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「外の空気を感じたい…」貸出回数ゼロの本フェア開いた図書館の願い
〝本から目線〟の自虐で伝えたかったこと
膨大な蔵書数を誇る、公立図書館。人気の新作はもちろん、古今東西の名著にも無料で触れられる、貴重な施設です。一方で様々な理由から、誰の手にも渡らない本は少なくありません。そんな事情を踏まえた、ユニークな書籍フェアを開催している施設があります。「大切なのは本の気持ちになってみることだと思ったんです」。人々の読書体験を豊かにしたいと、〝自虐ネタ〟全開のイベントを企画したスタッフたちに、話を聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
2月上旬。筆者は取材に必要な資料を閲覧したいと、全国の図書館が対象の、蔵書検索サイトにアクセスしていました。
しかし発行時期が古く、ほぼ世に出回っていない書籍ゆえか、結果はかんばしくありません。かろうじてヒットしたのが、東京都練馬区立石神井図書館でした。住まいからは距離があるものの、仕事のためと、足を運ぶことにしました。
同館への訪問当日、正面玄関の自動ドアをくぐった瞬間、筆者は面食らいました。突き当たりの柱前に、背の高い本棚が一台、ドカンと突き立っていたのです。とりわけ目を引いたのが、棚の上部に貼り付けられたポップでした。
「貸出回数ゼロの本」。横向きに並べられた文字列に、そう書かれています。「ゼロ」の部分だけ縦書きして強調し、後ろ側に白字で「0」の数字を浮かべるほどの凝りようです。せ、攻めてる……。思わず、まじまじと見つめてしまいます。
更に度肝を抜かれたのが、文字列に添えられた、フリー素材とおぼしきイラストでした。陰鬱な色彩の背景の中に、膝を抱えて座る人物が描かれています。しかも、なぜか頭は本。その周りで、こんなコピーが躍っているのです。
文章を読み終えた頃、ラミネート加工されたポップが、キラリと白く光りました。蛍光灯の明かりが反射したのか、はたまた筆者の瞳が潤んだのか。気付けば棚に並んだ一冊に手を伸ばし、イスに座るや、黙々と活字に目を通していたのです。
破壊力抜群の自虐ネタを、公立図書館が打ち出す――。そのギャップにワクワクした筆者の興味は、企画者たちの胸の内に注がれていました。背景事情が気になり、取材を申し込むことにしたのです。
「多様な蔵書に、多角的な視点で光を当てる。それが一番の目的です」。石神井図書館の廣川(ひろかわ)沙羅館長(51)は、展示の狙いについて、そう語りました。
廣川さんによると、同館では年間11回、約1カ月にわたり、特定のテーマで図書の企画展示を催しています。今回は2019年度~2021年度、一度も貸し出されなかった本にフォーカスするとの趣旨です。背景には、こんな経緯があったといいます。
「利用者の方々は、自分が借りたい本にのみ目が行くことが多いと思います。新刊本の全てをPRできるスペースはないため、書架にあっても人目に触れず、埋もれてしまう書籍は少なくありません」
一方で、その存在を目立たせれば、読み手と出会える図書もあるのではないか……。廣川さんは、そのように考えました。
「図書館で働く者としては、人気がある一握りの作品に親しむだけでなく、その奥に広がる豊饒(ほうじょう)な本の世界を体験してほしい。ならば読まれていない本に着目してスタッフが読んでもらいたい本を選んでみよう、という話になりました」
「貸出回数ゼロの本」展示用の書籍を選んだスタッフは4人。1カ月ほどかけて吟味し、ノンジャンルで150冊をえりすぐりました。いずれも順調に借り手がつき、利用者から「面白い」といった感想も届いています。
廣川さんいわく、今回の展示には、図書館を運営する側にとっても大きな意義があるといいます。
「蔵書にどんな本があり、それらを手に取って頂けるよう、いかに魅力的に見せていくか。こうしたことについて考えるのは、図書を管理する上で、基本的かつ非常に大切です。その点を見直す、良い機会になっているのではないでしょうか」
実際に選書に当たったスタッフにも取材しました。対応してくれたのは、担当者の一人・是川詩乃さん(22)です。
文学が好きで、学生時代に司書の資格を取得後、いったん別の仕事に就いた是川さん。昨年5月、本に関わりながら働きたいと、石神井図書館の運営を委託している企業「図書館流通センター」に転職しました。
現在は蔵書管理などの業務を行い、今回初めて、月一回の企画展示に携わったそうです。40~50冊の図書を選ぶ中で実感したのが、未知の図書と出会う面白さだったといいます。
「例えば今回の展示向けに、誰もが知るであろう、ある有名な芸術作品の解説書を選定しました。製作秘話が、たくさん載った一冊です。しかし、なぜか誰にも借りられていなかった。これはとても意外でした」
「古かったり、サイズが大きすぎたり、装丁がシンプルすぎて目立たなかったり。色々な理由で、内容は面白いのに、なかなかライトが当たらない書籍は多いんです。私自身、本の選定を通じて、初めて存在を知った本も少なくありません」
是川さんの心を、とりわけ強く揺さぶったジャンルもあります。戦時中の人々の暮らしぶりについて記録した、戦争証言集です。
「こうした書籍は、今後世に出ない可能性が高いでしょう。多くの方々に読んで欲しくて、本棚に並べたいと考えました。手に取りづらいけれど、知っておかないといけない歴史にまつわる本を置く。それも、図書館の役割の一つだと思います」
ポップの秀逸なコピーを発案したのも是川さんでした。「貸出回数ゼロ」という文言だけでは、利用者の心をつかむには足りない……。そう考え〝本から目線〟で検討した結果、「ステイライブラリー」などの表現をひらめいたといいます。
「新型コロナウイルスの流行で『ステイホーム』という言葉が生まれました。本も図書館に連れてこられ閉じ込められている。何だか人間と似ています。本からすれば読まれないのはきっとつらい。その立場に立ってみるのが大切と思ったんです」
本は誰かに読まれてこそ、文字や文章は、人の心を動かしてこそ真価を発揮する。そんなメッセージを全面に押し出したい、と感じたのだそうです。おかしみあふれる文章に、そこはかとなく哀愁が漂う理由が、分かった気がしました。
文学への思いが活きた側面もあります。象徴的なのが本棚中段に置かれた木箱です。手前に仕切りがなく、書籍を一冊入れられ、右側にはつぶらな目でこちらを見つめる本のイラストも。その直下に、黒地に白い文字でこう書かれているのです。
これは宮澤賢治の童話『注文の多い料理店』の一節「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」をもじったものです。
「原作では山猫の言葉として書かれている。人間ではない存在からの呼びかけとして引力があると感じた」と笑います。
図書館を訪れた人々に、どうやって展示を楽しんでもらいたいですか――。最後に尋ねてみると、こんな答えが返ってきました。
「書店ではピックアップされづらい、古い本や、専門的な本と出会えるのが図書館です。普段なじみがないジャンルにも、面白い本はいっぱいあります。そのことを知る喜びと楽しさに触れる、きっかけにして頂けたらうれしいです」
少しでも多くの人々に、まだ見ぬ名著の輪郭を、なぞってもらう機会をつくりたい。活字離れが叫ばれる時代にあって、本の伝道師たちの心意気が感じられる、素敵な取り組みでした。石神井図書館の企画展示は、2月27日まで実施予定です。
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