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連載

#22 マスニッチの時代

みんなの意見を尊重してなくしたもの パーパス広告が生まれない日本

企業の「意思」で選ばれる時代に

差別をテーマにした動画広告で話題になったNIKE。日本に社会問題に向き合う広告が少ないのはなぜか……=ロイター
差別をテーマにした動画広告で話題になったNIKE。日本に社会問題に向き合う広告が少ないのはなぜか……=ロイター

目次

企業が、ESG(環境・社会・企業統治)やSDGsへの取り組みを求められる時代、広告の世界にも変化が現れています。海外を中心に、自社のサービスを宣伝するだけでなく、社会問題を訴える内容が目立つようになりました。一方、日本では社会問題に向き合った広告が少ないという指摘もあります。これからの広告はどうなっていくのか。著書『広告がなくなる日』で、従来型の広告の限界を指摘した牧野圭太さんと一緒に、「NIKE」や「いいちこ」などの事例をもとに考えます。

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【11月16日19時オンライン開催】荻上チキさんと考える「となりの陰謀論」――〝ちゃんとした情報〟との出会い方
 

 

牧野圭太(まきの・けいた)
1984年生まれ。早稲田大学理工学部卒業。東京大学大学院情報理工学系研究科修了。2009年博報堂入社、コピーライターに配属。HAKUHODO THE DAYを経て、2015年独立し、株式会社文鳥社設立。1作品最大16ページという「文鳥文庫」を制作。「Oisix」と「クレヨンしんちゃん」のコラボレーション広告、旬八青果店立ち上げのほか、話題性のある広告やプロモーションを手掛ける。2020年末にDEを共同創業。
 

 

奥山晶二郎(おくやま・しょうじろう)
朝日新聞withnews編集長。共著に『フェイクニュースに震撼する民主主義』(大学教育出版)。近著『現場で使える Web編集の教科書』(朝日新聞出版)を記念し、11月16日19時から、代官山蔦屋オンラインイベント「荻上チキさんと考える『となりの陰謀論』――〝ちゃんとした情報〟との出会い方」を開催予定(https://peatix.com/event/3058408/)。
 

世の中の問題に企業が切り込む時代

※記事は、9月17日にあった代官山蔦屋書店オンラインライブ「広告と報道のプロが語り合う Webで価値ある情報を発信する“編集力“のこと」での議論をまとめました
奥山:
牧野さんの著書『広告がなくなる日』は、タイトルが刺激的ですが、読むとある意味勇気がもらえる内容です。広告という定義を次の段階に持っていけば、まだまだやれることある。

実際、広告コンテンツが社会問題を発信する事例が増えています。逆に編集コンテンツの方で「こたつ記事」や「釣り見出し」のような問題が出ていて。

色んな意味で、広告と編集が近づいている。だから、編集は、もっと広告にコミットした方が面白い時代になっていると思います。

牧野:
世の中の問題に企業が切り込む、それが不可欠になってきています。無関心でいられない構造が生まれている。

「国際女性デー」に合わせて女性をエンパワーメントするクリエーティブを作った時は、それを掲載するメディアの編集側の人とも話をしました。普段なら広告案件で編集側の人とやり取りすることはないので、この動きはすごく面白いと思っています。

今、色んな問題が世の中で顕在化していて、個人も企業も無関心でいられなくなっています。広告のあり方が変わっている。そこには希望を感じています。
牧野さんの著書『広告がなくなる日』(クロスメディア・パブリッシング)
奥山:
私も近づいていかざるを得ないと思っています。将来的には、報道機関が作る広告や、広告会社による報道があるかもしれない。ボーダーレスになって、いいとこどりができるようになっていくといい。

その上で、報道と広告との違いは、しゃくし定規にいうと、発信する側も含めて批判する対象になるかどうか。児童労働の問題を抱えている企業が、それを自分の広告費で啓発するキャンペーンをできるかどうか。株式会社でやろうとしていたら株主は許さないかもしれない。

一方で、「オリオンビール」がアルコール度数の高い缶チューハイの販売をやめるというケースも生まれています。ヒット商品を自分の手で中止する。その行為自体が、ブランドジャーナリズムともいえる決断になっています。そういう動きを見ていると、近いことはもう起きているのかなとも思います。

報道機関にも「訂正」や「おわび」の欄があるけれど、「オリオンビール」の決断に比べると、こそこそしている感じがある。悩んでいる姿をもっと見せた方がいいんじゃないかなと思っています。
 

「NIKE」の動画が日本で生まれない理由

奥山:
最近では「NIKE」が作った差別の実態を訴える動画広告は話題を呼びました。

【関連リンク】賛否生んだナイキのCM 出自に悩む少女描いた意図とは:朝日新聞デジタル

牧野:
グローバルブランドの会社、特にアメリカは意識が高いですね。「あなたたちはどう思うんですか」と企業のスタンスが問われている。

日本では、ここまで迫られることはあまりない。そもそも、スタンスを発表することがない。変わってほしいと思っているんですけど。

奥山:
なんで、できないんでしょうか?

牧野:
みんなの意見を尊重しようという空気が強い。スタンスを決めるって誰かの意思が働くことでもあるので、トップダウンじゃないとできないことが多いんです。

その結果、誰も決めずに何かが決まっていくことが起きている。みんなのことを尊重して、誰のことでもないことが決まっている。スタンスを表明できていないんです。

最近すごいなと思ったのが「キユーピー」です。問題発言のあったテレビ番組へのCMを中止しました。そういう動きが起きるようになってきた。

【関連記事】「番組への圧力」期待するのはアリ? スポンサーへの抗議を考える:朝日新聞デジタル

奥山:
インターネット広告の配信を手がける「popIn(ポップイン)」も、見た目のコンプレックスをあおる広告を扱うことをやめると表明しています。

【関連記事】コンプレックス広告やめました 売り上げ減でも挑む理由:朝日新聞デジタル

牧野:
広告が悪い文化を作ってきた反省はあります。欲望をあおってコンプレックスを増幅させて、別になくたって生きていけるモノを売ろうとしてきた。変えていかないといけないし、議論しなきゃいけなくなってきました。

「企業が何も言えなくなる」とか、「広告のクリエーティブがつまらなくなる」と反論する人もいるけれど、流れは必然的だし、進むべきところに進んでいると思います。

編集コンテンツと広告が、今まであまりにも分かれ過ぎていた。もっと一緒にできることはあると思います。
popInの高橋大介副社長(左)と西舘亜希子取締役=東京都港区
popInの高橋大介副社長(左)と西舘亜希子取締役=東京都港区 出典: 朝日新聞

世の中へのメッセージ、余裕がないとできない

奥山:
従来の広告は、商品名を連呼したり、だじゃれで終わったりするものが多かった。何となく印象に残っていたら、ついその商品を選んでしまうこともあると思います。でも、広告ってそれだけじゃないよな、という気がするんです。

とはいえ、いきなり「いいちこ」のような芸術作品を新規でやろうとすると、社内で企画が通らないという現実もありますよね。

牧野:
世の中に何かメッセージを届けるような、企業はそういうところに挑戦してほしいと思っています。それは、ある程度、余裕がないとできない。社会全体がそういうゆとりが持てなくなっている。それが悲しいですね。

意思が持てない環境に追い込まれている

奥山:
『Web編集者の教科書』の中でオウンドメディアの先駆者として紹介した「北欧、暮らしの道具店」に載っている記事は、基本、商品の紹介です。でも多くのユーザーから支持される人気サイトになっています。

編集側は、自分たちと同じ感性を持った人に向けて発信している。そこには、単純なPVでは測れない価値が生まれていて、そして、ビジネスとしても順調にいっている。

牧野:
「北欧、暮らしの道具店」は社員の働き方も、絶対、残業しないなど意思を持って取り組んでいます。ドラマも作っていましたよね。

奥山:
ポッドキャストも、全部同じ世界観で。ファンからすると色んな形で届けてくれる形になっています。

「北欧、暮らしの道具店」は、まさにゆとりの象徴のような存在です。一方、大企業になると、なぜか目先の指標を求めてしまう。「北欧、暮らしの道具店」のような企業としては小さいところが中長期のビジョンを持てるという、謎の反転現象が起きています。
「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムの編集スタッフ寿山(すやま)さんのインタビューも載っている『Web編集の教科書』(朝日新聞出版)
牧野:
日本企業の問題は意思の欠如にあります。意思が持てない環境に追い込まれている。特に大企業だと、上にも人がたくさんいて、組織が縦割りで横にいるのが誰か分からない。閉じ込められてしまっている。

システムがある程度よく作られすぎた結果、みんなが意思を持てなくなっている。誰がやりたいのか分からないまま突き進んで、数字しか見えなくなる。そういうことが、あらゆるところにあるなと思って、それがすごいつらいんですよね。

奥山:
全部、新聞業界のことですね(笑)。謎のプロジェクトがめちゃくちゃ多くて、全体を見る人がいない。

でも、程度の差があっても、さまざまな企業で同じことが起きている気がしています。イケイケだった時代の、最強システムみたいなものをだましだまし使っているような。

商品は変わっても、つくる生産ラインは前のまま。その限界がいよいよきている気がします。

牧野:
限界きてますね。

「炎上」で終わらせず議論を

奥山:
withnewsで最近、「息子とデート」というのを取り上げました。ある観光グループが出したプランに使われたキャッチコピーがいわゆる「炎上」をしました。

ところが編集部内に「ぶっちゃけ同じことを思っていました」という子育て中の記者もいて。「息子とデート」というフレーズを子育ての大変さを乗り越えるパワーにしていたんですね。

記事では、そういうフレーズを使うこと自体が役割を固定しちゃう効果を生むことを専門家に説明してもらっています。同時に、同じ専門家が、自分が子育て中だった時を振り返り「気持ちは分かる」という言葉も紹介しています。

牧野:
広告が問題化した時、なんで問題になったのかが広告の作り手に届いていないことが多いんです。広告業界の人と話していても「何でもかんでもケチつけやがって」って思っている人が少なくない。

奥山:
当然、メディアも悪いところがあって。従来の報道だと中途半端にしか「炎上」を取り上げていなかったと思います。そうなると広告主は怖がるし「炎上=悪」と思ってしまう。その結果、とがった広告が生まれなくなってしまう。

牧野:
ブランディング広告ってメッセージやスタンスを発信するところなんですが、それで「炎上」するのを見ちゃうと、だったら商品を売るための広告にしようってことになっちゃう。

「NIKE」が作った差別を描いた動画には「こんな差別ない」という意見がコメント欄に並んでいます。でも、差別をなくしていくという意思を明確にしているから、そのコメントを理由にCMを引っ込めることは絶対にしない。

だから、貫いた意思に対して反論が来るのは良いことだと思います。

奥山:
議論ですよね。それを「炎上」の二文字にしちゃうのがもったいない。「NIKE」の動画はスレッドが荒れることも意図的だったのかなと思っていて。議論できないような偏ったコメントがつくのが今の日本の状況だということを見せたかったんじゃないか。

牧野:
コメント欄で差別があることを可視化することになりました。「NIKE」はグローバルで、アメリカを中心にそういうコミュニケーションやってきた。本当は日本の企業に、それをやってほしかったなと思います。

11月16日19時から荻上チキさんとイベント開催!

様々な情報があふれるたネットの世界で、〝ちゃんとした情報〟に出会うのは難しい――。そう感じることはありませんか?

極端な意見や間違った事実を信じてしまうと、身近な人の健康を損なったり、誰かの攻撃に加担してしまったり……そんな「落とし穴」にはまってしまうことも。一方で、誰でもSNSなどで発信者になる時代でもあり、〝ちゃんとした情報〟を届けるには様々な工夫が必要です。

その時に大切なのは「編集」という視点です。

メディア論・政治経済・社会問題まで幅広く扱う評論家の荻上チキさんと一緒に考えます。

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人々の関心や趣味嗜好(しこう)が細分化した時代に合わせて、ネット上には、SNSやブログ、動画サービスなど様々なサービスが生まれています。そんな中で大きくなっているのが、限られた人だけに向けた「ニッチ」な世界の存在です。ネットがなかった頃に比べれば手軽に様々な情報を得ることができるようなった一方、誰もが知っている「マス」の役割が小さくなったことで、考え方の違う人同士の分断を招きかねない問題も生まれています。膨大な情報があふれるネットの世界から、「マスニッチの時代」を考えます。

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