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連載

#5 記憶をつなぐ旅

駅を降りたら壁画アート 11年を経て生まれた双葉町の〝ワクワク旅〟

芝生でヨガ、カジュアルを入り口に

山根さんの団体でインターンをする東北大の学生たちが、福島・双葉町のアート壁画の前でジャンプします。同世代に訪れてほしいと自らツアーを企画・開催しました
山根さんの団体でインターンをする東北大の学生たちが、福島・双葉町のアート壁画の前でジャンプします。同世代に訪れてほしいと自らツアーを企画・開催しました 出典: 山根さん提供

目次

街のあちこちに壁画アートが登場し、地元のグルメが楽しめる飲食店もオープン……。観光地としても注目が集まっている福島県双葉町は、東京電力福島第一原発が立地していた自治体で、ようやく住民の帰還が始まろうとしています。町の委嘱職員だった山根辰洋さんは、地域のなりわいづくりに取り組もうと起業し、町を案内するツアーを開くようになりました。「観光業が少しでも町の起爆剤になればいい」。そう考える山根さんのオンラインツアーにお邪魔しました。

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記憶をつなぐ旅※クリックすると特集ページに移ります。

連載「記憶をつなぐ旅」:戦争や災害、公害・環境破壊といった近現代の人々の悲しみ・苦しみの記憶を巡ることで、未来につなげていく〝旅〟を紹介します。このような旅は「ダークツーリズム」とも呼ばれ、実際に現地を訪れて感じたことや、次世代に受け継ぎたいことを考えます。
福島県双葉町:福島第一原発の5,6号機の立地自治体。町の多くが原発から10km圏内に位置し、避難指示が発令されて町役場ごと避難した。ことし2月末までの災害関連死者数は179人。2022年6月に、居住エリアの「特定復興再生拠点区域(復興拠点)」で避難指示が初めて解除される予定。
震災前は豊かな自然に囲まれ、環境省の100選に選ばれた海水浴場があり、毎年1月に伝統行事「巨大ダルマ引き」が行われていた。現在の人口は5600人ほどで、福島県内や埼玉・茨城などに避難している。

壁画アートやご当地グルメが迎える街

「新しく、ワクワクするようなことをやっている双葉町。ぜひ来てもらいたい」

オンラインツアーで画面ごしの参加者に呼びかけるのは、東京・八王子出身の山根辰洋さん(36)。2019年11月に一般社団法人の双葉郡地域観光研究協会(F-ATRAs)を設立し、町を案内するツアーを開催したり、町の情報を発信したりしています。

JR双葉駅を降りると、アートで町を再生しようという取り組み「FUTABA Art District」が手がけた壁画が出迎えます。

ノットワールドが2021年9月に開催したオンラインツアーのようす。壁画アート「FUTABA Art District」は、東京の壁画制作会社OVERALLsと、町出身の髙崎丈さんのプロジェクトです。現在は町の7カ所にあります=ノットワールド提供
ノットワールドが2021年9月に開催したオンラインツアーのようす。壁画アート「FUTABA Art District」は、東京の壁画制作会社OVERALLsと、町出身の髙崎丈さんのプロジェクトです。現在は町の7カ所にあります=ノットワールド提供

駅から沿岸部にかけて除染作業がおこなわれ、2020年9月に「東日本大震災・原子力災害伝承館」が開館。すでに2021年度は5万人を超える人が伝承館を訪れています。

その隣には、売店や会議室などを備えた双葉町産業交流センターがあります。フードコートではファストフード店「ペンギン」が営業を再開。震災当時は駅前で営業し、20年余りにわたって高校生たちに愛されていたお店です。

オンラインツアーのようす。当時の店長・吉田岑子(たかこ)さんは高校生たちから進路の相談を受けるなど「ペンギンのおばちゃん」と親しまれていました。駅近くの壁画のモデルになっています=2021年9月、ノットワールド・F-ATRAs提供
オンラインツアーのようす。当時の店長・吉田岑子(たかこ)さんは高校生たちから進路の相談を受けるなど「ペンギンのおばちゃん」と親しまれていました。駅近くの壁画のモデルになっています=2021年9月、ノットワールド・F-ATRAs提供

ほかにも、福島ご当地グルメのソースカツ丼が楽しめるレストランや、隣町・浪江の「なみえ焼そば」を出す飲食店も。山根さんは「伝承館を訪れたら、ぜひ足を伸ばしてほしい」と呼びかけます。

町に起きている変化「知って」

旅行会社ノットワールドと協力し、双葉町の「いま」を伝えるオンラインツアーは、国内外に向けて計6回開催。

町との「つながり」を作りたいと、被災地の素材を使った「クラフトジンふたば」をつくった町出身の髙崎丈さんともオンラインツアーを2回開催しました。

山根さん・髙崎さんのオンラインツアーのバナー。双葉のことを知ってほしいと開きました=ノットワールド提供
山根さん・髙崎さんのオンラインツアーのバナー。双葉のことを知ってほしいと開きました=ノットワールド提供

山根さんは「伝承館がオープンし、アート壁画があったりクラフトジンができたり……。町に起きている変化を知ってほしい」と話します。

負のイメージを予想していたら…

オンラインツアーで「福島のイメージ」を尋ねたアンケートを通して、山根さんには意外なことがありました。

「放射能が怖い・不安」といった負のイメージを予想していましたが、フタを開けてみると「イメージできない」「よくわからない」といった声が多かったのです。

ツアー後には「現地に行ってみたい」という好意的な反響が寄せられ、山根さんは「そもそも福島について知らない人が多かったんだなと思いました」と振り返ります。

再建された双葉町の初発神社。山根さんは「住民の手で再建し、ひとつでも町の日常が戻ってきたということが大切なこと」と言います=山根さん提供
再建された双葉町の初発神社。山根さんは「住民の手で再建し、ひとつでも町の日常が戻ってきたということが大切なこと」と言います=山根さん提供

避難地域の自治体で唯一、住民が暮らせなかった双葉町でしたが、今年6月には、居住が可能なエリアで初めて避難指示が解除される予定です。

山根さんは「『双葉町はこれからなんです』ということをもう一度、伝え直すことが大事」と指摘します。

町を案内している山根辰洋さん=山根さん提供
町を案内している山根辰洋さん=山根さん提供

「ここで起きたことをちゃんと伝えれば、自然と事故についても考えてもらえる。その上で町を応援してくれる人はいるんだなと思いました」

「双葉で友達つくろう」学生が参加

昨年10、11月には、福島イノベーション・コースト構想推進機構の委託事業として、若い世代を双葉に招く「パレットキャンプ」を開催。60名を超える応募があり、その中から32名が双葉を訪れました。

双葉町に7カ所あるアート壁画「FUTABA Art District」の前でパレットキャンプの参加者たちが記念写真を撮りました=山根さん提供
双葉町に7カ所あるアート壁画「FUTABA Art District」の前でパレットキャンプの参加者たちが記念写真を撮りました=山根さん提供 出典:Fukushima Seaside

山根さんの団体のインターン生たちが、いちから企画を検討。意図して「震災」「復興」「原発」を大きくうたわずにプロモーションしました。

「双葉でヨガをしよう」「双葉で友達をつくろう」……。そんな呼びかけには大きな反響がありました。

伝承館のそばの芝生の上で早朝ヨガ。星空のもとで住民がつくった夜ごはんを食べたりして参加者同士の交流を深めました=山根さん提供
伝承館のそばの芝生の上で早朝ヨガ。星空のもとで住民がつくった夜ごはんを食べたりして参加者同士の交流を深めました=山根さん提供 出典:Fukushima Seaside

こんな風にカジュアルに訪れられる企画がなければ、一生双葉に来ることはなかったかも――。そんな参加者の率直な声も聞かれました。

「町を『新しい友達ができた場所』として記憶に残してもらえました。『また双葉で会おう』と話してくれているのがうれしい」と話します。

住民たちが戻るには「なりわい」が必要

山根さんは震災後の復興支援に携わるなか、2013年から双葉町の委嘱職員になりました。避難者に配る広報誌の取材を通じて、魅力を知り、2016年に町出身のパートナーと結婚して双葉町民になりました。

妻には「いつかふるさとに帰りたい」という思いがありました。住民たちが戻り、にぎわいの中で楽しく暮らしていくには、地域に「なりわい」がなければいけない――。そう考え、2019年にF-ATRAsを設立しました。

山根さん(右端)が案内した双葉町タウンストーリーツアー=山根さん提供
山根さん(右端)が案内した双葉町タウンストーリーツアー=山根さん提供 出典:Fukushima Seaside

6月に控える「住民の帰還」のタイミングをきっかけに、商売をしている人たちも「この土地で何かコトを起こそう」と立ち上がり始めているそうです。

しかし現状は厳しく、「社会の全てが壊されている状態。まだまだ震災後の日常をどう作っていくか……という段階です」と言います。

昨年秋のパレットキャンプのようす。双葉郡の情報を発信する、富岡町の「ふたばいんふぉ」でレクチャーを受けました=山根さん提供
昨年秋のパレットキャンプのようす。双葉郡の情報を発信する、富岡町の「ふたばいんふぉ」でレクチャーを受けました=山根さん提供 出典:Fukushima Seaside

「でも、この解除のタイミングで地域にプレーヤーがいないと意味がない。後から続く人も入りやすいように、プレイヤーとして〝経済づくり〟をやっておきたい。自分が実験台のつもりで支援者から移行しました」

団体の立ち上げ直後にコロナ禍に見舞われ、現地ツアーは何度も緊急事態宣言の発令などでキャンセルになってしまっています。それでも「観光業が少しでも起爆剤になればいい」と考え、企画を続けています。

「ちゃんと知ってほしい」

「解除されたら双葉に帰る」と考えている人ばかりではありません。

高齢で諦めたり、「もう帰れない」と覚悟して避難先で新しい生活を始め、その暮らしがようやく落ち着き始めた矢先の「解除」に困惑したりしている人も多いといいます。

だからこそ「自分は帰れないから、帰って頑張る人を応援したい」と考える人も。

「ふるさとって、その人を形づくってきたもののひとつですよね。離れて暮らしていても、双葉町が元気でいてほしいというのは共通した願いなのではないでしょうか」

真新しい駅舎のJR双葉駅。パレットキャンプの2日目、山根さん(中央)が学生たちを案内しました=山根さん提供
真新しい駅舎のJR双葉駅。パレットキャンプの2日目、山根さん(中央)が学生たちを案内しました=山根さん提供 出典:Fukushima Seaside

地元の人たちは、被災地を観光で訪れることをどんな風に感じているのか――。

被災地をよく訪れる筆者が、普段から不安に思っていたことを尋ねると、山根さんは「商売している人は『来てよ!死活問題だから』って感じでしょうか」と笑います。

「偏見とかなんとなくの不安と闘ってきた皆さんでもある。『しゃべるからちゃんと知ってほしい』という人が多いですね」と答えてくれました。

「自分の生き方とか、根源的なものをすごく揺さぶられる場所です。ぜひ訪れてほしい。今後もオンラインツアーを開催したいと思っているので、まずは参加してみて、町とつながってほしいです」

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