連載
#23 SDGs最初の一歩
ガンダム声優が読む「SDGs前文」 高橋理恵子さんが見つけた共通点
「ジレンマ感じながら自分勝手にやっていい」
SDGsにガンダムと重なるメッセージを見いだした現代アーティスト、キュンチョメさんが「超訳」した前文を『∀ガンダム』でキエルハイムの声優をつとめた高橋理恵子さんが読み上げました。俳優、声優、そして一人の市民としてどのような気持ちでSDGsに向き合ったのか。高橋さんに話を聞きました。(FUKKO DESIGN木村充慶)
SDGsが目指す思想が書かれたSDGsの宣言文。そのまま読むとちょっと難しいですが、そこにある言葉はどれも大切なものばかりです。
そんな宣言文について、現代アーティスト、キュンチョメさんは「ガンダムの演説のよう」と解釈しました。宣言文をガンダムにたとえることで、SDGsの考えを広げるチャンスがあると教えてもらいました。
このたび、withnewsはキュンチョメさんとともにSDGsの宣言文の中でもそのエッセンスが詰まった「SDGs前文」をわかりやすく訳し、ガンダムになぞらえて音声コンテンツにする「SDGs前文超訳プロジェクト」を始めました。
キュンチョメさんが「超訳」した前文に声を吹き込むのは、『∀ガンダム』で中心的な人物であるキエルハイム役を演じた高橋理恵子さんです。
『∀ガンダム』は遠い未来、かつて繁栄した文明が荒廃した世界が舞台です。月に逃れた高度な技術を持つ人間と、荒廃した社会から再び立ち上がった人間たちとの争いと交流が描かれています。どんなに発達した科学技術を持っていても戦争は起こり、核爆弾まで使用されてしまう。貧困やジェンダーなど様々な社会問題がちりばめられ、未来の地球を通して現代のSDGsそのものといえるテーマを描いています。
『∀ガンダム』の重要シーンに、争いが避けられない人間同士をつなげるためキエルハイムが演説する「建国宣言」があります。アニメ本編の演説シーンで使われた音楽をBGMに、高橋さんがSDGs前文超訳音声コンテンツを読み上げます。
高橋理恵子(たかはし・りえこ)
――SDGsについて、どのような印象をお持ちでしたか?
正直に言うと、SDGsについて普段から考えていたわけではありませんでした。今回のお話があって、調べていたら国連が作ったものだと知りました。ある意味「意識高い人」による一種のイベント的なものだと思い込んでいたのですが、違っていました。
2000年に国連が採択した発展途上国を救うための計画(MDGs:ミレニアム開発目標。発展途上国を中心とした開発分野における国際社会共通の目標)は実現できなかった。そこで、今度は先進国も含めてみんなで持続可能な世界を目指してできたのがSDGsだと知りました。
――SDGsという言葉自体は知っていましたか?
テレビでよく耳にしていましたけど、どのようなことかは知りませんでした。あまり興味が持てず、テレビや新聞で見ても素通りで、自分とは関係ないものと思っていました。
――「超訳」の元となる外務省の仮訳は読みましたか?
読みました。30ページ以上もあるので、最後の方はスマホ画面をシャーっとスクロールする感じですが……。
――感想は?
「誰に向けて書いているのかな?」という印象はありました。ただ、根底にあることはもっともなことだとも思いました。「これが実現できたらいいな」というものばかりだったんですけど、「本気で実現する気があるのかな?」「誰に届けたいのかな?」という気持ちにもなりました。
普通の人である私が読んでもわからないということは、正直、多くの人にも伝わりにくいのではないかと思いました。
――キュンチョメさんが「超訳」した前文はどうでしたか。
とても分かりやすくなりました。「超訳」はドラマチックにもなっているじゃないですか。起承転結がはっきりとしていたので、伝えたいという気持ちはとても大きくなりました。
――特に印象に残ったところはありましたか?
「貧困の撲滅」という言葉。貧困という課題が私にとっては一番大きかったです。
――日本だと身近に感じにくいかもしれませんが……
富裕層と一般の市民の人たちの差がものすごく大きいなと思っています。例えばアルバイトの時給が800円くらいのケースが東京の隣県でもあるんです。一方で、東京では1億円を超えるマンションに住んでいる夫婦共に高収入の「パワーカップル」もいます。もちろん、勉強して大学に行くなど、たくさんの努力した結果であるのかもしれませんが、こんなにも大きな差ができてしまうことに疑問を感じます。
それを地球規模で考えると、ごはんも食べられない人がたくさんいます。私たちの小さな寄付がアフリカなどの国で何日分かのごはんになるという支援の取り組みがありますよね。そういうのをみると、常にモヤモヤしてしまうんです。素晴らしい取り組みだとは思うのですが、なんでこんなに差があるんだろうって。そして、そんな取り組みを見ても、何もしてあげられない自分がすごく嫌だから、敢えてその話題を遠ざけてしまう逃避をけっこうしていたなと感じます。
――他には気になったことは?
ここの文章にあることももちろん大事だけど、本当は「じゃあ結局どうしたらよいのか」について知りたい気持ちはあります。「変えていくんです」と言ったら、「え? じゃあどこから? 何から?」という思いが自然と湧いてきました。
「超訳」を毎日練習で読んでいくと、不思議と自分がそう思っているような気持ちになってくるんですよ。大きな声でしゃべっていると心に自然と入ってくるんでしょうね。そのときに「私は参加しているって思いたいな」とすごく感じたんです。他人事だったけど、「自分もSDGsに参加して、加担しているんだ」って。
そう思うようになってから、燃えるゴミの日にちゃんと燃えるゴミを出すだけでも、地球の環境に貢献しているって本気で思えたんです。そういう身近な日常でやり始めるしかないと思うんです。私が海外に行って恵まれない子たちにごはんをあげることはそう簡単にはできない。私がSDGsでできることって、ゴミを分別するとか、人に親切にするとか、本当に小さなことなんです。
でも、そういうことでも「私は貢献している」って思い込んで、「自分はSDGsに参加して、加担してる」っていう自覚を無理やり持つことが大事なんだろうなと思います。なので「私エラいな」って思うようになりました(笑)。
――SDGsが普及したことで、逆に「SDGsなんて(笑)」と揶揄する人もいるかと思います。17のゴールが標語化してしまって、本質を見失っているのかもしれません。
前文を読むにあたって、自分の言葉にしなければいけないと思ったんです。そのためには自分がSDGsを信じないと難しいなと。信じているふりをするとバレてしまうじゃないですか。だから、せっかくなので、私はSDGsの世界観を本気で信じたい。そう思ったら参加するしかないなと。
――声優の仕事にあたってどのような準備をしていますか?
不安が80%くらいな感じで収録に臨み、暗闇で手探りしていく感じです。作品を生み出した人の感覚や感性って汲み取るのがすごい難しいですね。
――今回、SDGsにガンダムとの共通点を見いだしたキュンチョメさんの考えからオファーをさせていただきましたが、どう思いましたか。
すごく驚きました。でもSDGsを調べていくうちに、自由とか平等とか博愛など基本的な思いはキエルハイムの建国宣言と同じ根っこにあると思いました。
――根っこというと?
結局は実現しづらいものなのかなと。自由も平等も博愛もあれば良いけど、これほど実現しにくいものもない。そういうジレンマをそれぞれが大なり小なり感じていると思います。
∀ガンダムでもキエルハイムは戦争が起きないように「どうにかしておさめたい」という気持ちだったと思うのですが、その思いにかなり近いなと思いました。
――どのようなことを意識しながら収録に望まれたのですか?
雲の上である国連の人たちが考えて作り上げた文章を、私の手元にまで引き下ろすことなんじゃないかなと思いました。それがガンダムを通した私の役割だと思って。自分の身近な規模にするイメージです。自分の生活圏の中での出来事に置き換えられれば、すごくいいなと思って臨みました。
――たしかに、一般的にイメージされるSDGsのテーマは大きすぎて身近に感じられないですよね。
戦争や平和というと難しいですが、自分の職場や学校でいじめにあったり、パワハラにあったりしている人で考えるのが大事だと思っています。そういう人たちがいたら、優しい一言、おはようでもかけてあげれば、変わるんですよね……。
パワハラやいじめの根絶は世界平和の第一歩だとずっと思っています。数年前に知人が亡くなったのですが、最後に会った時、顔色が悪くて。「あれ、風邪でもひいているのかな?」「具合でも悪いのかな?」と思ったんですが、声をかけなかったんです。あの時「調子悪いんですか?」って一言でも声を変えてあげられたら変わっていたかもしれない。私がここで泣いたり反省したりしても、もう許されないんです。私もその人を孤独にすることに加担してしまった。
人が孤独になって、この世から消えちゃうなんてあっという間なんです。昨日までいた人が今日いなくなる。それは病気でもあるし、事故でもあるし。そういうことがあった後に、かわいそうだったとか、申し訳なかったとか、言い訳ではない形で、その気持ちを持ち続けないといけない。
自分の周りだけでなく、深い悲しみがこの世にはもっともっと存在していると思います。例えば、世界中で貧困に苦しんでいる人がいま現在もたくさんいます。できれば、自分の周りの辛い経験にしっかりと向き合って、一度も会ったことがない世界の貧しくて苦しい思いをしている人を重ねて考えることが大事だと思います。
――僕らの知らない世界で苦しんでいる人を身近な人の痛みと捉える。その時、SDGsが役立つわけですね。
はい。SDGsって知らない世界のことじゃないと思うんです。そんなにすごいことじゃないし、そんなに難しいことじゃない。そういう気持ちが大切だと思います。もっともっとって結果を出そうと思わなくていいんです。
何十年後、何百年後に、今、変えようとしている課題が、当たり前のように解決している 可能性だってあります。ジェンダーの平等にしても、今は女性が男性と同じように役職につくのは難しいけど、今の若い人たちが大きくなった時には、もしかしたら女性と男性の差はなく、能力がある人がそれにふさわしい仕事をするという形になっているかもしれません。
今すぐ結果が出ないとしてもやり続けていく。その結果をあまりに期待しすぎないで、とにかく自分が今日できることを続けていく。例えば、食事をコンビニで買う時、こんなに買ったら食品ロスしちゃいそうだなと思ったら、保存できる商品にするとか、少ないものにするとか。自分の範囲内でやり続けていくしかないと思います。
その恩恵を自分が預かれなかったとしても、それでいいと思うことが大切です。とにかく自分が小さな何かをやっていくということにだけ集中していく。その結果や、そのことで感謝されないことなどは気にせず、自分でできるSDGsを作っていい。自分勝手にやっていいんじゃないかなと思います。