恩返し。
この手だけで作った指輪を…#親孝行#育ての親へ#手の心#ナットリング pic.twitter.com/EE6cOF9n3N
今、野村さんは、指輪作家の夢を追いながら、工事現場で働く傍ら、作家活動を行っています。
ツイッターを通して、フォロワーから結婚8周年の記念リングの依頼も受けました。
「無限につながる愛」という思いを込めて、「無限(∞)」の彫りを施した二つの指輪を重ねると「ハート」が浮かぶデザインの指輪を作ったそうです。
「指輪はそれぞれの人の想いが込められた贈り物だと思っているので、デザインも形もその『想い』をイメージして作っています」
全てが手作業のため、一つの作品を作るのには最低3日、大きく分けて7つの工程がかかると言います。それでも、大変だと思ったことはないそうです。
ステンレスナットの魅力を聞きました。
「20円で買えるステンレスナットですが、高い機械や工具を使わなくても、この手だけで世界にただひとつの特別な指輪にすることができるんです。貴金属や宝石を足したり、増やしたりすることなく、ただ削るだけ。努力と想いがあれば幸せを届けられる、そんなナットの指輪に魅了されています」
「モノであふれている今の時代だからこそ、温かくて美しいモノづくりの尊さを現代につなぎ、作品として残していきたい」とも言います。
手作りされたものに魅了される気持ち。「モノを大切にする心は、亡き母の教えです」
指輪を磨く作業に重ねて、野村さんは語りました。
「ヤスリは前へ前へ動かして削る手工具です」
「前へ進むこと、日々を楽しむこと、人の想いを感じ生きることが、人への愛や優しさにつながっていると思います。どんなにくじけそうになることがあっても、これからも前を見て進んで行く先に、必ず優しい愛があると信じています」
※24日、更新しました
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