話題
〝成長教〟の呪縛、原作者も入信した根深さ「自分本位」を愛せるまで
「ずっと120%の力で頑張れない」という気付き

公私とも、現状維持が許されない雰囲気がある、現代社会。「変わらなければ生き残れない」という言説は、そこかしこにあふれています。漫画『夫は成長教に入信している』は、仕事での自己実現をテーマに、そんな世相を切り取った作品です。私たちは日々、何にせき立てられているのか。どうして、強迫的に成長することを求めるのか。同作の原作者と担当編集者をゲストに招き、オンラインイベントで語らいました。(ライター・雁屋優)
withnewsは2021年12月4日、講談社協力で、オンライントークイベント「成長教ナイト~『夫は成長教に入信している』原作者と「何者かになりたい」を考える」を開催しました。
登壇者紹介
≪敬称略≫
漫画原作者。作家。北海道生まれ。2才の娘の子育て中。noteで作品を発表後、持ちこみをきっかけに『夫は成長教に入信している』の連載を開始する。同作は2021年11月10日、講談社より単行本化された。
Twitterアカウント @kino12kino3
withnews記者。2013年に報道機関に入社し、地方を拠点に事件事故・行政などの現場で取材を重ねる。2018年5月に朝日新聞社へと移り、現職。18年5月に朝日新聞社へと移り、現職。「人財(人材)」といった造語を起点として、特に労働を過度に「がんばる」ことを美徳とする社会のあり方について考える連載「#啓発ことばディクショナリー」を担当している。
Twitterアカウント @with_kambe
「今日は成果がなかった」とつぶやく休日
『夫は成長教に入信している』は主人公の会社員、コウキの行動を中心に展開していく物語です。コウキは、自分磨きの一環として高価なスーツや時計を買い揃えるなど、いわゆる「意識が高い」と言われるような振る舞いを好みます。妻・ツカサがコウキを仕事一辺倒の生活から引き離そうと努力する筋書きが、人気を博しました。
なぜ成長を、漫画のテーマにしようと思ったのか。紀野さんにお伺いします。
紀野
実は、私が「成長教」に入信していました。隙間時間に英語を勉強したり、休日ダラダラして過ごすと、「今日は成果がなかった」とつぶやいてみたり。すごく成長にこだわった毎日を過ごしていたんです。
その後、私が多忙すぎて、体調を崩してしまいました。そんな中で、「何かやりたいことがあって成長する」のではなく、「成長すること自体が目的になっているのかもしれない」と感じたことが、漫画を作るきっかけとしてあります。
神戸
「成長すること自体が目的になってしまっている」というのは、身につまされる話だと思いました。成長教をテーマに、漫画を描こうと思ったのは、なぜですか。
紀野
妊娠し、お腹の中に子どもがいる状態で、昨日よりも今日、今日よりも明日成長する、ずっと120%の力で頑張るのは難しいと強く感じていました。漫画という表現は読まれやすいので、漫画を使って表現することにしました。
そういう状況や、自分の変化を受け入れていくみたいな感覚だったんです。後で漫画を描くことにも繋がっていきました。
神戸
『夫は成長教に入信している』の原型は、紀野さんがnoteで自主制作作品として発表していた漫画です。講談社への持ち込みがきっかけで、制作陣に作画の北見雨氷さんが加わり、連載が始まりました。編集を担当された竹本さんは、最初に『夫の成長教に入信している』のプロットをご覧になったとき、どう感じられましたか。
竹本
やはり”成長教”という言葉が「スーパーパワーワード」だと思いましたね。僕は編集者として、作者がそのテーマを描きたいと強く思っていることを前提としたうえで、普遍性と時代性を大事にしています。
『成長教』は、先ほど紀野さんがおっしゃったように、今の時代に求められるという意味ではすごく時代性がありますし、自己認識と他者評価のバランスをどう取るかということでは普遍性があるんですね。これは是非、担当したいと思いました。

「成長したい」という気持ちを飼いならす難しさ
作品が多くの人に読まれるようになっていくと、「もっといい作品を作ろう」「もっと成長しよう」といった気持ちが頭をもたげてくることもあるかと思うんです。紀野さんの場合はいかがでしたか。
紀野
成長したいという気持ちを飼いならすのは難しいですね。竹本さんから、「最終的には自分の面白いと思うものを世に出し続けるしか道はない」と毎週の打ち合わせで言っていただいて、救われました。
神戸
公私ともに成長しなければいけない、よりよい状態にならなければならない。そうした考え方が、知らず知らずのうちに、僕たちの意識に入りこんでいくことも多くあります。そのような環境で、「成長したい」という気持ちとうまく付き合うにはどうしたらいいでしょうか。
紀野
実は、「何もしていなくても、自分自身のことを愛せるか」というのも、成長教の物語の大きなテーマでした。友達に「あなたは努力してないから嫌い」なんて言わないですよね。でも自分には言えてしまう。それは周りよりも自分のことを大事にしていないことの表れかな、と思います。
私は子育てをしているんですが、自分の子どもが今日何も成果を上げていなくても、かわいいなって思えるんですよね。でも大人になると、仕事で成果を出さないといけないから、それを休日も考えてしまうんですね。仕事をしているときと休日とを分けて考えるのが、「成長したい」気持ちとの距離の取り方かなと思います。
竹本
僕は結構適当な人間なので、自分を細かく分けて考えているんですね。神戸さんと話している僕と、紀野さんと話している僕は、別の人間であると思っています。
つまり、頑張っているときの僕も僕だけど、頑張れないときの僕も僕で、ダメなときは「今日はダメなんだな」ととらえるようにしています。ずっと120%の力でやるのは無理です。ロボットですら金属が摩耗していくので、人間だって休息を取ったり、給水所でお水を飲んだりしないといけないわけですよ。ちゃんと自分を甘やかすのって大事です。
神戸
僕は甘いものが好きなので、例えば取り組んでいた原稿が1、2行しか書けていなくても「今日は頑張った」と、大福などを食べることにしています。適度に自分を甘やかしつつ、軸を持ちつつ、やっていけるといいですよね。

成長を煽る言葉との距離の取り方
成長することを希求し、それ自体が目的になってしまうのは、誰しも覚えがあることかもしれません。一方で、成長を煽る言葉もあります。
僕は、withnews上で「啓発ことばディクショナリー」という連載を続けています。「人材」を「人財」、「仕事」を「志事」、「企業/起業」を「輝業」などと言い換えた造語を”啓発ことば”と定義し、その起源を探る内容です。『成長教』の生みの親として、このような”啓発ことば”についてどうお考えですか。
紀野
”啓発ことば”は、神戸さんの他の連載「カミサマに満ちたセカイ」の記事にあった、「言葉のドーピング」という言葉そのものだなと思いました。
【関連記事】「自己啓発本」編集者が明かす「言葉のドーピング」それでも作る理由
先ほど成長と距離を置くって話をしたと思うんですけれど、「人財」で自分自身が財産になってしまったり、「志事」で志が仕事になってしまったりすると、距離が取れなくなってしまうと思うんですよね。
会社と自分の間に、距離感がなくなって、気持ちを組織に持っていかれてしまうのは、危ういなと感じます。
神戸
非常に本質的な指摘だと思います。実は”啓発ことば”は、企業の業績悪化、社会経済の悪化など働き手に奮起してもらいたいときに使われ、拡散される傾向があります。会社員でもある竹本さんは、このような言葉と、どう向き合われていますか。
竹本
ただ「頑張れ」と言ってもダメなので、”啓発ことば”は一つの知恵だと思いますが、僕の志は会社に決めてもらうものではありません。だから「あなたにとってはそうなんですね」と考えるようにしています。

「今生き抜いているあなたを、愛している」
改めて、「成長」についてお考えを聞かせてください。
紀野
成長教の漫画は、「今生き抜いているあなたを愛しています」という気持ちが届くように、描きました。本日はありがとうございました。
竹本
成長は全然悪いことではなくて、それを責めるつもりもないんです。でも、それにとらわれてしまうと、しんどくなるときもあると思います。もっと自分本位に生きても大丈夫だと思いますね。
神戸
「成長すべき」という風潮に、過度に巻きこまれてしまうと、自分自身の首を絞めてしまうこともあるのかなと思います。このイベントが成長との距離の取り方を考えるきっかけになれば幸いです。
※イベントには『夫は成長教に入信している』作画担当・北見雨氷さんに、グラフィックレコード役として参加してもらいました。
【関連リンク】『夫は成長教に入信している』単行本販売ページ(講談社コミックプラス)