MENU CLOSE

連載

#16 #戦中戦後のドサクサ

玉音放送直後に消えた母…空襲を生き延びた一家の「戦争の終わり」

秋田と東京を往復した少女が見た光景

東京から秋田に疎開した少女。終戦の日に見た光景とは……。=岸田ましかさん提供
東京から秋田に疎開した少女。終戦の日に見た光景とは……。=岸田ましかさん提供 出典: 岸田ましかさん提供

目次

戦時中、空襲の被害を逃れ、東京から秋田に疎開した少女。様々な理不尽を体験した末、ついに終戦の日を迎えました。その当日、一緒だった母親が、突然姿を消してしまい……。困難な時代に、ある女性が実際に紡いだ「小さな歴史」について、漫画家の岸田ましかさん(ツイッター・@mashika_k)が描きます。
【PR】指点字と手話で研究者をサポート 学術通訳の「やりがい」とは?
#元2世信者が脱会後に困った「性の悩み」

「やめとけ!」帰京後にかけられた言葉

昭和20(1945)年5月。13歳の少女アキコは、戦争の激化に伴い、生まれ育った東京・足立から、父の故郷である秋田に疎開しました。

親戚宅を間借りし、母と3人の弟との計5人暮らし。家主の畑仕事を手伝っても食べ物をもらえないなど、生活環境は過酷です。しかし一家にリンゴをこっそり分けてくれる伯母、魚を配給する漁師など、親切な人々の助けを得て食いつなぎました。

学校での授業は、東京と同じく、空襲を想定した避難訓練が中心です。帰宅後は家事に明け暮れる日々を送って約2カ月、親戚に招かれた父もやってきました。秋田米をほおばれる幸せな時間もつかの間、東京の職場から呼び出されてしまいます。

足立に残った長男・次男の面倒を見るため、アキコは父より先に帰京しようと決めました。

スイッチバック方式で峠を越える鉄道に揺られ、目を回しつつ過ごすこと一昼夜。たどり着いた東京は、疎開前以上に、ものものしい雰囲気に包まれていました。

「そっちの駅には憲兵がいる! やめとけ!」。道を歩いていると、通行人から声をかけられました。駅周辺に張り込み、市民から食糧を奪い取る憲兵のうわさが、まことしやかに語られていたのです。

「一駅歩いて会わないようにしましょう……」。アキコたちも、注意深く移動するしかありません。

出典: 岸田ましかさん提供

秋田に戻って体験した理不尽

しばらくして、父と入れ替わりで秋田に戻ったアキコでしたが、思わぬ体験をします。家族が住んでいるはずの親戚宅が、もぬけの殻になっていたのです。近隣住民に聞き回ると、港近くに引っ越したことがわかりました。

ようやく母やきょうだいと再会できたものの、すぐさま更なる困難に見舞われます。1945年8月14日、後に「日本最後の空襲」と呼ばれる、「土崎空襲」に遭ったのです。

ところが、母は乳飲み子の弟を抱えたまま、家の中から動こうとしません。「お母さん! みんな山に逃げてる!」。アキコが必死で避難を呼びかけます。

「東京から逃げたのに……」「ここでもだめなら、もういいね。ここにいよう」。観念した表情でつぶやく母の姿に、子どもたちは、その場にとどまることを決めました。

事態は意外な展開をたどります。アキコの家の周辺に、ほとんど被害がなかったのです。米軍が、山側に建つ製油所を標的としていたからでした。爆破された石油貯蔵庫近くまで移動した人々は、体中油まみれになりながら、街に戻ってきました。

そして8月15日、アキコたちはラジオで玉音放送を聞き、日本の敗戦を知ります。その直後、こつぜんと姿を消した母。ほどなく、家族全員分の鉄道切符を手に帰ってきました。

「全員の切符買ったわ」「すぐ東京に帰りましょう!」。こうして、アキコ一家の戦争は終わりを迎えたのでした。

出典: 岸田ましかさん提供

「普通の人々」の努力忘れないで

今回のエピソードは、東京都内に住む女性(89)の実体験が基となっています。

長女だった女性は戦時中、母親と同じように、きょうだいたちを気にかけていました。往時について聞き取った岸田さんは、「まさに『小さな主婦』である」と感じたそうです。

「女性が家の仕事をする。それが、長女として当然の務めであるかのように語って下さいました。現代の私から見ると、大変な使命感と誇りを持っていると感じられました」

令和的価値観に照らし、違和感を覚える人もいるかもしれません。しかしアキコのモデルになった女性のように、家族を守ろうとした「ふつうの人々」の努力が、社会の基礎を支えていたことは、忘れられてはならないと思われます。

※本コンテンツは、戦争体験者の記憶と関連史料に基づき、可能な限り過去の風俗を再現したものです。また現代の価値観に照らして、不適切と思われる描写も含まれますが、戦中・戦後の暮らしぶりを伝えるためそのまま掲載しています。

  ◇

【連載「#戦中戦後のドサクサ」】
激しい闘いのイメージが強い「戦争」。その裏には、様々な工夫をこらしながら、過酷な環境下でもたくましく生き抜こうとする「ふつうの人たち」の姿がありました。戦中・戦後の混乱期、各地で実際に起こった出来事に基づく「小さな歴史」について、漫画家・岸田ましかさんの描き下ろし作品を通して伝えます。(記事一覧はこちら

連載 #戦中戦後のドサクサ

その他の連載コンテンツ その他の連載コンテンツ

全連載一覧から探す。 全連載一覧から探す。

PICKUP PR

PR記事

新着記事

CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます