連載
#42 Busy Brain
「人間はとても複雑」小島慶子さんの生きづらさ和らげた主治医の言葉
厄介な心身不調、原因は一つじゃない
40歳を過ぎてから軽度のADHD(注意欠如・多動症)と診断された小島慶子さん。自らを「不快なものに対する耐性が極めて低い」「物音に敏感で人一倍気が散りやすい」「なんて我の強い脳みそ!」ととらえる小島さんが綴る、半生の脳内実況です!
今回は小島慶子さんが、性ホルモンのバランスが変わる50歳前後の心身の不調はどこにあるのか、「更年期の迷走」について綴ります。
(これは個人的な経験を主観的に綴ったもので、全てのADHDの人がこのように物事を感じているわけではありません。人それぞれ困りごとや感じ方は異なります)
最近では、更年期、つまり性ホルモンのバランスが変わる時期(50歳前後。男性にもあります)の心身の不調について、オープンに語られるようになってきました。厄介(やっかい)なのが、この更年期に伴う不調、ホルモンバランスの乱れが理由なのか他のことが理由なのか、ちょっと判別しにくいんですよね。
物忘れや疲れやすさなんて、加齢や過労でも起きることだし、クリニックで検査をしなければ、性ホルモンのバランスの変化なんて気がつきません。
さらにこの症状は、ADHDの特徴ともちょっと似ているのです。うっかりミスをする、言われたことをすぐに忘れる、興味がないことには全然集中できない、なんてことは私の人生始まって以来のデフォルトなので、それが前よりもひどくなったかなんて正直言ってよくわかりません。ひどくなった気もするけど、元々ひどいしな!
何度も書いているように、そもそもADHDは脳からそれだけを切り出せるものではありません。「この困りごとはなにゆえか」には、いくつもの要因があるのです。更年期×ADHDはその曖昧(あいまい)さにさらにもう一つ変数が加わるので、実に厄介です。
今回初めて読む方もいると思うので改めてご説明すると、この連載は「私のADHDの話」ではありません。「ADHDでもある脳を持つ私の話」です。ADHDは私の全てではなく、私の脳みその全てでもありません。
前回書いた「どうでもいいことで頭がロックして進めなくなることがある」のも、生まれ持った気質のせいかもしれないし、育った環境によるものかもしれないし、ホルモンの影響かもしれないし、すぐに退屈して気が散りやすくかつ意識が集中しているときに頭を切り替えるのが苦手なADHDの特徴が関係しているのかもしれないし、そのうちの幾つかや、全部が理由かもしれません。
はっきりしろ!と言いたくなるでしょう。私もです。何が理由か、自分でもはっきりわからない。お医者さんだって「はい、今回はこれが原因」と、喉に刺さった小魚の骨を取り出すみたいに理由を示すことはできないでしょう。
以前、主治医に「人間はとても複雑なものなんですよ。苦しさの原因を一つの要素だけで説明することはできないのです」と言われて、気が楽になりました。私の場合は、親きょうだいとの関係が難しかったこともあり、20代から臨床心理士のカウンセリングを受けていました。
10代から30代までは強い自己嫌悪と摂食障害(過食嘔吐:食べ吐き依存)に悩み、30代では産後のメンタル不調と職場復帰の不安に加えて夫との関係に悩んで不安障害という病気を発症。40代でADHDの診断を受けました(つまり40年以上自分の脳の特性について知らずにいたということ)。
主治医によると、パーソナリティのタイプとしては強迫性パーソナリティに分類されると思われるとのことでした。このタイプはなんでも自分が決めた通りにきちんとやらねばと思う傾向があり、他のパーソナリティ同様、度が過ぎると社会生活に支障をきたします。また、怒りの感情を強く抑圧してしまい、それが心身の不調になって表れることがあるという話でした(医師の話を素人理解で書いているので、正確な表現ではありません)。
おいおい、苦労自慢かよ!とまた突っ込みたくなったかもしれませんね。いいえ、私が特別だと言いたいのではありません。人は詳しく分析すればみんな何かしらの負荷を受けて生きているものだろうし、ときにはそれが心身の不調になって表れることもあるでしょう。
私の場合は、不調があるとあまり我慢せずに専門家に相談する習慣があるので、たまたまいろんな診断名がついているだけです。じっと抱えて耐えるタイプだったら、今もきっと「苦しいのは自分の心がけのせいだ」と思っていたでしょう。
我ながら、なんでも専門家にすぐ聞きに行くこの性質はなかなかいいと思っています。生物の勉強が大好きだったせいか、心身の不調を感じると、どうしてこうなったのか、仕組みを知りたくなるのです。
で、どうもこの先生は説明が不親切だとか下手くそだと思うと、違う先生をあたる。納得いくまでそれをやるので、いい先生に巡り会えるのだと思います。
当然、更年期についても何が起きるのか知りたくて、早くから婦人科の先生にあれこれ尋ねたり体をチェックしたりしていました。なんならまだホルモンの値が正常だった40代半ばぐらいから、もう気分は先取りで更年期でした。おかげで、50歳を前にして本格的に更年期に突入してからも、動揺することなく心身の変化と付き合っています。
ただ、例えば書き上がっていない原稿があるのは重々わかっているのにどうしても取り掛かることができずに、朝から椅子(いす)にかけたまま夜になってしまった時など(それがほぼ毎回)、これはホルモンの仕業(しわざ)なのか、発達障害の仕業なのか、気分の問題なのか? 一体何をどうすれば改善するんじゃーと絶望することがあります。
ちゃんとホルモン補充をしているし、ADHDであることは自覚しているし、やる気はある。なのに気づくと『聖徳太子と飛鳥仏教』を熟読していたり、Twitterで見かけた深海生物をネットで深掘りしていたり、テレビのヨーロッパ街歩きに見入っていたりする。そうして原稿は全く捗(はかど)らないまま、余計な知識だけが断片的に増えていく。
しかし恐ろしいことにそうやって果てしなく関係ないことに没頭している最中に、すっかり忘れていた重要案件を思い出すことも、実に多いのです。以前、私の頭はお掃除ロボのルンバのようだと書きましたが、めちゃくちゃに動いているようで、意外と無駄でもないと思えるのが困ったところです。
(文・小島慶子)
小島慶子(こじま・けいこ)
エッセイスト。1972年、オーストラリア・パース生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『曼荼羅家族 「もしかしてVERY失格! ?」完結編』(光文社)。共著『足をどかしてくれませんか。』(亜紀書房)が発売中。
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