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連載

#8 コウエツさんのことばなし

「ママさん選手」使っちゃダメ?校閲から考えるスポーツとジェンダー

「史上初」も「最年少」もNGな理由

スピードスケートのソチ五輪代表選考会、女子500メートルで6位に終わった岡崎朋美さんは競技終了後、応援スタンドにいた長女の杏珠ちゃんを抱きあげた=2013年12月28日、長野市のエムウエーブ
スピードスケートのソチ五輪代表選考会、女子500メートルで6位に終わった岡崎朋美さんは競技終了後、応援スタンドにいた長女の杏珠ちゃんを抱きあげた=2013年12月28日、長野市のエムウエーブ 出典: 朝日新聞

目次

言葉遣いや誤字脱字を点検するのが校閲です。特にスポーツ記事は記録にまつわる数字が多く骨が折れます。そんな中、最近、特に要注意のチェックポイントがあります。ジェンダーをめぐる表現です。褒めているつもりでも「美しすぎる」はNG。「ママさん選手」は本当にダメなのか? 人々の意識とともに変わるのが言葉遣いです。北京五輪では男女混合や女子の新種目が増え、参加する女子の割合は男子に近づいてきました。ジェンダー平等という視点からスポーツ報道を点検していきたいと思います。(朝日新聞校閲センター・原島由美子)

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校閲ではジェンダー平等の観点から、このような言い換えを提案することも少なくありません。もちろん文脈によっては使えるケースもあります。「男女間に上下関係がある表現になっていないか」「男性、女性はこうあるべきだという性別の役割分担を固定化していないか」などの視点で、普段から原稿をチェックしています。

昨夏の東京五輪・パラリンピックでも、「ジェンダー平等」は重要な取り組みの一つでした。

それなのに、元首相の森喜朗大会組織委員会会長(当時)が昨年2月に「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」と発言。国内外から批判を浴び、辞任したのは、記憶に新しいのではないでしょうか。

後任となった橋本聖子・新会長の下、改革が進みました。ジェンダー平等推進チームを発足させ、女性理事は7人から19人に増えました。

6月には、国際オリンピック委員会(IOC)が、スポーツ報道におけるジェンダー平等に注意を促す「ポートレイヤル(表象)ガイドライン」を公開。井本直歩子・ジェンダー平等推進チームアドバイザー=元競泳五輪代表=と、3月から理事になった來田(らいた)享子・中京大スポーツ科学部教授が和訳版を作りました。

日本オリンピック委員会の女性理事増員方針を巡る発言について記者会見する東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(当時)=2021年2月4日午後2時15分、東京都中央区、代表撮影
日本オリンピック委員会の女性理事増員方針を巡る発言について記者会見する東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(当時)=2021年2月4日午後2時15分、東京都中央区、代表撮影 出典: 朝日新聞

「美しすぎる」「美女アスリート」はダメ

ガイドラインでは、どう紹介されているのか、のぞいてみましょう。

「ステレオタイプや、女性と男性を比較するような表現、言葉や、どちらか一方の性別が優れているとしてしまうような表現を避けましょう」と記され、次の事例を挙げています。

また「個人の容姿を評価するようなコメントは避けましょう」「アスリートのパフォーマンスを表現するときは、女性、男性、どちらにも使える形容詞を使いましょう」とも。次のように例示しています。

国連児童基金(ユニセフ)の教育専門官でもある井本さんは、7月の記者会見で「日本の報道では女性選手の容姿や私生活の話題が多く、純粋に選手として報じられていない」と指摘しました。

2021年4月に行われた陸上の日本グランプリ第1戦では大型ビジョンで「アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNS投稿は卑劣な行為」と注意喚起されていた=日本陸上競技連盟提供
2021年4月に行われた陸上の日本グランプリ第1戦では大型ビジョンで「アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNS投稿は卑劣な行為」と注意喚起されていた=日本陸上競技連盟提供

「史上初」「史上最年少」がダメな理由

では東京大会の報道はどうだったのでしょうか。

來田教授が会長を務める日本スポーツとジェンダー学会は、競技結果や注目場面などを放送したNHKの「デイリーハイライト」8日分を調査、分析しました。

その結果を伝える第1回勉強会を1月23日にオンラインで開き、ジャーナリストや研究者ら約50人が参加。調査で評価されたのは登場した選手の男女比がほぼ半々だったことや、「××王子」「ママさん選手」といった性別を強調する言葉づかいがなかった点でした。

課題としては、女子選手の方が過剰に性別や年齢が強調された事例があったこと、女子選手の容姿・見栄えの言及が男子の2.7倍あったことなどが報告されました。

議論の中で、ジャーナリストたちが判断に迷う場面もありました。

例えば女子選手の実績で「史上初」「史上最年少」と伝えると「性別や年齢を強調しかねない」、男子選手で「小柄ながらも勝利」などは「男子は大柄なもの、というステレオタイプ化につながる」と指摘された時です。

日本スポーツとジェンダー学会の勉強会で示された、性別を強調する言葉の○×事例
日本スポーツとジェンダー学会の勉強会で示された、性別を強調する言葉の○×事例

かつてスポーツ記者でした

私は、かつてスポーツ記者でした。その時の経験から、勉強会での議論は「それも避けるべきなの?!」と少し驚きました。なぜなら、それらは大会や競技の歴史、そして選手が築く実績の一部にもなりますし、みなさんも知りたい情報ではないかと思ったのです。

「ママさん選手」の表現については、外資系メディアの女性から「スポーツと育児を両立させて頑張っている女性選手をむしろ取り上げ、社会に影響を与えた方がいい」という声もありました。

スポーツにおけるジェンダー表現の研究や学びは、本格的に始まったばかり。メディアの中でも人によって、理解や意識の差があり、表現の幅が狭くなることに反発する人がいるかもしれません。

でも少なくとも、東京大会は「ジェンダー表現って何だ?」と気づきを与え、「これはOK? それともNG?」と考えるきっかけになったと思います。

北京冬季五輪ではジェンダー平等、多様性がより進んだ報道になっているかどうか。注視したいと思います。

來田教授に聞いてみた

來田・中京大教授に「ジェンダー平等、公平性の確保のためのポートレイヤル(表象)ガイドライン」や、日本のスポーツとジェンダー表現の課題などを伺いました。

オンライン勉強会で話をする來田享子・中京大教授
オンライン勉強会で話をする來田享子・中京大教授

――ガイドラインの和訳版公開までの経緯は。

2018年にIOCがガイドラインの初版を出したのですが、大枠しか語られていませんでした。どんな表現がダメなのか、どうしたらより良くなるのかを具体的に示すために21年、改訂版が作られました。でも和訳版はなく、日本のメディアは存在にも気付いていません。広く知ってもらわないともったいない。井本さんと必死に和訳版を作りました。


――表象とは?

言葉、語り口、映像、画像、文脈、構成などです。報道の量や質も含まれます。報道陣の男女割合も平等に、など守備範囲は広いです。


――メディアから反発はなかったでしょうか。

幸いにも前向きにとらえて下さり、「日本のいろんな企業や教育現場でも使えるといいよね」といった声が多かったです。

外見や容姿で人を評価するルッキズム表現も、東京五輪の報道であった(勉強会から)
外見や容姿で人を評価するルッキズム表現も、東京五輪の報道であった(勉強会から)

――東京大会の報道で、気になった言葉は。

「美しすぎる」はスポーツ紙やデジタルで結構、見かけましたよ。特にデジタル記事は扇情的な見出しでクリック数を稼ごうとするあまり、必ずしも本文と合っていないものもありました。


――東京大会の表象分析結果では、メディア関係者が戸惑う場面もありました。

IOCのガイドラインは元々、欧米文化をベースに作られ、日本では当てはまらないところもあります。これから日本のメディアと一緒に、日本版の作成も目指していきたい。


――五輪理念に沿った報道が一般的になるには、まだ時間がかかりそうです。

社会が目指すジェンダー平等や多様性というビジョンに合わせることが、五輪らしい報道につながるのに、その方法論ができあがっていない印象です。

閲読率や視聴率にこだわるあまり、メディアの本質がずれてしまわないように、また変革しつつある社会に後れをとらないように、センスを洗練させていく必要があります。


――北京冬季五輪に向けては。

ジェンダー平等を入り口に、報道で様々な人権問題が解決されていくのが理想です。各国における東京、北京両大会の報道がどうだったのか、国際的な検証も必要ですね。

 

【表象ガイドライン(抜粋)】
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