連載
#124 ○○の世論
「保守票が逃げた」は本当か? 共産党と連携、データでみる真相
野党の勝利に必要な〝当たり前〟の条件
共産党との連携によって保守票が逃げた――。昨年の衆院選後、立憲民主党内であがった声です。「野党共闘」という言葉は、旗色が悪くなっていますが、共産票も保守票もうまく取り込んだ候補者が選挙戦を制していました。通常国会が始まり、あと半年あまりで参院選。野党が勝つための「必勝」パターンを考えてみました。(朝日新聞記者・北見英城)
私は昨年11月末まで政治部で立憲民主党など野党を取材していました。党幹部を取材していると、衆院選の結果を受けて野党共闘の見直し論をよく耳にしました。
「これまで保守票をとっていた立憲の候補から、その票が逃げた」。江田憲司代表代行(当時)は朝日新聞の取材に対して、そうこぼしていました。
今回の選挙戦を通じて、自民党は全国的に「立憲共産党」などと、共産党と選挙協力した立憲への批判を展開しました。江田氏は、その批判が自身の選挙にも影響したとみていました。
江田氏の選挙区は横浜市北西部の神奈川8区。たまプラーザなどの高級住宅街を抱えた選挙区です。2017年から自民は三谷英弘氏を擁立しています。今回は共産が候補者を擁立せず、江田氏と三谷氏の一騎打ちとなりました。奇しくも2人は、かつての第三極・みんなの党の出身です。
無所属で出馬した17年も、今回も江田氏が勝利をおさめました。ただ、江田氏は前回と比べて約1万2千票の積み増しにとどまったのに対し、三谷氏は4万4千票も増えました。惜敗率も62%から90%へと上がり、江田氏が迫られる結果となりました。
出口調査の結果をみると、立憲支持層のうち江田氏に投票した人は80%から95%にあがりました。共産支持層も今回は大半が江田氏に投票しました。ただ、自民支持層でみると30%から18%に。「支持政党なし」と「わからない」を合わせた無党派層では72%から62%に下がりました。
一方、三谷氏は前回、自民支持層の64%からの得票にとどまっていましたが、今回は81%から支持を集めました。13%だった無党派層からの支持も36%にのばしています。江田氏の指摘の通り、江田氏を支持していた自民支持者などの票が得られなかった可能性があります。
そもそも今回、候補者の一本化が進んだのは前回の選挙で、希望の党と立憲に分裂して候補者が乱立した反省があったからです。226選挙区で野党候補が競合し、その8割にあたる183選挙区で与党候補が勝利しました。ただ、朝日新聞の試算では立憲、希望、共産、社民、野党系無所属の当時の各選挙区での得票を合算すると、63選挙区で勝敗が入れ替わる計算になりました。
しかし、実際に今回の結果を見てみると、候補者を一本化したものの、選挙区によっては野党候補が及ばなかった例もありました。1足す1が「2」とならなかったのです。
その選挙区の一つ、東京都町田市などの東京23区では立憲の伊藤俊輔氏と自民の小倉将信氏の一騎打ちとなりました。
前回、伊藤氏は希望の党から出馬したこともあり、共産も候補者を擁立しました。今回は選挙直前に取り下げています。
前回、小倉氏が11万票余りを得たのに対して、伊藤氏は7万6千票、共産の候補者は5万9千票。単純に足し合わせれば、13万票を超えて勝利できるはずでした。しかし、結果は小倉氏が13万3千票に対して、伊藤氏は12万7千票で敗れています。
出口調査によると、伊藤氏は前回自民支持層の18%から支持を得ていましたが、今回は13%と落としています。また、無党派層からの支持は37%から56%と一見、伸ばしているように見えます。
前回の伊藤氏と共産の候補者に対する無党派層の支持を単純に足し合わせれば68%となる計算でした。逆に小倉氏は今回、無党派層の支持を28%から41%に伸ばしています。単純に1足す1とならなかった様子が出口調査からも感じられました。
それでは野党共闘は、失敗だったのでしょうか。
立憲は公示前の109議席を下回る96議席にとどまりましたが、小選挙区では9議席増やしています。議席減の原因は比例区で票を集められなかったためです。
そうだとしたら、多くの共闘を「成功」させた選挙区ではどのような特徴がみられたのでしょうか。
例えば、札幌市北部の北海道2区では、立憲の松木謙公氏が勝利しました。松木氏は前回希望から出馬して、共産も候補者を立てました。今回は共産と候補者を調整して臨んだところ、前回よりも3万票あまりを積み増し、小選挙区で勝利しました。
松木氏は今回、立憲支持層の91%、共産支持層の81%からの票を集めました。自民支持層の15%、無党派層の53%からも支持を得ています。これはいずれも前回の割合を上回るものです。
共産との協力関係は昨年4月の補選から始まりました。共産はここで候補者を擁立せず、松木氏に道委員会の推薦も出しました。
10月の選挙戦中でも、共産の穀田恵二・国対委員長と並んで演説したり、「比例は立憲」と呼びかけずに「それぞれの(支持する)野党の名前を」と演説したり、共産への配慮をのぞかせました。
共産関係者は「松木氏は義理堅い。北海道2区は、非常にやりやすい選挙区だ」と話していました。
一方で、もともと松木氏は保守層にも支持基盤を持っていたといいます。つまり、保守票を維持したままで共産支持層にまでウイングを広げることができたのが勝因と言えそうです。
共産以外の野党との交渉が実った例もあります。千葉9区では、立憲の奥野総一郎氏が自民の秋本真利氏を制しました。共産も候補者を出し、奥野氏も希望から出馬した前回は1万6千票差で及びませんでした。秋本氏との一騎打ちを制した今回は前回よりも3万1千票積み増しました。
今回、直前まで野党間で候補者調整をおこなった選挙区ではありますが、調整相手は共産でなくれいわ新選組でした。れいわは昨年9月、野党共闘を呼びかける市民団体「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)と立憲など他党との政策合意に応じました。
その後も協議を続けて、10月中旬に7選挙区で候補者を降ろすと発表しました。千葉9区もその選挙区のひとつです。一方、衆院選と同日に投開票された柏市長選に立候補した元れいわの候補者を、立憲県連として支持することを決めています。
出口調査の結果をみてみると、奥野氏は17年も今回も自民支持層の2割程度から、今回は公明支持層の4割からも支持を得ています。
そのうえで、立憲支持層の94%を固め、共産支持層の大半からも支持を得ました。無党派層についても前回の48%から63%と大きく伸ばしました。また、岸田内閣について「支持する」と答えた人の36%からも支持を集めるなど、リベラルな層から保守層まで取り込んだ様子がみてとれます。
ここまで四つの選挙区をみてきましたが、ここから導き出せるのは……
当たり前のようですが、それが野党にとっての必勝パターンと言えそうです。
立憲内には共産との連携について後ろ向きな声もありますが、多くの小選挙区で勝利するためには共産支持層を取り込むことが必要でしょう。そのうえで保守層にまでウイングを広げることができた候補者は、どのような工夫をしていたのか――。立憲としてしっかり研究する必要があります。
しかし、現実はそれとは逆の方向に進んでいるようにも見えます。
国会運営での「共闘」の象徴だった立憲と共産に国民民主党を加えた野党国対委員長による会談は、12月の新体制発足とともになくなりました。
立憲の支持母体である連合は今年の参院選で共産と協力する候補には推薦を出さない考えです。
また、同じく連合を支持母体としている国民は、小池百合子東京都知事が立ち上げた「都民ファーストの会」が母体の国政政党「ファーストの会」との合流も視野に入れています。
自民、立憲に続いて衆議院で3番目の勢力となった日本維新の会(維新)は、独自色をより強めています。今夏の参院選に向けて、立憲はますます難しいかじ取りがせまられている状況です。
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