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ジブリの建物、なぜ〝懐かしい〟の? 藤森照信さんが見つけた秘密

『平成狸合戦』に見る「時間の遠近法」、イラストレーターのウルバノヴィチさんと語り尽くす

『平成狸合戦ぽんぽこ』に出てくる団地© 1994 畑事務所・Studio Ghibli・NH
『平成狸合戦ぽんぽこ』に出てくる団地© 1994 畑事務所・Studio Ghibli・NH

目次

年明けの1月7日にテレビ放送された宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』をはじめ、ジブリ作品に出てくる「建物」には、物語や登場人物を引き立たせる役割があります。ジブリ作品を見て、どこか懐かしさを感じると話すのは、建築史家の藤森照信さんと、ポーランド出身のイラストレーター、マテウシュ・ウルバノヴィチさんです。2人が「建物」の観点からその魅力を探りました。

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建築史家の藤森照信さん(右)とイラストレーターのマテウシュ・ウルバノヴィチさん=金子怜史撮影
建築史家の藤森照信さん(右)とイラストレーターのマテウシュ・ウルバノヴィチさん=金子怜史撮影

ファンタジーでも感じる「懐かしさ」

――2014年から約4年間、展覧会「ジブリの立体建造物展」が開かれ、その監修を藤森さんが務められました。依頼があった時の素直な感想を教えてください。

藤森照信さん(以下、藤森): 宮崎さんとはもうお付き合いがあったし、宮崎さんが私の建築にわりと関心を持っているというのも本人から聞いていました。あと、宮崎さんは作品の中の建築に関して、けっこう力を入れて描いています。飛行機とか、お城とか、宮崎さんが好きそうな領分はわかるんですが、建築についてこれだけちゃんと描いている人って少ないんですよ。

日本の伝統的な建物から、日本の近代に生じた不思議なもの、オーソドックスなヨーロッパのものも描くんですよ。なので、建築に関心がある人だなというのはわかっていました。アニメの分野で建築の話をしたことがあるのは、私自身は宮崎さんだけなんです。だから珍しい経験ではあったので、展覧会のお話があった時にはぜひと返事しました。

――ウルバノヴィチさんは、ジブリ作品や日本のアニメに興味を持っていたとのことですが、初来日時の滞在先が東京都板橋区の高島平だったそうですね。

マテウシュ・ウルバノヴィチさん(以下、ウルバノヴィチ): はい。高島平にした理由はホステルが安かったという、それだけです(笑)。初めて日本に来たのは2008年の時です。高島平駅の近くで、小さな部屋を借りていたんだけど、外に出てちょっと歩くと川がある。川沿いを歩いていると「あっ、アニメっぽいな」とか、「ああ、コンビニだ。すごーい」とか、“普通の建物”を見ているだけなんだけど、面白い風景ばかりで。それまで、ポーランドで日本のアニメを見ていたからか、初めて日本に来たのに、「懐かしいな」と感じたんです。

行ったことがない場所なのに、「あっ、この角を曲がったらあれがあるはず」とか、だいたいわかる変な感じがあった。でも、一番不思議なのは、ジブリ作品って、ファンタジーの世界なのに「懐かしさ」を感じる。なぜかしらね(笑)。

藤森: 今の話を聞いて思い出したことがあります。自宅にアジアの留学生が何人か来たことがあるんだけど、日本の家を見て、戸を開けたりして、「ああ、こうか」みたいな感じで、懐かしそうだった。しみじみ見る理由は何かと聞いたら、“のび太”だった。『ドラえもん』のアニメを見ていたから、引き戸があったり押し入れがあったりする「のび太の家」の世界が現実にあることに感激していた。日本に来たことがない外国の人にも、「初めて」ではない感覚を与えていた。アニメの影響ってすごいなと思いましたね。

取材場所は、藤森さんが館長を務める東京都江戸東京博物館=金子怜史撮影
取材場所は、藤森さんが館長を務める東京都江戸東京博物館=金子怜史撮影

『ぽんぽこ』の時代背景

――ジブリ作品はファンタジーなのに「懐かしさ」を感じる。その点に共感します。藤森さんはその理由をどう捉えていますか。

藤森: 懐かしさは、自分が見たことのないものを見たときも、湧くときがある。それは自分でも不思議ですよ。ジブリの「懐かしさ問題」について、高畑(勲)さんか宮崎さんか、どちらから聞いたか覚えていないんだけど、こういうことをおっしゃられた。

背景を描く時の話ですけども、現代の話を描く時、背景を“近過去”にするそう。背景はちょっとだけ過去にさかのぼらせる一方、登場人物を“現代”の設定にすることで、一つの画面において「時間の遠近法」ができる。そうすると、物語や登場人物たちが浮き立ってくる、と。

具体的に言っていたのは、『平成狸合戦ぽんぽこ』の話。監督は高畑さんですよね。あの作品は、戦後の公団住宅を描いている。時代設定はもう少し後なのに。なぜ戦後だとわかるかと言うと、エレベーターがないところ。エレベーターを付けなかったから、4階建までになっている。それともう一つ。作品の中に給水塔が描いてあります。あれは戦後の公団の象徴なんです。

近過去を描くことで、現代の話にリアリティが出てくる。それを意識的にやっているというのにはびっくりしました。

「懐かしさの感情を持たない唯一の人間は『子ども』。子どもはどんどん成長するものなので、懐かしさの感情は必要ない(笑)」と藤森さん=金子怜史撮影
「懐かしさの感情を持たない唯一の人間は『子ども』。子どもはどんどん成長するものなので、懐かしさの感情は必要ない(笑)」と藤森さん=金子怜史撮影

時間的なアイデンティティ

藤森: ジブリの持っている「懐かしさ」というのはすごく大事な要素です。人間の懐かしいという感情は、人間がだいたい見たことのある、体験したことのある、古いものを見たときに湧いてくる感情。人間にある喜怒哀楽の感情は、実はどの動物も持っているの。どんな動物でもエサを与えられれば喜ぶし、エサを取られれば怒るし、何かあると悲しむ。だけど、懐かしさという感情は、動物は持っていない。例えば、犬が犬小屋見てしみじみするなどしないですよね。

懐かしさという感情は人間にしかないことに気づいた時に、なんでその感情があるんだろう、どういう時に湧いてくるんだろうって考えた。それで、私が「ああ」と思ったのは、昔通っていた小学校を久しぶりに見た時。ものすごく懐かしかった。

古い校舎は残っているわけですよ。卒業後、30年の年月が経っていても、その校舎を見ると自分の過ごした時代をすぐ思い出す。その時、その30年間の時間がちゃんとつながっていることがわかりました。

30年前と今の自分が、実は同じだということがわかる。だから時間的なアイデンティティ、自分が自分であることを確認できる。その時におそらく湧いてくる感情が「懐かしい」という感情。だから人間にとっては大事な感情なんです。

――ウルバノヴィチさんも、ジブリ作品を観て、懐かしいと思ったことがありますか?

ウルバノヴィチ: そうですね。僕の場合だと、もちろんアニメで観た光景を実際に体験したこともありますし、10代の頃からアニメを観ていたので懐かしいというのもあります。でも、なんかもっと魂の深い部分に直接に当たるところもあるなと思うんですね。

例えば、『千と千尋の神隠し』の中に出てくる、水の上を走る電車とか、最後の方で千尋が銭婆のところに行く時、カオナシと暗い森を歩くとか。そういった光景が、子どものときに両親と一緒に夜遅くに森を歩いた体験と重なることがあるなって。

風が強くて家がガタガタするとか、木が揺れるとか、そういうものはたぶん、どこに住んでいても、だいたい経験としてあるから、懐かしさを感じるのかもしれません。

「脳の中に描き込むように意識して周囲を見て歩くと、色々なものに気づく」とウルバノヴィチさん=金子怜史撮影
「脳の中に描き込むように意識して周囲を見て歩くと、色々なものに気づく」とウルバノヴィチさん=金子怜史撮影

「経験したことがある」感情

藤森: どこに住んでも、地上で生まれ育つ誰もが経験しているのは、石と土と水と草と木、そして風や太陽。これらはインターナショナル。私は「懐かしさ」をとんでもないところで感じたとことが一度あります。それはイタリアのシチリア島でのこと。

あんまり人のいない町の中を歩いていたら、土壁の、ちょっとした飲み屋さんみたいな地元のレストランがあって。そこに電灯があって、ガラスの向こうの、店の中が見えるようになっていたんです。

それを見たときに、「はぁ」と思ったね。確かにそれは、私が子どもの時に人の家の中を見たのと同じ光景でした。明かりの中での団らんに、実は国籍はなくて、どこの国でも同じかなと思いました。

ウルバノヴィチ: そういう経験は僕もありますね。夜に高速道路を車で走っていて、ちょっと休もうと駐車場に出た時の独特な雰囲気とか、親が運転する席の後ろに乗ったり、電車に乗ったりした時に見える流れる景色や流れる光、一瞬だけ見える他の人の家の中とか。そのディテールは変わるかもしれないけど、「どこかで経験したことがある」という感情が湧きます。

ウルバノヴィチさんの著書『東京店構え』(エムディエヌコーポレーション)は、2018年に出版=金子怜史撮影
ウルバノヴィチさんの著書『東京店構え』(エムディエヌコーポレーション)は、2018年に出版=金子怜史撮影

イマジネーションの大切さ

――ウルバノヴィチさん著作の、東京のレトロな建物を描かれた『東京店構え』を見て、ジブリ作品と同じ「懐かしさ」を感じました。

ウルバノヴィチ: 本で取り上げたお店は、有名なレトロスポットからそうでないものまでありますが、ノスタルジックな点は共通していると思います。

僕が日本に来た時の「これ、何だろう」というフレッシュな気持ちは、今でもなくさないようにしています。イラストを描くだけだったら、正直、写真1枚撮ったら描けるけど、それだと深みが足りない。なので、できればその店のことを知っている人に、過去の話や記憶に残っていることを聞いています。

そうすると、「以前ここには時計が付いていた」とか、「ここの部分は増築してキッチンになっている」とか教えてくれる。そういう情報があると、「なるほど」とイメージが湧くんです。もしかしたら、そういったエピソードがノスタルジーにつながっているのかも。

僕はたまに子どもになった気分で、建物と建物の隙間に何があるのか、じっくり見ます。なぜプラスチックの桶が置いてあるんだろうと思って観察してみると、隣で豆腐を作っていることを知って納得したり、何もないところに椅子が3個並んでいたら「もしかしたら、真ん中の椅子に将棋盤を置いて、2人で将棋するのかも」と想像したり。

そういうイマジネーションは大事。背景を描く時も、効率だけ求めて描くのではなく、想像することを大切にしています。

『ジブリの立体建造物展 図録〈復刻版〉』(トゥーヴァージンズ)は、2021年11月に出版
『ジブリの立体建造物展 図録〈復刻版〉』(トゥーヴァージンズ)は、2021年11月に出版

 

藤森照信(ふじもり・てるのぶ)
建築史家・建築家。1946年、長野県生まれ。71年に東北大学工学部建築学科卒業。東京大学大学院博士課程修了。91年、「神長官守矢史料館」で建築家デビュー。97年、「赤瀬川原平氏邸(ニラ・ハウス)」で日本芸術大賞受賞。2001年、「熊本県立農業大学校学生寮」で日本建築学会賞受賞。20年、「ラ コリーナ近江八幡 草根屋」で日本芸術院賞受賞。著書に『明治の東京計画』(毎日出版文化賞受賞)、『建築探偵の冒険・東京篇』(サントリー学芸賞受賞)など多数。
 

 

マテウシュ・ウルバノヴィチ
1986年生まれ、ポーランド出身。絵画、イラスト、アニメーション、コミック、動画など多岐にわたり手がけるクリエイター。2018年には
『東京店構え マテウシュ・ウルバノヴィチ作品集』、翌年には続編となる『東京夜行 マテウシュ・ウルバノヴィチ作品集II』を上梓。累計で10万部となっている。かつてはアニメ監督・新海誠監督のもとで映画『君の名は。』など数々の作品の背景美術を手がけていた。
 
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