連載
#15 地デジ最前線
道路の不具合→アプリで役所に即連絡 千葉市の「ちばレポ」、全国へ
「公園のベンチが壊れている」「道路にくぼみがあり危なそう」。身の回りで困ったこと見つけたときにスマホのアプリを通じて役所に連絡できる取り組みが全国の自治体に少しずつ広がっています。その先駆けが千葉市の「ちばレポ」(ちば市民協働レポート)です。7年前に始まった行政と市民が協力して地域の課題解決に取り組む仕組みで、現在は「My City Report」に生まれ変わって全国に広がりました。ちばレポの取り組みからテクノロジーを活用した市民の行政参加について考えます。
千葉市の団体職員、光安敬子さん(59)は今夏、市内にある職場の最寄り駅近くにあるヤシの木の枯れ枝が垂れ下がっているのが気になっていました。
枯れ枝がなくなると景観がより良くなるのではないか。そう思い、My City Reportのアプリからヤシの木の写真を撮って投稿したところ、その日のうちに内容が市の担当課に受理され、5日後には枯れ枝が除去されました。
これまで30件ほどの投稿をしたという光安さんは「電話だと連絡をためらうことも多いと思いますが、これならその場からすぐに投稿できます。役所の担当課を気にすることなく連絡ができるところも良いですね」と話します。
このような地域の課題や困りごとを市民がICT(情報通信技術)を通じて報告できるアプリがMy City Reportです。
道路の陥没やゴミの散乱、公園の遊具の不具合といった市民からの報告をオンライン上で可視化して市民と役所で共有し、市民と行政が連携して課題を解決します。また市民自らが解決できる課題は、市民にその対応を委ねています。
My City Reportは東大が中心となって千葉市と連携して作り、有償でどの自治体でも使うことができます。参加する自治体は、神奈川県や和歌山県、高松市や石川県加賀市など2県10市に広がりました。
その前身でMy City Reportのモデルとなった取り組みが、千葉市が2014年9月に運用を始めた「ちばレポ」です。
千葉市は高齢化が進み、単身世帯が増えて地域コミュニティーが希薄化。市職員の減少が予想される一方、市民のニーズは多様化しています。そうした変化に対応するため、行政と市民の役割を見直すことを考えました。
そのなかで、政策決定や公共サービスの提供に市民がこれまで以上に参加する仕組みとして、ちばレポが誕生。2019年4月にMy City Reportへ発展しました。
My City Reportは、利用者登録をすれば誰でも投稿できます。困りごとを見つけた利用者はアプリに表示された地図で位置を特定し、内容に応じて「道路」「公園」「ごみ」「その他」の4分野から一つを選択します。状況の簡単な説明を入力し写真付きで投稿すると、市役所に連絡がいく仕組みです。
電話の場合は主に開庁時間内に限られますが、このアプリを使えば曜日や時間に関係なく24時間いつでも連絡ができます。また投稿には「受付済」「対応中」「対応済」というマークがつき、投稿した人だけでなくアプリのほかの利用者もリアルタイムで投稿内容や対応状況を知ることができます。
それまでであれば伝えて終わり、という一方通行になりがちだった市民による通報・連絡とその後の行政の対応が「見える化」されました。
では、どのような投稿が多いのでしょうか。千葉市の場合、地域課題の報告は累計約1万2千件で、その7割を道路に空いた穴やタイルのひび割れといった道路分野が占めます。次いで公園が19%、ごみが5%と続きます。
累計参加登録者は8月末時点で約7300人で、うち男性は75%、女性は25%です。年代別では30代~50代が4分の3を占め、職業別では会社員・公務員が66%です。My City Reportを担当する市広報広聴課の吉原睦さんは「これまで市にコンタクトをすることがあまりなかった層との新たなチャネルとなった」と話します。
My City Reportには課題の連絡だけでなく、行政に頼らず、自身で課題を解決したことを報告する機能「かいけつレポート」があり、行政への市民参加を促す仕組みになっています。ゴミを掃除したり、雑草を刈り取ったりといった報告が千葉市では毎月数十件ほど並びます。
導入前は、市民が市役所に連絡がしやすくなることで市民からの連絡が大幅に増えて対応できなくなるのではないか、という声もあったと言いますが、導入後の連絡件数は導入前とほとんど差がありませんでした。2020年度の道路分野における連絡では、全体の1割弱がMy City Report経由だと言います。
行政への市民参加と並ぶ、導入の狙いの一つが、行政の効率化です。投稿内容は自動的に担当課に割り振られます。それまでであれば連絡を受けて現場の状況を確認しに行っていましたが、市民が投稿した写真と位置情報によって事前に状況が把握しやすくなりました。
また道路分野についての市民からの通報・要望は、市内の4つの土木事務所が個別にExcelで入力して管理していましたが、市民からの連絡を一括管理するシステムが新たにでき、アプリで投稿された案件の入力は不要になりました。各課は分野を問わず、課題解決後に現場の写真をMy City Reportに投稿し、行政の透明化を図っています。
千葉市の15歳~74歳までの人口は約73万人で、アプリの利用が想定される年齢層の約1%が参加登録をしている計算になります。市はその数について一定の評価はしていますが、さらなる周知をめざしています。
吉原さんは「市民が連絡・通報するような課題がないにこしたことはないので、レポート数を増やすことを目指しているわけではありません。市民の誰もが知っていて、困り事があったときにすぐにレポートができるような使いやすいサービスにしていきたいです」と話します。
名称がちばレポだったころから使っている光安さんは、利用を継続するなかで千葉市民としての気持ちに変化が芽生えたと言います。
「千葉市に約30年住んでいますが、それまでは市民の意識やアイデンティティーのようなものを感じることはありませんでした。ちばレポを使い始めてから、自分の投稿に役所から反応があり街がより良くなっていくことがうれしく、市民としての誇りや郷土愛のような気持ちが生まれてきました。他の人が街を良くしようと活動している人がいることが知れて、自分もうれしくなります」
市が利用者に継続的に行っているアンケートでは、9割以上がMy City Reportの仕組みを肯定的に捉え、7、8割の人が「まちを見る意識」に変化があったと答えています。市民からの通報・連絡に対する、市の細やかなフィードバックは、市民の満足度を上げていただけでなく、街への愛着も生んでいるようです。
市民の行政への参画を狙いに始まったこのサービスは、年々参加登録者数を増やしています。30代~50代が登録者の4分の3を占めるという点からは、電話を使う機会が減って、チャットや画像のやりとりが多くなる中で、市への連絡手段の一つとして働く世代に支持されている様子がうかがえます。
ICTを活用した行政への市民参加はなぜ広がりつつあるのでしょうか。シビックテックやオープンデータに詳しく、My City Reportの立ち上げにも関わった駒澤大学の瀬戸寿一准教授によると、自治体職員が減少し、住民の多様なニーズに応えることが難しくなる中で、ここ数年日本でも自治体業務を効率化、省力化する手法としてICT活用が本格的に始まりました。
市民にとっても、行政サービスへのアクセスがデジタル化で容易になることに加え、これまでなかったチャネルができることで市民と行政との新たな関わりが生まれていきました。
ただ、ICT導入自体が目的になっているような自治体も少なくないと言い「ICT導入以降に、市民サービスへの本格活用や、いかに市民の関心も高めていけるが課題だ」と瀬戸准教授は指摘します。その上で活用を広げていくための具体策として、「『地域の応援団』になってくれそうな市民団体や企業と連携をしたり、多くの人が参加しやすいようなイベントを開いたりするなど、ICTを通じてできた行政と市民の新たなつながりを大きく育てていくための工夫が大切だ」と語ります。
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