連載
#8 名前のない鍋、きょうの鍋
「料理は切るので精一杯」保護犬・猫70匹に囲まれた〝名前のない鍋〟
仕上げに「最強のひとまわし」
みなさんはどんなとき、鍋を食べたくなりますか。
いま日本で生きる人たちは、どんな鍋を、どんな生活の中で食べているのでしょう。そして人生を歩む上で、どう「料理」とつき合ってきたのでしょうか。
「名前のない鍋、きょうの鍋」をつくるキッチンにお邪魔させてもらい、「鍋とわたし」を軸に、さまざまな暮らしをレポートしていきます。
今回は、犬や猫を保護するシェルター代表の女性のもとを訪ねました。
大網直子(おおあみ・なおこ)さん:1966年、福島県生まれ。短大卒業後、バックパッカーとしてタイやインドネシア、オーストラリアなどを旅した後、アパレル会社に勤務。40歳で退職し、2011年に犬猫の保護シェルター『おーあみ避難所』(サイト:http://f20km-petrescue.org/home/)を設立する。大網さんの活動を紹介した記事はこちら
家族は夫と、犬猫合わせて70匹。
神奈川県の横浜市青葉区に暮らす大網直子さんは、自宅の1階を保護犬と保護猫のシェルターにしている。訪ねれば、玄関には宅配便がたくさん積まれていた。
「各地から送っていただいた支援物資なんです」
キャットフードやドッグフード、専用のトイレ用品など、犬猫の飼育に必要な日常消耗品の数々。あるいはケージやキャリーケースなど。大網さんの活動を応援する人たちから送られてきたものだった。
朝は7時に起床。トイレ掃除、餌やり、病気の犬猫への投薬と、やることはいっぱいだ。薬ひと粒飲ませるのでも、犬猫の場合は大ごとである。
「ボランティアの方が9時に来てくれるので、それから犬の散歩に行ってもらったり、支援物資の仕分けをしたり。自分の朝ごはんですか? パンにチーズをのっけて焼いたもので済ませることが多いかな」
飼育放棄された犬猫たちは、傷を負った状態で保護されることもある。
「そういう子を通院させたりもあって。今ちょうど週3回、月・木・土と病院に連れて行ってる子がいます」
その猫は胸に大きな傷を受けていた。別の猫は4本の足が折られた状態で発見され、保護された。
なぜそんなことになったのかは分からないが、事故にあったか、虐待を受けた可能性もある。2匹とも治療を受け、今は餌も自分で食べられるぐらいに回復していた。
「忙しくて、昼はおやつで済ませちゃうことが多いんです。食べる時間がなくて。夜は20時とか21時に食べることが多いかな。夫と一緒に。あ、もう私は主婦としては最低(笑)。普段はコンビニごはんもさんざん利用してます。つき合わせてますねえ」
元々料理はやるほうだったが、時間のかかる料理は好まないし、かける余裕もない。
「(調理プロセスは)切るので精一杯。一品できればいいんです。だから鍋はよくやりますよ。タラとカキはうちで定番の具、タラもほら、切れてるのがあるじゃないですか」
パックを開ければそのまま具になるのがいい。ネギと白菜、豆腐を手際よく切っていく。シイタケは石づきを落として、丸のままで。
「洗うのがラクで、鍋以外にも使えて便利」という鍋型ホットプレートに具をどんどん詰めていく。味つけは鍋つゆの素を利用、きょうはキムチ風味にした。
「これだけで味つけするとちょっと濃いから、昆布だしも入れるんです。煮えたら最後にゴマ油をたらすのが最強においしい」
鍋つゆの素も使いつつ、あれこれカスタマイズできるのは鍋ならではの楽しさだ。
そして料理している間、大網さんは小まめに台所のあちこちを拭かれる。そうか、これだけ犬猫がいて部屋が毛だらけでない理由に今、気づかされた。
取材者である私も猫を2匹飼っているのだが、掃除やブラッシングをちょっとサボると部屋に猫毛が舞って仕方ない。
日々ていねいに掃除され、犬猫の世話をされていることがうかがわれた。
「いやいや、毛はどうしても残りますよ。毛の生えてるものと暮らすんですから。掃除はねえ、なるべくモノも少なくしていかないと大変」
大網さん、あるとき思い立って炊飯器を捨てた。レンチンのパックごはんでじゅうぶん、と。鍋のシメのおじや用に、きょうも1パック用意してある。
大網さんは小さい頃から、捨てられた犬猫を保護しては飼っていた。結婚時はなんと8匹の猫とともに新生活を始めたそう。
ちなみに結婚されて22年目、夫さんは会社員時代の同僚だ。彼は犬猫との暮らしはどう思っているのだろう。
「よく訊かれるんですけど、嫌だったらとっくに出ていってると思います」
そう言って、カラッと笑われた。
結婚後も犬猫の保護や里親探しは続けてきたが、2011年に東日本大震災が起こり、「福島原発20キロ圏内 犬・猫救出プロジェクト」に参加する。約2年半にわたって、福島に通っては残されたペットたちを保護した。
「活動が広がっていくうち、『助けてほしい』という声が各地からあって。それを聞いちゃうと……やろうかな、って」という思いから、保護団体『おーあみ避難所』を設立する。
大網さんは正直な思いも聞かせてくれた。
プライベートがどんどんなくなっていく大変さはある。ボランティアの人たちも24時間いるわけじゃない。犬猫の世話に休みはない。
今年で56歳、「体力も落ちていく一方」なので、誰か本気で引き継いでくれる人がいたら、とも考えている。
お鍋の用意をしているとき、ふと大網さんに尋ねた。
「タラとカキが定番とのことですが、肉はあまり食べませんか?」と。
もともとは食べていたのだけれど、福島の原発避難区域で救出活動をしているとき、餓死した家畜たちの姿を目にした。
「そのときから、なんとなく食べたくなくなっちゃって」
私は、言葉を返せなかった。
これまでに犬猫と里親を引き合わせた件数は、約2000件。しかしなお保護が必要な犬猫は後を絶たない。
「そういう子たちが元気になっていく姿を見られるのが嬉しいんです、やっぱり。世話をしていると、こちらも元気をもらえます」
だからシェルターを続ける力のあるうちはやりたい、と大網さん。
犬猫たちの譲渡会は定期的に開かれている。おーあみ避難所のホームページやツイッターを確認してみてほしい。
取材・撮影/白央篤司(はくおう・あつし):フードライター。「暮しと食」、日本の郷土料理やローカルフードをテーマに執筆。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『ジャパめし。』(集英社)『自炊力』(光文社新書)などがある。ツイッターは@hakuo416。
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